106.忍びの事情
『あ、むらくもおねーちゃん』
タケダくんがひょいと鎌首をもたげたのに気がついて、俺はそっちの方に目を向けた。同じようにそっち見たコクヨウさんが一瞬、顔をひきつらせたのはまあ見なかったことにするけども。
で、視線の先にいたのはもちろんムラクモその人。俺たちというかタケダくんを見つけて、にこにこ上機嫌でやってきた。
「ジョウ、コクヨウ。いいか?」
「おう、ムラクモ。いいぞいいぞ、座れー」
「……触るなよ」
俺の隣の席が空いてるので、椅子の背もたれをぽんぽん叩く。いやもう、さすがに女の子と並んで座るのは慣れたし。いちいち気にしてるほうがおかしくなってきた、何でかねえ。コクヨウさんが眉をひそめているのは、以下略。
「な、タケダくん」
『わーい。むらくもおねーちゃんと、いっしょおやつー』
うちの可愛い白蛇に話を振ると、それはもう楽しそうに翼広げてふらんふらん。喜んで踊ってるってのが丸分かりで、ムラクモをはじめとして女の子には大変評判がいい。
「ムラクモと一緒におやつ食えるの、嬉しいってさ」
「そ、そうか? 私も嬉しい、うんっ」
タケダくんの言葉を通訳してやると、ムラクモはぽっと頬を赤らめていそいそと座ってきた。分かりやすいなあ、もう。
ムラクモの使い魔好きはサイズに関係ないらしく、砦戦でチョウシチロウと会った時にはめちゃくちゃ顔を輝かせてたとか。そのおかげもあって、タケダくんもすっかりムラクモになついている。
「コクヨウもだいぶ回復したようで、何よりだ」
「おかげさんでな」
あれ。ムラクモが楽しそうに話してるのに、コクヨウさんってば何か気まずいというか顔見たくないというか、そんな感じでそそくさと席立っちまった。何かあったのかね、この2人。
ま、どうせ黒の影響の名残とかその辺だろうな。そもそも、最初捕まってたコクヨウさんが暴走したのを例によって特殊な縛り方ぶっかましたのはムラクモだっていうし。
「ほれ、茶。クッキーだけじゃ口の中干からびるだろ」
「ああ、ありがとう」
……と思ったらコクヨウさん、ムラクモの分のお茶持ってきた。自分のおかわりついでだったみたいだけど。よし、俺も俺とタケダくんのおかわり行ってくるか。
「そうだ。夏祓いの週は、どうするんだ?」
全員で一服した後、ムラクモが尋ねてきた。何でだろ、と思ったけどとりあえず答えることにした。
「俺はカイルさんのお供で、王都に行くことになった」
「俺は留守番だな」
「そうか、ジョウは一緒なのか」
俺の答えを聞いて、ムラクモの表情がぱっと明るくなった。あれ、一緒って。
「あ、ムラクモも王都行き?」
「当然だ。私はカイル様付きだからな」
「そっか」
カイルさんが王子様だって分かった後で聞いた話なんだけど、王族って専属の忍びいるらしいんだよね。どっかの8代将軍か、というのは置いといてまあ、情報収集とかいろいろ必要なんだろうなと理解はした。
ちなみに、教えてくれたのは王姫様だった。彼女、うちの宿舎に1人で泊まったと思ってたんだけど実は、隣の部屋にちゃんと忍びの人がいたらしい。まあ、分かりやすい護衛よりは良いのかもな。
それはともかくとして、だ。ムラクモが一緒に行くんなら、俺としてはラッキーかな。
「俺は王都行くの初めてだから、礼儀とか分からないことばっかりなんで教えてほしいな」
「俺はついてけねえから、しっかりジョウの面倒見ろよ?」
「任せろ」
頼んだらムラクモは、胸を張って頷いてくれた。
カイルさんや王姫様はそれぞれがああいう性格だから、礼儀作法とかあまりやかましく言わなかったけど。王都でいくら何でも王様には会わないと思うけど、でも何か失礼があったら問題だし。
俺に頷いてくれてからムラクモは、コクヨウさんに目を向けた。ありゃ、何だあの意地悪そうな笑みは。
「コクヨウは早く治せ、でないと」
「頼むから俺で縛りの練習するのやめてくれないか?」
おいおいちょっと待て。
「ムラクモ、そんなことしてたのか?」
「黒の影響を確認するのと、私の練習とで一石二鳥だし」
しれっと答えたムラクモの平然とした態度に、俺はついタケダくんと顔を見合わせた。
つまり、ムラクモがコクヨウさんに触って、コクヨウさんが暴走したら例の特殊な縛り方をするわけか。うわあお疲れさん、主にコクヨウさんが。
「早く治らないと、何度でも私の縄が食い込むことになるぞ」
「俺に言うな、黒の魔女に言えー」
『……まま、こくようおじちゃんたいへんだね』
「まあ、こればっかりはなあ」
どこから引っ張り出したのかロープを両手でびしっと引っ張るムラクモと、それに全力で引きまくるコクヨウさん。タケダくん、お前はそのまま素直でいてくれよ、うん。




