143.武人とそして宣言
金属製だからめちゃくちゃ重そうな斧をぶん、と片手で振り回して見せてからスオウさんは、コーリマの部隊をにんまりと睨みつけた。口元は笑ってんだけどな、目が笑ってないんだよ怖いよ、おっさん。
いやまあ、何か話聞いてると助けに来てくれたみたい、なんでありがたいんだけどね。
「此度のコーリマ南方軍の態度は、どう見ても反逆者捜索名目のユウゼ占領だな。シノーヨとしては、ほっとくわけにはいかねえんだよ」
「しかし! ユウゼがコーリマの反逆者を匿っているのは事実だろうが!」
ミギワさんが、相変わらず馬の上から文句付けてくる。馬の方はうんざり顔だぞ、おい。
一方スオウさんの方は、ちらりと俺たちに目を向けて肩をすくめた。
「つっても、こちらの方々が言った通りだろうが。王姫殿下が何で現王やら王太子やらを手に掛けにゃならんのだ。んなことしなくたって、実権がっつり握ってる……というか押し付けられてんじゃねえか。アホらしい」
「な……」
「だよな? 隊長さんよ」
「あ、ああ。その通りだ」
スオウさんに確認されて、慌ててカイルさんが頷いた。あー、呆気にとられてたんだな。まあ、気持ち分かるけど。
「大体、どこで殺そうとしたんだよ。あ?」
「そ、それは……城の私室で」
「それは無理だな。国王陛下始め、王族の私室にはそれぞれ使用人と護衛が数名ずつはいるはずだ。それに、専属の忍びも付いている」
スオウさんの質問に対するミギワさんの答えを、今度は即座にカイルさんが否定した。専属の忍びって、何かすごいなあと思った……そういえば、どこかにムラクモがいるんだろうな。あいつも忍びだし。
で、カイルさんの言葉を聞いて、スオウさんが楽しそうに目を細めた。
「なるほどなあ。それに、王姫殿下の強さも噂に聞いてるがな。彼女と男女逆だったらよかった王太子殿とか正妃殿下ならともかく、ゴート王はそれ以上の実力だと聞き及んでいるぜ」
つまり、プライベートルームであっても暗殺なんて無茶だろ、ってことか。ここに黒の魔女が絡んでくると不可能じゃなくなるんだろうけど、何かその話は出てこなさそうだな。うん。
それから、スオウさんはもうひとつ、おかしな点を教えてくれた。
「それで、そこから逃げられたのか? 何だ、コーリマ王都の警備はザルか。お城ん中で国王陛下の暗殺未遂かました女ひとり、捕まえられないのかよ」
「……っ」
でーすーよーねー。そんだけ使用人とか護衛とか忍びとか他にも兵士さんとかいろいろいるお城の中で、それはないよね、確かに。そりゃつまり、お城の警備……ひいては王都全体の警備に穴があるなり何なりしてへっぽこだって言ってるようなもんだ。
まあ、協力者がいればできなくもない、んだろうな。でも、今の今までそんな話出てないし。つまり、コーリマってか黒の魔女は、理由はカイルさんだとしてもあくまでも王姫様の単独犯にしたいわけか。無茶言うな、マジで。
「それよりよ、シノーヨからコーリマに聞きたいことがあんだが」
言葉に詰まったミギワさんの顔を見ながら赤い髪をぼりぼり掻いてたスオウさんは、ひとつ息をついてから口を開いた。さっきまでより少し低めの、怖い声で。
「うちの大使、コーリマ王都にいるはずだよな。夏の頭くらいから連絡取れねえんだが、どうしたんだ?」
「な、なに?」
「死んだか? それとも、王都の中で何かあったのか」
……うわ。
夏の頭からって、要するにアレ、だよな。黒の魔女。
「最後の連絡、城に入ったメイドの1人に夢中とか何とかおかしなこと抜かしてやがったんだぜ。え?」
「な、何、を」
「まるで魔女みたいな女だ、魂まで吸い取られそうで怖いが離れられねえ、だとさ。そんな文が最後で、その後こっちから文送ってもさっぱり帰ってこねえ」
はいビンゴ。手紙の内容からまず男性だろうし、一発だ。
本国との連絡で変な情報が漏れないように、ってことだったんだろうけど、そこは何とかうまくやれよ。知らせがないのが良い知らせ、なんてそうそう通じるもんじゃねえだろうが。
やれやれ、と呟いたのはラセンさんだった。彼女も俺と同じ結論に達したんだろうな、スオウさんに声をかけた。
「……それは、やられましたわね」
「どういう意味合いでかな、カサイ当主殿」
「恐らくは、男として、ですわ」
「……後で聞かせてもらっても」
「もちろん」
スオウさんに頷いてみせて、ラセンさんがコーリマの部隊に向き直る。あ、さすがにカサイの当主だってことでビビってる。人間は分かるんだけど、馬も少々引いてるのはすごいというか。
……そして、どうにもならなくなったのか、ミギワさんが感情を爆発させた。振り上げた右手を、思いっきり振り下ろしながら叫ぶ。
「ええい! 反逆者を抑えれば全ては終わる! コーリマの名において、ユウゼの街を落とせ!」
「光の盾!」
「しゃあっ!」
「こっちも光の盾!」
『きたら、だめー!』
反射的に飛び出した部下の人たちを、魔術師2人と伝書蛇2匹で広げた光の盾でばっちんと受け止めた。歩兵は弾き飛ばされて、馬は完全にビビったのか飛んで逃げた。振り落とされた人たち、大丈夫かね。
つまり、一瞬にして目の前で平然としてるのはミギワさんだけになったわけで。
「貴様らあ!」
「ムラクモ!」
馬の腹を蹴って斬りかかろうとしてきたミギワさんを前に、カイルさんは名前を呼んだ。あ、やっぱりいたのか、なんて思う前に黒い影がしゅ、と飛び込んでくる。
「くおおおおおん!」
途端、馬が前脚を跳ね上げた。当然、ミギワさんはバランスを崩す。
で、ムラクモはそのミギワさんの首根っこ引っ掴んで引きずり下ろした。地面に一度放り出し、腹の上に乗って首元に短刀の先を突きつける。いくら金属鎧でも、地味に隙間開いてんだよねえ。
「ユウゼとカイル様に暴虐を働こうとした罰だ。……こんな細身では縛り甲斐がないな、もう少し身体を鍛えろ」
いやムラクモ、そこじゃねえ。つーか例の特殊縛りされても困るだろう、いろいろと。
それに、スオウさんもいることだし……って、そのスオウさんはミギワさんの耳の横にがん、と斧の石突を叩き下ろした。で、思いっきり上から目線。
「コーリマ軍に告ぐ。シノーヨ北方軍はこの問題に関して、ユウゼに味方する。これはシノーヨ大公クシマ・ヒョウノシンより全権委任を受けたカヅキ・スオウの宣言だ」
「ムラクモ。今のスオウ殿の宣言をコーリマ本国に伝えさせねばならん。ミギワ殿は放してやれ」
「承知。次はないと思え」
スオウさんに敵だぞ宣言されて、カイルさんに良いから伝言しろと言われて、止めにムラクモに次は特殊縛りねと宣言されて、意味が分かったのか分からないのかはともかく、ミギワさんはばたばたと四つん這いのまま逃げ出した。ひっくり返った部下の人たちも、泡食って逃げ出す。
……って、これから大丈夫なのかな、ユウゼ。




