暁の都が沈む時⑨
「もう大丈夫なのですか?この子は。」
司暮が少年の頭を撫でながら後ろにいる女性に問い掛けると、
その女性は少しだけ疲れたように、息を乱しながら答えた。
「それだけ走れれば、問題ないんじゃないですかね…。
さっきは、おトイレに行きたいって言っていたんですけど…。」
「おトイレはいいの?」
その言葉に少年は司暮の顔を見上げながら、コクンと頷く。
少年にとって、司暮は二つの言葉を使い分けているように見えた。
女性やもう一方の男と話す時は知らない国の言葉だが、
自分と話す時は自分の国、ファゴッツの国の言葉を使っている。
しかしそれは女性のようにカタコトではなく、少年にとっても全く違和感のない自然なものだった。
少年は司暮が少し話すごとに、自分の国と同じようなトーンで喋れる司暮のことを信頼していった。
すると女性は、すっかり司暮に懐いた様子の少年を見て、納得したように笑いながら話した。
「朝倉さんに会いたかっただけみたいですね。
言ってくれれば良かったのに。ごめんね?」
少年は女性が何に対して謝っているのかよく分からなかったが、
とりあえず謝っている様子だったので許してやろうと、コクンと頷いておいた。
そうして少年が後ろにいる女性の方を向いていると、突然目の前にいた司暮が体を大きく動かしたのを感じた。
もうどこかへ行ってしまうのかと、少年は手にしていた司暮の外衣の裾を力強く握りながら振り向くと、
司暮は少年と目線を合わせるようにして、地面に膝を着いてくれていた。
「お名前は?」
司暮は子供でも聞き取れるように、ゆっくりと分かりやすい口調で問い掛ける。
しかし少年は、正面から見つめられるとなんだか恥ずかしくて、俯いてもじもじとしながら小さな声で返事をした。
「…………り…ん」
「…リン?」
「……りおん」
「リオン?」
司暮の言葉に、リオンと名乗った少年は微かに頷く。
「へえ」
その名を聞いた司暮は物珍しそうな声を出して、自分の後ろに立っていた怜司に話しかけた。
「この子の名前、リオンですって。 ファゴッツの言葉で”龍”という意味の言葉です。良い名ですよね?」
暫く黙ったまま事を見つめていた怜司に、司暮がノルーアの言葉で少年の名前の意味を教える。
それを聞いた怜司は「お前が言うのか」と小さな声で言ったが、それを気にせず司暮は少年の国の言葉で言い直した。
「格好良いお名前ですね。」
それに対して少年がすぐに頷くと、司暮と女性は吹き出すようにして笑った。
少年は二人が何故笑い出したのかはよく分からなかったが、二人の笑顔を見て少しだけ少年も笑顔になった。