133.忙しい番人
玄関前でえらい音がしたもんで、傭兵の皆も何だなんだとわらわら出てきた。ご近所さんも野次馬に来た人がいるんだけど、その人たちはラセンさんとラセンさんに言われた仲間たちが手を広げて、あんまり近寄らないようにしてくれた。何気にスオウさんが混じってる辺り、すごいなあと思う。
てか、俺は何もできてねえ。王姫様抱えて、へろんと紐みたいにぶら下がるソーダくんを落ちないようにその胸んとこに乗せて、おろおろしてるだけだ。幸い、王姫様の方は呼吸も落ち着いたみたいだけど。多分、しばらく起きないな。
「ジョウさん、殿下の様子は?」
野次馬整理を男衆に任せたらしく、ラセンさんが来てくれた。様子って言われてもなあ……とりあえず見たまんまを言うしかないか。
「えらく疲れてるみたいです。あと、この子」
「フウキおじさんとこのソーダくんね」
『そーだくん、いっぱいしんどい』
「しゃあ」
王姫様の胸の上で、とぐろも巻けずにくったりしてるソーダくんを見てラセンさんはきっちり言い当てた。そっか、先代当主のお弟子さんだから見たことあるんだなあ。タケダくんとカンダくんも、ものすごく心配そうにソーダくんに擦り寄っている。
と、ノゾムくんが出てくるのが見えた。よし、あいつに頼むかと思って、声をかける。
「ノゾムくん!」
「ジョウさん? え、あれ」
「部屋の準備頼んでいいか、休ませたいんだ」
「わ、分かりましたあ!」
出てきたばっかで悪いけど、即座にノゾムくんはUターンして宿舎の中に戻った。アオイさんとかマリカさんあたりに手伝ってもらえばすぐだろうから、その辺はうまくやってくれると思う。
で、ソーダくんの様子を見ていたラセンさんが顔を上げた。周囲取り締まってる仲間たちに、指示を飛ばす。
「誰か『子猫の道具箱』に行って、店主に来てもらって。伝書蛇に関しては、彼女のほうが詳しいから」
「は、はい、行って来ます」
すぐさま駆け出してったのはタクトだ。相変わらず、元気そうで何より。
と、タクトと入れ替わるようにして兵士さんがやってきた。あれ、確か帰ってきた時に身分チェックしてくれた門番さんじゃないか?
「し、失礼します。やはりこちらでしたか」
「はい。どうしたんですか?」
「いえその……彼女の乗った馬が、先ほど身分証明の確認もせずに突入して、そのままこちらに飛んできたのでいかがしたものかと」
うわあ、検問突破かい。とはいえ、この状態の王姫様乗せて馬が突っ込んで来たってことは……なあ。よほど大急ぎで、ここに来たかったんだろう。
……ってえーと、それって何か問題が起きたってこと、か? 多分、コーリマに。
「あー……馬ならものすごく息切らしてました。ラセンさん、あの子」
「馬は厩舎に連れてってもらったわ。後は彼女だけど……」
そっか、それなら馬の方は大丈夫だろう。一応、専門スタッフがいるんだぜ、傭兵部隊の厩舎。
それはそれとしてまあ、ラセンさんが口ごもるのも分かる。何しろ王姫様は、一国の王女様だ。それが検問突破する勢いで独立した街であるユウゼに飛び込んできて、それで何かぼろぼろなってるし。
これ、どう説明したらいいんだろう、と思った時に救いの主は現れた。ドラマか。
「どうした?」
「カイルさん? よかった、こっちです」
まあ、これだけ表が賑やかなら当然隊長も出てくるか。とっさに手招きすると、カイルさんは早足でこっちに来てくれて、多分ひと目で状況を把握したことだろう。
「……姉上」
ぽつん、と呟いたカイルさんの言葉を俺は聞いた。門番さんや、周りで野次馬整理してる連中に聞こえたかどうかは、わからない。
カイルさんは一瞬後にはっと気がついて、「あ、いや」と頭を振った。
「多分君も以前に見たことがあると思うんだが、彼女はコーリマ王国のセージュ王女殿下だ。服の上からでも身分証明の確認はできると思う」
「え、は、はい。失礼致します」
そっか。王姫様、少なくとも一度はユウゼに来てるもんなあ。その時に、門番さんが見ててもおかしくないな。
で、門番さんは恐る恐る板を取り出して、王姫様をスキャンする。しばらくして、うんと頷いた。
「確認できました。確かに一度拝見しているのですが……それにしても、これは」
「詳細は、本人の意識が回復してからでないと分からんだろうな」
確認されたのを確かめて、カイルさんが俺の横に膝をつく。そっとお姉さんの頬に手を伸ばして、一瞬だけ泣きそうな顔をした。
……見てないことにしよう、うん。だって、すぐに上げられたカイルさんの顔はもう、普通に真剣な傭兵隊長のものだったから。
「領主殿に連絡を。それと、もしコーリマから何か通達があれば、こちらにも連絡が欲しい」
「了解いたしました。では、そのように」
きっぱりと告げられた指示にぴしりと敬礼して、門番さんは大急ぎで走っていった。
と、ここまできてくるりと周囲を見回すと、さすがに野次馬はほぼいなくなっていた。まあ、傭兵宿舎じゃ騒がしいのはしょっちゅうだしな。今回はちょっとあれだったけど。
で、仲間たちもほとんど撤収してる中、スオウさんだけがこっち見て立っていた。じっとそばに居てくれたラセンさんが睨みつけるのにも構わずに、彼はしれっと言ってのける。
「そういや、ゴート王の末っ子が国出てたっけか。あんただったんだな」
「……今は母の姓を名乗っている」
「了解」
少しふてくされた感じで答えたカイルさんに対し、スオウさんは余裕の笑みを見せた。やっぱ、おっさんは違うわ。うん。




