154.帰投
「ごほん」
おもいっきり空気を読まないレベルで、スオウさんが咳払いをした。いや、正直ありがとうございます、と頭を下げたくなる。さすがに少なくとも外側女の身としては、こういうエロ寄り話に突っ込むのはちょっとなあ。
もしかして、そっちの方で空気読んでくれたのかも知れないけれど。
「あ、が」
「場所と立場わきまえろ、な」
膝をついて肩をポンと叩きながら、至近距離で多分これ以上ない笑顔なんだろうなーという感じで言葉をかけるスオウさん。対してミギワさんは、見事に凍りついている。
まあ、そりゃそうだよねえ。スオウさんの言葉、見事に冷たい感じだし。笑顔っつってもきっと、目が全く笑ってないパターンだろうしな。
「で?」
「……はい……その、後はもう、魔術師殿の言いなりでございました。疑問なぞ、あの快楽の前には儚いものでございます故」
だけど、一言だけでスオウさんが先を促した途端、ミギワさんの表情は元に戻った。つか、黒が落ちてもアレかよ、このエロ親父。
駄目だこりゃ。このおっさん、このまましゃべらせてたら話がエロ方面に炸裂するぞ。つーても、俺にはもうどうしようもないというか。
「これ、どうするんですか? セージュ殿下」
「そうだなあ……よし」
王姫様に聞いてみると、少し考えた後にやりと楽しそうな笑みを浮かべた。視線の向いた先は……あ、やっぱりというかムラクモ、だ。
「好きにしろ、ムラクモ。ただ、殺すなよ?」
「承知いたしております。よし来い、貴様にまた別のめくるめく一夜をプレゼントしてやろう」
「ひぎゃ? ひ、な、なにをなさいますかご無体なああああ……」
一度王姫様に深く礼をした後、ムラクモはやる気満々で立ち上がった。ミギワさんを縛り上げたロープの端をむんずとつかみ、肩に引っ掛けてそのまま歩み去っていく。ミギワさんは頭の方が少し浮いた感じで、そのまま引きずられていった。
向かっていったのは門の方だから……あー、宿舎の地下牢行きだな。がんばれー。何をがんばれ、なのかは自分の中ででも濁しておく。
「あれは、あの子に任せとくか」
やれやれ、といった感じで見送ってたスオウさんが、諦めたようにそう吐き出した。うん、俺もアレはムラクモに押し付けて正解だと思う。スオウさんが知らない事情もあるけれど、さ。
それはそれとしてだ。
「どうするんですか、この後」
「カイルとも話し合ってみないと何とも言えんが……少なくとも、コーリマに向かう必要はあるだろうな」
とりあえず、この場にいる中では最大の当事者である王姫様に尋ねる。スオウさんと一緒に、ムラクモを追う感じで門へと向かいながら。いや、ミギワさんの言葉をカイルさんたちに伝えないといけないしさ。
黒の魔女が、ゲキさんとともにミギワさんのところまでやってきた。それはおそらく、南方軍の司令部だろう。
見たところ……というかタケダくんの様子からして、他の人たちには黒の影響はないようだ。でもそれは、トップであるミギワさんをどうにかすりゃ何とかなると黒の魔女が考えたから、じゃないかな。
でも、南方軍ってことはユウゼの結構目の前、だよね。つまり、そこまで黒の魔女は出張ってきてるわけだ。こっちにまで来なかったのはそのままとどまったのか、さっさと帰ったのか。
「ジョウ。黒の魔女はどうしてると思う?」
「え?」
王姫様に、考えてること見透かされたかと思った。と、とりあえずそのまま答えるしかない、かな。
「南方軍の司令部にいるか、王都に帰っちゃったか……ですかね」
「まあ、どっちかだな。ここまで来てねえってことは」
「コーリマ領内のどこかにいる、というのは確定だろうな。よく分からんが、コーリマ王国という存在を利用したがっているようだし」
スオウさんも同意してくれて、王姫様の補足に頷く。そっか、そうでなきゃいきなり王都占拠とかやらんわな。それに、元からある軍をそのまま利用できるのはでかいだろうし。
「話を戻すが。王姫殿下、コーリマ王都にはいずれ行くんだろ?」
そのスオウさんが、するりと話の方向を戻してくれた。門をくぐり、見慣れたユウゼの街中に入る。あー、こっちが勝ってなきゃ今頃この街並み、なくなってたかもしれないんだなあ。
とと、いかんいかんちゃんと話を聞かないと。スオウさんの台詞に王姫様は、「無論だ」と当たり前のように頷いた。
「ミギワの証言から、コーリマ内部に黒の過激派が入り込んでいるという大義名分の元にコーリマ王都を奪還する、といったところだな。行かねばならん」
「だよなあ。黒相手なら、うちの大公も文句は言わんだろう。お付き合いしまっさ」
うわあ、あっさり結論づけたよこの2人。いや、ごちゃごちゃ考えてる暇なんてないだろうけど。こうしてる間にも黒の魔女、どっかの偉いさんとえろえろぐっちょんやらかしてミギワさんみたいにしちまってるかもしれないし。
「すまんな、カヅキ隊長殿」
「スオウで構わねえや。副隊長が嫁なんで、苗字で呼ばれるとややこしいんだよ」
「なるほど。承知した、スオウ殿」
そんなこと考えてる間に、すっかり意気投合する2人であった。まあ、王姫様とスオウさん、気が合いそうだしなあ。ここにネネさんぶっこんでも、平気で酒呑み交わしそうだ。
仲良いのは、いいよなあ。武田のやつ、今どこで何してんのかな。




