147.白の魔女とそして願い
使い魔の入院施設は店の奥にあるので、俺たちはそちらに通された。
いくつかの寝床がある中の1つに、ほわんと柔らかい魔術灯の光に照らされているのがある。俺がそれに近づくと、ふわふわした布団の中から青緑の伝書蛇がぬ、と顔を出した。
「こんにちは。元気か?」
『そーだくん、だいじょぶ?』
『……こんにちは。白の魔女様、タケダくん』
「うお、しゃべった」
うん、スオウさん、びっくりするよね。俺も初めて来た時はまあ、驚いたもんだ。
普通なら同種か、自分の主としか会話できない伝書蛇がふつーにしゃべったんだから。いや、ソーダくんが特殊なんじゃなくて、特殊なのは寝床の方なんだけどね。
「入れてある寝床が特殊仕様でな。容体を自身の口から言わせるためのもんじゃて」
「そんな便利なもんがあるのかよ」
後からやってきたアキラさんの説明に、スオウさんは感心したように寝床をそろりと撫でる。ぱっと見は、普通に売ってる植物のごつい蔓編んだやつとそんなに変わらないんだけど。
ちなみに初めて見た時に俺は、これ1つ作るのに下手するとこのユウゼからかき集められるだけの金がかかる、と説明されてる。植物の蔓とか、布団に使ってる布とかがものすごく特殊なものらしい。あと人件費と技術費な。全部アキラさんのお手製らしいけど。ロリババア店主すげえ。
そんなことはともかく、もうひとつスオウさんには気になることがあったようで。
「というか、白の魔女ってお前さん?」
「らしいです」
『はい。我が主を籠絡した黒の魔女と対抗できるだけのお力をお持ちですので、そう呼ばせていただいております』
『だってまま、くろのまじょがくっつけたくろ、おとせるもん』
ソーダくんの言葉は聞こえるけど、タケダくんの言葉は聞こえないよな、スオウさん。ただ、しゃーしゃー言ってるのが多分理由かなんかだろう、という当たりはつくようだ。
「タケダくん、何て?」
「俺は、黒の気を落とせるから、らしいです」
「なるほどなあ。くっつけるのが黒の魔女で、落とすのが白の魔女か」
「黒の魔女はわしも会うたことがあるが、それに対抗できる者がおるとはのう。ソーダくんから話を聞いて、驚いたぞえ」
『私も、そのお力のおかげで僅かですが永らえましたから』
いやあの、俺全く自覚とかないんですよね。まあ、コクヨウさんの黒ゲロとか見たからあることはあるんだろうけどさ。でも、万能じゃないみたいだし。
……だから、目の前で弱ってるソーダくんを助けてやることもできないし。
『……白の魔女様に、お願いがございます』
そのソーダくんが、不意に顔を上げた。綺麗な目をして、俺をまっすぐに見つめてくる。
「俺にか? 何だ」
『実は、腹にて卵を温めております。初子でございます』
「卵?」
……そういや、伝書蛇って単性生殖とか言ってたっけ。まあ、実際には2匹が交尾というか何やかんやして卵生むのが一般的らしいんだけど、ほんとに1匹で産むこともできるんだってさ。一応、勉強したから知ってるんだけどな。
でも、腹の中で卵温めてるって。
「おい、普通は産んで温めるんだろうが。土の中とか、湯器とかで」
スオウさんもそういうことは一応知ってるらしく、そんなふうに聞いてきた。後は、今ソーダくんが入ってるような寝床で保存して温めて孵すってこともあるらしい。
でもそれは、卵をまず産んで、それからの話だ。
『そうなのですが、まだ腹にある時に身体を強く打ち付けてしまい、殻がひび割れました。このままでは、外に出せませぬ』
そうできない理由を、ソーダくんははっきり教えてくれた。もしかして、王姫様と一緒にお城脱出してくる時に、何かされたのかな。
「それで、腹の中で子まで育てて産む気なんじゃな。……産み落とす時に、力尽きるぞえ」
『承知しております』
小さくため息をついたアキラさんに、ソーダくんはゆっくりと頷く。
そっか。親御さんとして、覚悟してるのか。
そうすると。
「もしかして、お願いってその子供のことか」
『はい。白の魔女様に、生まれ来る我が子をお願いできませんでしょうか』
『ままに? そーだくんのこども?』
だよね。タケダくん、きょとんとしてるけどお前も大概な事情で俺んとこ来たんだからな。
でも、俺なのか。アキラさんやラセンさんじゃなくて、俺。
『もし我が主、フウキ殿が正気を取り戻されましたならば、その子をお側に仕えさせてやりたいのです』
「そ、そうか」
『そして、それが叶いませぬ場合には白の魔女様に、我が子の主となっていただきたく』
フウキさんの名前を出されて、どきっとした。
多分、その最初の願いはかなわない、と理由もなく思ってしまったからだ。フウキさんは今頃、もう。
でも、ソーダくんの子供をほっとけない。親として、生命を賭けて産み落とすソーダくんの子供を。
「分かった。ソーダくんの子供、俺が預かるよ。それでいいかな」
『はい。時満ちますまで、我が子は我が腹にて育てまする』
だから、それだけは約束をすることにした。せめて、子供をフウキさんと会わせるくらいはできるかもしれないし。もし助かってくれれば、それはそれでいいんだから。
『そーだくんのこども、ぼく、なかよくするね!』
『ありがとうございます、タケダくん。ぜひ、よろしくお願い致します』
タケダくんがぱたぱたと、翼を広げる。ソーダくんも弱々しいけど、同じように翼を広げて答えた。ああくそ、お前らほんとにいい子たちだなあ。
「……ってことは、とっととコーリマ王都取り返さないとな」
「じゃの。わしもせいぜい、援護するわいなあ」
いつの間にか俺の後ろに下がってたスオウさんとアキラさんの会話が、ちらりと耳に流れ込んでくる。
だよな。ソーダくんのお願いを叶えるためにはまず、フウキさんがいるはずのコーリマ王都を黒から取り返さないと。
やるしか、ねえな。




