102.結果と結論
俺とハクヨウさんは、のんびりと街中を歩いている。タケダくんはグレーのフードの中でうつらうつら、と舟漕ぎ中。まあ、葬式って分からないとつまらないものだしな。
戦の直後とは思えないくらい、いや遠いところでだったけど、ユウゼの街はそこそこ平和な空気に包まれている。この世界ではどこかで戦が起きているのが常らしく、だからこそカイルさんのように傭兵部隊を組織して街や国を守る者たちが重宝されているんだけど。
「ま、いずれにしろ砦の攻略なんてのは、外からやってても埒が明かないもんだ。内側に味方を潜りこませるなり何なりして、門開けないとな」
……いつの間にか、ハクヨウ先生の戦講座と砦戦の説明になってしまっている。まあ、俺は元々そういうのとは縁のないとこで生まれて育ったわけだし、話は聞いていて損はないんだけどな。
「こっちにはチョウシチロウやカンダくんもいたんだが、向こうにも黒の魔女がいたからな。門開けないと、どうなるか分かるだろう」
「城壁越しの魔術戦になりますよね。それも大規模な」
「それでも、城壁ぶち破るのは簡単じゃない。コーリマは砦造るのも上手くてなあ、ものすごく頑丈なんだよ」
ハクヨウさんの説明って、結構分かりやすいんだよな。もしかして、コクヨウさんにも同じように教えたりしてたんだろうか。コクヨウさん、授業とかやっても聞かなそうだしなあ。
「結論として、誰かが門を開けなければならない。その役を、ついでとばかりに王姫殿下は引き受けてくださった。魔女の所在確認もな」
「普通なら、コクヨウさんがついでですよね。そういうのって」
「ま、王姫殿下だし」
王姫様のキャラを知った今となっては、ハクヨウさんのその言葉にはすごく納得できた。弟の部下取り返してくるついでに砦の扉開けて攻略、なんてブラコンでもなきゃその方向で考えないって。その考えについてく騎士の人とかも大変だなあ、とこういうのは終わったからこそ言えることであって。
終わったついでに、ちょっと聞いてみるか。
「……ところで。さっき店主って言ってましたけど、ってことはアキラさんも一緒に突入したんですよね?」
「ああ。何しろ小柄だからな、ムラクモと一緒に撹乱だの斥候だのやり倒したらしいぞ」
「……コウジさんもテツヤさんも、大変ですねえ」
「だなあ」
やっぱりか。あの人、へいへいといつもの笑顔で眼鏡の位置直しながらついていったんだろうな。チョウシチロウの背中に乗って……あれ?
「小柄?」
あの巨大蛇の背中に乗って小柄はあり得ねえ。そこに気がついて俺は、慌ててハクヨウさんに視線を向けた。向こうもわかってたのか、苦笑してるよ。ははは。
「チョウシチロウか? あいつは主と別行動、陽動で光魔術ぶっ放しまくってたぞ」
「あの巨体でですか」
「陽動だからな、目立つほうが良いだろうってよ」
いやそうだけど。ありゃ確かに超目立つけどさ。というか、そうか。伝書蛇って、そういうふうに動いてもらえるのか。うちのタケダくんは……あーうん、頼んだらやってくれそうだけど何かこう、まだまだ頼りないからなあ。
そんなこと考えて肩の上のタケダくん撫でてると、ハクヨウさんは「話戻すぞ」と一言。続きか、うん。
「店主とラセンがざっと探ったところで、どうやら黒の魔女は砦の中にいないってことが分かってな。そうなりゃこっちのもんだ、後は乱戦だよ」
「探れるんだ」
「店主が似たような奴と会ったことあるし、黒の魔術師は独特の気配があるからな。あの2人でざっと砦全体に捜査魔術を掛けたんだとさ」
……さて。とりあえず、ラセンさんとアキラさんがとんでもないレベルの魔術師だってのは一応聞いてるけど、砦って結構でかいはずだよね? 全体にざっとって、どんなだよ。
「乱戦って、勝ったんですよね?」
「そらもちろん。言っても向こうは素人集団だったしな」
ここは確認でしかない。何しろ、ほとんどの部隊員たちが帰ってこれているんだ。負けていたら今頃、死体の山か色ボケ野郎どもの山か、どっちかになってるだろう。
「で、だ」というハクヨウさんの言葉に、何かうんざりした感じが入ってた。何だろう、と思うまでもなくその答えは、すぐに出る。
「黒の軍の隊長は、砦の隊長室でかさかさしわしわの死体になってた。魔女のやつ、味方だからって容赦しなかったようだな」
「味方まで吸い尽くしたんですか……」
「えげつないぜ、ったく」
吐き捨てたハクヨウさんの気持ちも、分かる。敵ならともかく、味方のそれも隊長を、自分の魔力源としてしれっと殺しちまったんだからな。何てやつだよ、黒の魔女。
……許せねえ、な。
何か、すごくムカつく。
俺が、そうなっていたからかもしれないけど。
「逃げたんですよね、黒の魔女」
「ん? ……多分な」
自分の声が、低くなるのが分かる。男だった頃の声よりはそれでもまだまだ高いけど、でも今の俺の声としては、地を這うように低い。それに気づいたのか、ハクヨウさんも声を落とした。
そのままの声で、俺は彼に聞こえるように、呟いた。
「次は俺、ちゃんと戦えるようになります。そいつが出てきたら、俺も戦力にならないと」
「そりゃ、その方がこっちも助かるが」
黒の魔女を前にして戦えないだろう、カイルさんやハクヨウさんやあの脳筋トリオとか。皆を守るには、コクヨウさんみたいなことにならないようにするには、俺が戦えないと、だめだ。
だから。
「頼むぜ」
「はい」
ハクヨウさんの言葉に小さく、だけどはっきり頷いた。




