101.近しいだれか
「黒き神の信徒との戦いにより生命を落とした彼らの魂を、太陽神の御下にてどうぞ清め安らげたまえ」
レッカさんの声は、静かな神殿内部に柔らかく響いた。声を張っているわけじゃないから、響き渡るっていう表現じゃない。彼女はあくまでも、太陽神に対して祈りを捧げているだけだ。
椅子に座っている俺たちも、祈りを捧げている。今回の戦で生命を落とした仲間たちが、どうか黒の手先の悪霊になりませんようにって。
要するに、今は葬式の真っ最中なんである。ややこしい式次第はないらしくて、神像の前に骨壷並べて各自の冥福を祈ってから遺骨を納骨堂に納めて終わりなんだとか。土葬の場合は棺で以下同文なんだけど、さすがに納骨堂には入らないんで一旦裏の墓地に埋葬して、何年か後に骨になったのを掘り起こして骨壷に収めて納骨堂行き。
お葬式のやり方とか、そう頻繁にやるもんじゃないことはこうでもないと分からないんだよな。大変だ。いや、そうほいほいあっても困るけどさ……誰かが死んでるってことなんだし。
で、納骨も終わったところで俺は、神殿を出た。アオイさんや王姫殿下は、何かいろいろ手続きがあるらしい。
1人で帰るのかな、と思ったところに後ろから声をかけられた。
「よ、ジョウ」
「ハクヨウさん」
ひょい、と片手を上げて近づいてきたのは、グレーのフードを外したハクヨウさんだった。白い髪が少し汚れてるのは、まだ風呂とか行ってないってことなのかな。この人の場合、コクヨウさんのこともあるだろうし。
そんなことを考えてたら、ハクヨウさんの口からその名前が出た。ゆっくり足を進め始めたので、俺も一緒に歩いて行く。このまま、宿舎まで帰れそうだな。
「コクのやつの無様、見せちまってすまなかったな」
「あ、いえ」
身内の中でだと、2人はお互いをコク、ハクって呼ぶらしい。あと戦闘中で面倒くさい時とか。何だかんだで仲がいい2人だから、こうやって片方しかいない……いられない状況ってのは、とても珍しい。
「コクヨウさん、落ち着きましたか?」
「女見せなきゃまともだからな。本人も自覚はあるし、しばらくは地下牢暮らしだ」
「大変だったみたいですね……」
「まあな。かなり力あるから、押さえつけて縛り上げるだけでも結構苦労した」
だよなあ。理性ぶっ飛んだ奴って、結構とんでもなく力出しやがるから。
目隠しして耳栓もして手も縛って、それでも女が近づいたらえらいことになる。俺も身体は女だし、同じことになるんだろうなあ。
「魔術屋の店主から黒の魔女の話聞いてマジかって思ったんだが、ムラクモの偵察結果聞いて参ったよ。男は役に立たない、って言われたわけだからな」
「ああ、そうですよね。その黒の魔女と会ってしまえば終わり、なわけですから」
コクヨウさんがそんな風にされた原因である、黒の魔女。一体どんなやつかなんて考えようとして、止めた。いや、ムラクモとか女性ならともかくさ、男は見た時点でおかしくなっちまうわけだから。どんな姿してたかとかって、果たして覚えてるもんかね。
そんなことを考えているうちに、ハクヨウさんの話は先に進んでいた。
「……砦のすぐ外で門破ろうとして俺らがやってた時にな、若めがけて突入してきた一軍がいてよ。コクが気がついて突き飛ばしたんをチョウシチロウが受け止めてくれたんで若は無事だったんだが」
「代わりにコクヨウさんが捕まっちゃった、と」
「そういうこった。さすがに膠着状態だったこともあって、俺らも一度引いたんだがその後がな……」
薄汚れた白い髪を掻きながら、ハクヨウさんは少しだけ口ごもった。ああうん、何となく分かる。
この場合、どうするか。コクヨウさんを見捨てるか、助けるか。皆が選んだのは後者だったけど、その場合問題が生じる。
砦を攻略するために派遣された部隊に、女性は少ない。王姫様はともかくとして後はラセンさん、アキラさん、ムラクモ。他に同行した傭兵部隊に女性はいなかったはずだし、いるとしたらコーリマ側だけど。
「いや、若が誰も行かないなら俺が行くっつーてな」
「あ、そりゃ駄目だ」
「だろ?」
ハクヨウさんの言葉に、間髪いれず突っ込む。だってそうだろうが、カイルさん、変なところで無謀なんだから。いや、自分かばって部下が捕まったんだから気持ちはわからないでもないけどさ、男が行ったらやばい相手なんだろが。そこ忘れちゃ駄目だよ、ほんと。大丈夫か隊長。
「それでまあ、王姫殿下が若を説得して。んで店主とラセン、ムラクモ、あと王姫殿下と配下の女性騎士が数名突入してくれてな」
あ、今気がついた。ハクヨウさんたちがカイルさんを若って呼ぶの、生まれ知ってたからなんだな。そうかそうか、納得。
まあそれは置いといて、王姫様いいのかよ、それ。姉弟揃ってまあ。こういうのは俺じゃないと突っ込めないだろうから、あえて突っ込ませてもらうよ、ハクヨウさん。
「……こう言っちゃ何ですけど、たかだか傭兵1人のためにですか?」
「そうだ。……ところで、若と王姫殿下の関係は」
「全力でぶっちゃけてくれました。要するに、腹違いの姉弟ですよね」
「おう、知ってたのか。なら話は早い」
スルーしたな。ああいや、客観的に見て間違いないよなっての分かってくれたからだろうな。ほんと、たかだか傭兵1人のために王族が部下引き連れて敵陣突入なんて、普通はあり得ねえし。
「いやまあ、王姫殿下、それなりにブラコンでな。若がそんなこと言うなら姉として黙っちゃおれねえ、と」
やっぱりか。王姫様、カイルさんにコーリマに帰ってきてほしがってたけど、その理由の1つがはっきりしたよ、うん。
それで、弟のために自分の部下まで引き連れて、弟の部下を突入して取り返してきたわけか。
「マジで大丈夫なんですか、コーリマ王国」
「今んとこはな。陛下が脳筋でも、軍師とか頭使うやつはいるもんだし」
ハクヨウさん、すごく困った顔をしている。そりゃそうだ、自分の兄弟のために王族を危険な目に合わせちまったんだからな。それも、自分は手助けできないところで。
……いやほんと、王姫様もカイルさんも、ほっとけないわ。




