120.彼の事情
明けて翌日、お昼前。いいお天気で、こう言っちゃ何だが行楽日和というか、墓参り日和というか。
王家のお墓参りということで念のため、前に葬式の時に着たグレーのマントをつけた俺たちは、湖を渡る渡し船の上にいた。専用の船着場から出た手漕船で、ゆっくり墓のある島に向かってる。
「済まないな。俺の墓参りに付き合わせて」
「いえいえ」
ええい、イケメンは何着ても似合うなほんとに。白メインでグレーの縁取りとかしてる王子様スタイルのカイルさんは、ほんとにイケメンであった。
まあそれは、よく似た色のかっこしてるハクヨウさんや、ネイビーのドレス着てるムラクモもなんだけど。あ、俺はモノトーンのローブ。
「俺とムラクモは、若の部下ですしねえ。ジョウもですけど」
「そう。だから、カイル様が気にすることではありません」
「……ありがとう」
いやほんと、変なところ気にするよなあカイルさんは。色んなとこで天然ぶっこくから、俺もだけどムラクモやハクヨウさんたちもほっとけないというか。あー、何か王姫様がブラコンというかカイルさんのこと気にかけまくる意味、良く分かったけど。
『ままー。ぬしさん、いないよう』
そんな中、空気読むわけもないタケダくんが俺の肩の上でじたばたしていた。そうかお前、そんなに会いたかったのか、湖の主。いやしかし、あれ伝説だろうに。
「そうだな。今日は出てくる気分じゃあないんじゃないか?」
『そっかあ。ざんねんー』
ま、伝説だからって言って聞く子でもなさそうなので、そう答えることにする。そんなこと言ってる間に、島に到着したみたいだぞ。
小さな桟橋に上がって島の方に歩いて行く。上陸しやすそうな場所は全く無くて、島全体が絶壁にちかい崖でぐるりと囲まれている。で、桟橋の先には門番さんが待ち受けていた。
「タチバナ・カイル様ご一行ですね。身分証明の確認をさせていただきます」
「はい、どうぞ」
手続きの時に、名前とか連絡されてるらしい。王都に入る時と同じように、1人ひとり身分証明を板にかざす。タケダくんが「しゃあ」と挨拶したら、門番さんはちょっと微笑んだ。うむ、どうせなら笑ってもらえるほうがいいよな。タケダくん。
「タチバナ・カイル様、シーヤ・ハクヨウ様、ムラクモ様、スメラギ・ジョウ様とスメラギ様の使い魔1体。間違いありませんね?」
「はい、間違いありません」
全員の名前を確認して、門番さんは頷いた。これで入っていいらしいな。で、使い魔もちゃんとチェックするんだ。まあ、コンビネとかやらかされてもあれだし、当然だろうけど。
「タケダくんもカウント入るんですね」
「魔術師1名に付き、1体まで許可されております」
「なるほど」
つまり、使い魔複数連れてる魔術師もいるってことか。アキラさんあたりそうかもな、チョウシチロウでかすぎるし。
そんなこと考えてたら、太陽神の神官さんがやってきた。ここの神官さんは、白いひげを長めに伸ばした何となく魔法使いの爺さんに似てる感じの人だ。
「では、案内いたしますじゃ」
「お願いします」
道案内を兼ねてるらしい神官さんのあとについて、俺たちは島の中に入っていった。
森はさほど深いわけでもなく、あちこちに枝分かれした道が伸びている。何でも、王家の本家と例えば側室とか、そういった人たちとではお墓の場所が違うんだとか。身分制度ってやつなんだろうけど、道案内も大変だなあ。
まあ、散歩と思えば悪くはない。森の木々は綺麗に緑だし、葉っぱの間から太陽の光が差し込んできてきらきらしてるし。地面も程々に草が生えてて、割と歩きやすいしな。
「緑が綺麗ですねえ」
「王族の御墓所ですし、湖の主がお守りくださっておりますから」
「主ですか……」
そういうもんなのかね。多分、この神官さんとかがお手入れしてるからじゃないかなー、と思うんだけど。
ああ、でも、湖の主かあ。
「あの。ちなみに見たことは?」
「あいにくですが、まだないですね。王国に動乱が起きるときに姿を見せる、とも伝わっております故」
「そうですか。そりゃ、見ないほうがいいかもですね」
ああ、そっちのパターンだったか。何か災いが起きないと出てこないタイプ。出てきたら災いが起きる、なんて言われるタイプもあるけど、それとは扱い違うよな。
『えー。ぬしさん、あえないの?』
「会えないってことは、この国が平和だってことだから」
『ぶー』
ってか、まだあきらめてなかったのかよ、タケダくん。
何か俺と神官さんばっかりが話してる間に、どうやら到着したようだ。小さな小さな家みたいな建物が、ちょこんと建っている。
その前で神官さんが、深々と頭を下げた。
「タチバナ様御墓所はこちらになります」
「ありがとう。……ハクヨウ、ムラクモ」
「はい?」
「何か」
カイルさんが不意に名前を呼んだ2人が、少しだけ目を見開く。その2人にカイルさんは、変なことを言ってきた。
「ちょっと、ここで待っていてくれるか? ジョウと2人で、話がしたい」
「はあ……若がそうおっしゃるなら」
「早めに済ませてほしい」
即答かよ、2人とも。というか、俺とふたりっきりって何でだよ。いやまあ、何か用事があるからそうしたいんだろうけどさ。
「分かっているよ。ジョウ、一緒に来てくれ。タケダくんは一緒でもいいけれど、静かにしていてくれ」
「…………はい」
『はーい。しずかにしてるー』
ま、ここでごちゃごちゃ言ってても始まらないので、俺もおとなしくついていくことにした。どうせ、そんなに大きくない建物だし。
中に入ると、棚が作りつけられていた。その上にひとつだけ、小さな壷が置いてある。いわゆる、骨壷ってやつな。
カイルさんはその骨壷の前に立って、俺を振り返った。
「……これが、俺の母だ」
「……はい」
カイルさんが横にずれて、骨壷を見せてくれる。その表面にはこちらの文字で刻まれた名前と、その下に。
『立花一久』
漢字が並んでいた。思わず、声に出してそれを読む。
「……たちばな、かずひさ」
「母が自分で書いた名前だ。君はその文字が読めるんだな」
「はい……で、でも」
カイルさんのお母さんの名前が、一久。漢字表記ってことは、俺と同じ世界から来た『異邦人』。
いや、それにしてもおかしいだろう、それ。
「かずひさって名前は、男の名前です」
「そうだ」
いや、おかしくない。だって。
「俺の母は君と同じく、黒の魔術で女性にされてこの世界に引きずり込まれた……黒の神への生け贄だった」
『唐突だが、かなりとんでもないことを尋ねる。おかしかったら笑ってくれて構わん。その……ジョウ。君は、元の世界ではもしかして男、だったんじゃないか?』
初めてあの宿舎で一夜を過ごしたあとの朝、カイルさんに尋ねられた言葉が蘇ってきた。




