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9.居場所

 しばらくの間静かだった室内で、最初に口を開いたのはカイルさんだった。


「……分かった。君の身柄は我が部隊で預かる。できれば、元の世界で男だったということは伏せておいて欲しい」


 それは、俺のこちらでの居場所を決定する一言だった。

 親も友人もいないこの世界では、俺はほんとに何にもなしのたった1人の小娘だ。正直、あの石の部屋にほったらかしにされたままだったかもしれないし。

 その俺を、カイルさんは預かってくれるという。……もちろん、何の見返りもなしってわけにはいかないよな?

 男だったことを隠す、ってのは見返りじゃなさげだし。


「はい。それは俺も助かるんですが、でもいいんですか?」

「黒の信者からせっかく助け出せたんだ。面倒見ないと、太陽神の怒りを買うよ」


 その言い方はバチが当たるだろ、と言ってるわけだな。しかしまあ、いつまでも世話になってるわけにも行かないと思う、多分。

 そこら辺についても、カイルさんは提案してくれた。


「いずれは君の好きにするといい。ただ、少なくともこちらの文字を修得するまでは、うちにいてくれ」

「文字、ですか……ああ」


 そうだ。今朝、文字が読めないことに気づいて大変だったっけ。あれ、でも。


「そういや、食堂のメニュー読めなくて困りましたしね。てか、こっちって文字読める人多いんですか?」

「農村に行くとそうでもないんだが、この街は流通の拠点でな。文字と計算はかなり基本的な教養だ」


 流通の拠点。なるほど、それで夜も門が明るかったんだ。こっちじゃさすがに深夜走るのはトラックじゃなくて馬車とかだろうけれど、そういうのもあるだろうしな。表通りも明るかったし、酒場が夜通し営業ってのも納得がいく。

 にしても、文字と計算か。


「計算はそこそこできますけど、こっちの数字読めないと意味ないか」

「できるのか?」

「足し算引き算掛け算割り算なら何とか」

「それはいい。文字をある程度覚えられたら、マリカの手伝いをやってもらえないか。もちろん、給金は出すよ」


 お、働き口確保かな。マリカさんのお手伝いということは、書類の整理とかその辺りだろう。書類って言えば、マリカさんが仕事たまってるって言ってたっけ。


「とりあえずは文字の勉強頑張ります。コクヨウさんとか、面倒臭がってやってないみたいですね?」

「またか。自分でやれ、と口を酸っぱくして言ってるんだがな」


 ははは、と苦笑を浮かべるカイルさん。

 恐らくこの人は、クソ忙しいのに自分でやろうとして周囲からそんな仕事はこっちでやるから休めー、とか言われるタイプなんだな。

 まあ、俺も武田に宿題写させてもらうとかやってたからあんまり人のこと言えないんだけど。


「…………あ」


 そこで、思い出した。

 一緒に階段から落ちた、あいつのことを。


「ジョウ?」

「ジョウさん? どうしたの?」

「……階段から落ちたのがきっかけでこっちに来たのなら、もう1人来てるかも知れない」

「何?」


 俺の言葉に、カイルさんが軽く腰を浮かせた。何となく、ラセンさんの目がきつくなった気もする。


「俺と同じくらい……あ、向こうでですけど、同じくらいの背格好で、武田四恩っていいます。一緒に階段から落ちたので、もしかしたら」

「タケダ・シオンだね?」

「はい」

「すぐ手配します」


 カイルさんとラセンさんが視線を交わしてすぐ、彼女が席を立った。カイルさんの机の方へ歩いていって、少し茶色っぽい紙とペンを取り出す。インクをつけて書くタイプのペンだ。

 たまに引っかかるような感じで手紙を書き終えて、ラセンさんはそれをカイルさんに渡した。ざっと文章を読んだ後、カイルさんがひょいと右手をラセンさんに差し出す。即座に渡されたのは、インクをつけ直したペン。


「これでよし。ラセン、封筒と蝋を」

「はい」


 言われるまでもなく準備していたようで、ラセンさんは紙と同じ色の封筒と、それから小さな赤いろうそくを出してきた。

 たたまれた紙はカイルさんの手で封筒にしまわれ、ふたをされる。あれ、糊はどうするんだろうと思って見ていると、ラセンさんが小さく呟いた。


「炎の子」


 瞬間、ろうそくの先にぽんと小さな火が灯った。しばらくして溶け始めた蝋を、ちょうど封筒のふたと本体の境目辺りにぽとぽとと落とす。

 で、その上からカイルさんが、どこから取り出したのかハンコみたいなのをぎゅうと押し付けた。ちょっとの時間押さえてから離すと、ハンコの型にかたどられた蝋はきちんとくっついている。


「カンダくん。これを領主様のところにお届けして」

「しゃー」


 羽の生えた薄緑色の蛇は、嬉しそうにしっぽの先をぱたぱた揺らすと封筒をくわえて窓から出て行った。普通にアナログな運び方だったんで、ちょっとびっくりした。いや、魔法で小さくしたりとかじゃないんだな。

 そのカンダくんを見送っていた俺に、カイルさんがちょっと笑いながら尋ねてきた。俺、変な顔していたのかもしれないなあ。


「……伝書蛇は初めてか?」

「あーいえ、カンダくんには昨夜会ってますから。それより、蝋でふたするのが初めてで」

「なるほどな。こちらでは、正式な依頼書などを取り扱うときに使うんだ。一度外すと二度とつかないし、印章は俺のもので他の誰にも使えないから」


 あー。

 そうか、アナログな分妨害やら情報盗むのとかもアナログだものな。その対処法ってわけか。


「ともかく、ジョウの友人についてはここの領主から他地方にも問い合わせてもらう。昨夜の捜索では君以外に『異邦人』は発見できなかったから、別の場所に移されている可能性が高い」

「すみません。よろしくお願いします」


 俺は素直に頭を下げた。本当に、よろしくお願いします。

 武田も、俺みたいに助かっているといいけどな。ああいや、向こうの世界で無事だったら一番いいんだけど。



 こここん、と小さなノックの音がした。ラセンさんとは違って、カイルさんの返答を待たずに扉を開けたのはムラクモ。お前はいいのか……いいんだろうな、カイルさんもラセンさんも平気みたいだし。


「カイル様、そろそろ見回りの時間だ」

「分かった。すぐ向かう」

「見回りですか?」


 ムラクモの言葉に当然のように頷いたから、俺はカイルさんに聞いてみる。

 まあ、見回りが必要な世界で街ではあるんだろう。俺にエロ方面で何やらしようとした黒の神の信者とかが存在するわけだし、この街は流通の拠点とか言ってたし。


「まあな。こういった街ではいつでも小競り合いは起きたりするんだが、特に今は年末なもので大変なんだ。年越しの週に入るまでは特に、黒の神の信者にも気をつけねばならん」

「……はあ」

「……そうか。済まん」


 何で年末だと黒の神の信者が大変なんだろう、ということが俺には理解できない。それに気づいてくれたのか、カイルさんが髪をがしがし掻きながら教えてくれた。


「要するにジョウ、今の季節は君をこちらの世界に引きずり込んだ勢力が力をつけている時期でね。それで、問題も増えてるってわけさ」

「あー……」


 季節によって違うのかよ。邪神の信者は野菜か、果物か。夏は暑いから動きが鈍ってるとか、そういうものじゃない……よ、なあ?

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