表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄にされかけたらしいが俺は元気です。女になったけど  作者: 山吹弓美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

129/341

128.黒と白の事情

フウキ視点です。

「上手くやり過ごせた?」


 背後から、とろりととろけるような声が耳に流れ込んできた。同時に細い腕が首に絡められて、細い指が私の頬をゆっくりとたどる。

 私は、動けない。固まったままで、それでも声だけはかろうじて出すことができた。


「貴様……」

「あら。正気に戻ったの?」


 一瞬不思議そうに上げられた声は、だがすぐに元の調子に戻った。どこかせせら笑うような小娘の声は、じわじわと私の意識に染みこんでいく。


「無駄なのに、ねえ」


 ああ、そうだ。無駄なのだ。

 この女が下働き女のシーナと称して城の門をくぐったその時に、全ては無駄になったのだ。

 その日のうちに同室のメイド数名をそのしなやかな指で陥落させ、彼女は足元からじわじわとコーリマの城を染め始めた。下働きたち、料理番、衛兵、そして王族の身の回りを世話する者たちまでがほんの数ヶ月の間に、彼女の前に頭を垂れた。私も、その1人。

 私の役割は城の外に、特に外に逃れた王子とその取り巻きに黒の気配を感じさせぬこと。そう、私は黒の魔女を抱いた日に命じられたのだ。

 その夜与えられたあまりの快感に、私はカサイの直弟子などというくだらない称号を全てかなぐり捨てて、黒の魔女様の下僕に成り下がることを誓ったはずだった。


「……申し訳、ございません……魔女様」

「そうそう、それでいいの」


 そのお名前を呼ぶことは、許されていない。故に我らは、我らの主を魔女と呼ぶ。彼女自身が、己を魔女と称しているのだから。

 彼女は腕をするりと外し、空いている椅子にどかりと座った。城の中で制服代わりに使われているメイド服に身を包んだ彼女だが、組んだ足の付け根からはぞわりと隠微な香りが漂ってくる。


「それで、どうだった?」

「は」


 私は魔女様の足元ににじり寄り、突き出された爪先に唇をあてがう名誉を与えられた。その名誉に答えるべく、自分が感じたことを素直に報告する。


「あの小娘は、あなた様が黒の魔女ならばまさに、白の魔女と呼ぶにふさわしいかと。何しろこの私めが、黒を離れそうになりました故」

「は、あいつがねえ」


 現在、かの王子のもとにいる魔術師の小娘。スメラギ・ジョウと言ったあれは、我らの魔女と同じかそれ以上の素質を秘めているだろう。現在のカサイ当主が弟子として引き取ったのは、その素質からであろう。だからこそ、白い伝書蛇を使い魔なぞにできたのだ。

 魔女様のご命令は、あくまでもそやつらに何も気づかれることなくスメラギ・ジョウの素質を見抜けというものだった。そして、今は黒に染めるな、とも。


「なぜ、染めるなと申されたのですか」

「だって、まだ城全部堕としたわけじゃないもの。あの王姫と警備隊長とか」


 私の疑問に、魔女様はあっさりそう答えた。

 確かに、既に使用人たちのほとんどや衛兵、大臣の一部などは魔女様の下僕と成り果てた。だが国王陛下や王太子殿下は完全に陥落しているわけではなく、王姫セージュや警備隊長サクラ・ゲキなどはほとんど染まってもいないだろう。

 染まっていないといえば。


「あなたの、伝書蛇とか」

『黙れ! 主を解放しろ!』


 青緑の伝書蛇は、あろうことか黒の魔女様の手に牙を突き立てようとした。その瞬間弾かれた間抜けな使い魔は、壁にたたきつけられる。この程度で死にはしないだろうが、黒の気に染まり切るまでは保たないだろう。かわいそうだが、これも致し方のないことだ。


「それに、あなたの手では全員を一度に陥落させるのは無理じゃない? 余計な情報が外に漏れちゃ、面倒なことになるでしょう」

「確かに、仰せのとおりにございます」


 伝書蛇の無礼を、魔女様は寛大な心でお許し下さった。私は足元にひたすらひれ伏し、そのお言葉をいただく。

 そういえば、今魔女様は重要な相手を染めているのだったか。さて、どうなっただろう。


「正妃殿下は、いかがですか」

「ああ、あれはもう大丈夫よ。私の『マッサージ』の虜だもの、おつき共も含めて」


 それは良かった、とほっと胸をなでおろす。国王ゴートの妻であり、王太子ミラノの実母たる彼女が黒の虜に成り下がったのであれば、この城が黒の牙城となる日はもう遠くはないだろう。

 そして魔女様は、素晴らしい提案を私の前に示してくださったのだ。


「で、そろそろ王姫に行こうかと思うのよね。もちろん、あいつらが帰ってからだけど」

「おお。ついに、コーリマの全てをお手になさるのですな」


 心が弾む。太陽神などの下僕であった我がコーリマ王国が、晴れて黒の神様にかしずく素晴らしい国となる日が来るのだ。そして黒の力はコーリマ王都を起点として、この世界を存分に染める。何と、なんと素晴らしい。


「しかしそれならば、余計にあの王子どもを陥落させておいたほうが良いのではないでしょうか」

「分かってないわねえ。いきなり王姫がおかしくなったら、市民だって変に思うでしょう? その理由はね、外になくちゃいけないの」


 私が感じた疑問の答えを、魔女様は淫乱な笑みを浮かべて口にしてくださった。そうして私の手を取り、寝台へと導く。さあ、今宵は存分に腰を振ろう。


「王姫セージュはね、王位を狙うカイル王子のせいでおかしくなるのよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ