暁の都が沈む時③
重力に従って落下していた少年は、突然自らの体に衝撃を感じる。
それと同時に柔らかく、そしてしっかりとした感触に包まれた。
驚いて目を開けてみても、顔を何かに覆われているのか、目の前は真っ暗だった。
するとほぼ同時に、2人の男と思われる荒々しい声が響き渡った。
「ディルーノ!!」
「ディルーノ、上がれ!」
その声と同時に少年の体が大きく揺れて、顔を覆っていた何かが少しだけ横にずれた。
すると少年は一瞬だけ、とても美しく光り輝く竜のようなものを目にした。
それはとても光沢のある綺麗な金色で、少年は自分が男の腕の中に居る事にも気づかずに、その美しさに目を奪われていた。
「ディルーノ、踏ん張れ!」
覇気に満ちた声で奮い立たせるように別の男が叫ぶと、その竜は天にも届くような声で、グオオと力強く唸り声を上げる。
しかし少年には、何故だかそれが竜の悲鳴のように聞こえた。
すると少年は、体を丸ごと包まれるようにして男に抱き寄せられ、視界を塞がれる。
それと同時に殴られたような強い衝撃を受け、バチバチと枝や葉が折れる音を聞いたのを最後に、少年の意識はそこで途絶えた。
意識を取り戻した時、少年は見知らぬ男の腕の中に居た。
驚いて離れようとしたが、体がまだ宙に浮いているような感覚に包まれていて、思うように力が入らない。
何とか上体だけを起こすと、少年はようやく自分が地面の上に居る事、そして生きている事に気が付いた。
辺りは若干の炎に包まれていたが、炎に勢いはなく、新鮮な酸素があるため、先ほどよりも辛くはない。
あの窮地を自分はこの男に助けられたのだと、少年は横でぐったりとしている男の顔を心配そうに見つめた。
男は力なく横たわり、ピクリとも動かない。
その顔は枝や葉によって傷だらけになり、髪は乱れ、大きな外衣や衣服もボロボロで、肌からは血が滲んでいた。
自分の所為でこの人が死んでしまったのかと、少年は恐る恐る震える手で男の体を揺すろうとする。
しかしその瞬間に、遠くの方から大きな声が聞こえてきた。
「怜司、どこですか!怜司!」
少年がまず思ったのは、それが自分の国の言葉ではないということ。
生まれて初めて、自分以外の国の言葉を聞いた。
しかしその声が響いてからすぐに、横でぐったりとしていた男の体がほんの少しだけ動いたのを感じた。
少年が視線を向けるとその男は、横たわったままぼーっと何もない場所を見つめていた。
その間も別の男が遠くで何かを必死に叫んでいる。
向こうで叫んでいる男が異国人だとすれば、この男も異国人なのだろうかと、
少年は遠くを見つめている男を、ただ呆然と見つめていた。
するとその男は突然目に光を取り戻し、うっすらと笑いながら、目の前にいた少年に気付いて話しかけてきた。
「よう…、坊主。無事か?」
その声はとてもゆっくりとしていて、とても落ち着いていた。
何と言っているのかは分からなかったが、その落ち着いた声が、少年には却って不思議に思えた。
少年が心配そうに男の状態を見つめていると、男は少年の頭をぽんぽんと叩きながら体を起こし始める。
「いってぇ…ケツに枝が刺さった…」
男は気怠そうに舌打ちをしながら、服に付いた枝や葉などを払い除けていると、また遠くの方から声が聞こえてきた。
「怜司!どこですか!」
「あぁい!」
もう何度目かも分からないその呼びかけに、男が煩いと言うように半ギレで返事をすると、
遠くの方から草むらを掻き分けて、すぐに別の男が向かってきた。
「怜司、無事ですか!」
「ああ、まぁ、なんとか……」
「貴方じゃなくて、子供の方です!」
怜司と呼ばれた男が、自分の腕にできた傷を見ながら返事をすると、
やって来た男は”お前ではない”と言って、すぐに少年の元へと駆け寄って行った。
その冷たい言動に怜司は一瞬不機嫌そうに顔を顰めたが、すぐに少年の方へと向き直り、傷のケアをしようと態度を改めた。
少年はこの人達が自分の事を助けてくれたのだと分かると、急に安心して強い眠気に襲われた。