109.馬の事情
「早かったわねー」
「お待たせしました?」
「ちょっとだけね」
街の出口まで行くと、ラセンさんが待っていてくれた。あと、乗用の馬が2頭。黒っぽい方は俺が初めてハクヨウさんに乗せてもらったやつで、もう1頭額の真ん中に茶色のぶちがついた白いのがいる。コーリマ王都まで、これで行く模様である。
で、馬のところに向かった他3人と入れ代わりにラセンさんは俺のところまで寄ってくると、何か手渡してきた。手のひらに乗っけられたのは、小さな蛇を模したのがついているペンダントだった。銀色で目のところに赤い石がはまってて、何かタケダくんに似てるなあ。
「はい、これ持ってて」
「あ、はい。何ですか、これ」
「あなたの身分証明よ。ユウゼの外に出たことがないから今までは必要なかったけどね、コーリマに行くんだから持っておきなさい」
あー。
そういえばユウゼに入る時でも、俺はともかくハクヨウさんたちの身分証明はやらなきゃいけなかったんだよな。コーリマの王都みたいな都会となると、もっとチェックが厳しくなるんだろう。
つまり、こういう身分証明アイテムが必要、なんだろうな。素直にもらっとこ。
「そっか。すみません、ありがとうございます」
「いえいえ。私の弟子だってこともこれで分かるから、カサイ一族にも顔を通しておくと便利よ。私の名前、せいぜい利用してね」
「お世話になります」
カサイの名前を利用……ってよく分からんが、とりあえず俺にとって利用価値があったり俺自身が利用価値があったりするんだろう。なら、せいぜいお世話になるとする。ペンダントだから、首にかければいいよな。
「こらこら、付けてあげるから。後ろの髪ちょっと掻き上げて」
「あ、はい。こうですか?」
「そうそう」
自分でつけようとしたら、ラセンさんが苦笑して代わってくれた。首元にぶら下がったそれは、案外邪魔にならなそうだった。一応服の中に入れとくか……その前に。
「これ、タケダくんに似てるんですけど」
「似てるんじゃなくて似せてもらったの。身分証明だからひとつひとつオーダーじゃないと駄目だしね」
「あ、やっぱり? ほらタケダくん、これお前だって、かっこいいな」
やっぱりタケダくんか。なら、肩に乗ってる実物にしっかり見せてやろう。お前がモデルだってよ、よかったな。うむ、本人というか本蛇というか、大変気に入ったようで例によってふらふらと踊っている。
『わーいわーい、ぼくだー。らせんおねーちゃん、ありがとー』
「しゃー」
「いえいえ、どういたしまして」
カンダくんから通訳してもらったらしく、ラセンさんはタケダくんにちゃんと答えた。まあ、こいつの態度見てれば全力で気に入ったってのは分かるもんなあ。
一方。
「ロクロウタ、王都まで頼むぞ」
「オトマル、久しぶりにがっつり行くぜ」
カイルさんは白い馬に、ハクヨウさんは黒っぽい馬にそれぞれ話しかけていた。ムラクモはそれぞれの馬に、荷物をくくりつけている。前に乗った時より大きくてしっかりした鞍が乗ってるけど、そこにしっかり固定されてるようだ。いつの間にやら、俺の荷物もくっついてるぞ。ムラクモ、いつ持ってった。
しかし、伝書蛇にタケダくんって名前つけた俺が言うことじゃねえけどさ。何でこの世界、特に動物の名前ってどっかずれてんだろうな。ロクロウタにオトマル、カンダくんにチョウシチロウだぜ。時代劇かってーの。
ま、呼びやすくていいけど、なんて思ってたらカイルさんが、俺を手招きした。
「ジョウ、君はこっちだ。ロクロウタはおとなしい性格だから」
「ですなあ。オトマルは飛ぶときはちょいとやんちゃで」
「仕方ないな。では、私がハクヨウと一緒だ」
おーいあんたら、俺差し置いて話進めないでくれ……といっても、あんまり馬の性格知らないからなあ。乗らないし。馬の面倒も、ほとんど見てない。
いや、馬小屋担当してるの、街に住んでるタクトくらいの子どもたちなんだよね。何でも親がいなくて、ユウゼでスリなりひったくりなりやらかしてたのをカイルさんたちに捕まって。で、そんなことする代わりにうちの馬の面倒見てくれたら給料払うから、ってことになったんだってさ。
こういう街でも、そんな子たちいたんだって。今では割と治安がいいのは、何だかんだで仕事あったりするからなんだろうね。
そんなことはさておいて、だ。俺、カイルさんと2人乗りなのか。いや、1人じゃ乗れないからいいけど。
「おいで」
「はい」
先に乗ったカイルさんに手を差し伸べられて、ひょいと馬の上、鞍にまたがった。また背中にイケメンの身体が当たってら。マジ女の子だったら、このイケメンと2人乗りで天にも昇る心地なのかねえ。
「深く座って、鞍の前のところを掴んでくれ。タケダくんは、落ちないようにジョウに掴まるか服の中に入りなさい」
「あ、はい。……え」
『はーい』
ほいほいと指示に従う。おお、この鞍、前んとこに掴まる場所あるんだな。タケダくんは、ローブの内側の匂い入ってこない例のポケットに入ったみたいだ。よし。
「行ってらっしゃいまし。気をつけてくださいねー」
俺とカイルさん、ハクヨウさんとムラクモがそれぞれ乗った馬が門を通過するのを、ラセンさんはのんきな声を上げながら手を振って見送ってくれた。門番さんたちも、びしすと敬礼してくれる。やっぱこれ、カイルさんのイケメン王子様オーラの成せる技だろうなあ。おのれイケメン爆発しろ。
で、門からある程度離れたところで。
「ロクロウタ、行け」
「オトマル、GO!」
カイルさんとハクヨウさんが同時に馬の腹を蹴った。次の瞬間馬は翼をばさり、と大きく広げて、何度か羽ばたいて。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
数メートルばかり走ってから、離陸。ちょっと待てええええさすがにこれはビビるだろおおおおお!?
「ほら、あんまり動くな。落ちるぞ」
「は、はいいっ!」
しれっと言ってくるカイルさんに涙目で答えながら、俺は必死に鞍にしがみついた。おのれ天然ボケイケメン王子、マジで爆発しやがれこんちくしょおおおおおおお!




