ついてないな
空は真っ白だった。雲に覆い尽くされた空はなんだかふてくされているようだった。私は財布とスマートフォンをポケットに突っ込み、スーパーに買い物に出かけた。薄手の生地でできているティーシャツからはうっすらと下着が透けて見えていたがまあ、気にしない。下着は桜色で、ティーシャツも桜色。目立たないし、何よりも着替えるのがめんどうだ。一人暮らしのマンションから最も近いスーパーだ。移動距離も少ないし、きっと誰にも会わない。ぼんやりと明日の予定を考えながらスーパーへ立ち入る。
土曜の昼間にこれだけしか人がいないのか。店内は照明ばかりが明るく、雰囲気は重苦しかった。若い店員は気怠そうに挨拶を交わし、腕時計で時間を確認する。早く時間が過ぎ手欲しいと思っているのだろう。私はお菓子売り場へと足を運んだ。カロリーメイトを二箱、チョコレートを二箱手に取った。アイスクリームを選びに、足を運ぶ。ふとチョコレートのパッケージを見つめた。黒い外装に、「bitter」と表記されている。小さい頃はビターチョコなんて食べなかったのにな。と、私は幼い頃を振り返った。
「変わっちゃったんだな、何もかも」
幼い頃の自分は今の自分を見てどう思うのだろう。過去の自分が描く未来の自分像をを裏切っている気がしてならない。私はいつからこんな風になったんだろう。
「本多先生」
はっと振り返ると、森崎が立っていた。
「こんなところで会うなんて」
「なんて幸運なんだ」と言葉が続きそうなくらい森崎は嬉しそうに目を細めた。その笑顔を見ながら、内心まずいろ思った。こんなところで会うなんてついてないにもほどがある。
「ああ……そうですね」
私はそういうと、森崎に背を向け、アイス選びに集中しているふりをした。早くどこかへ行け。
「本多先生もアイス好きなんですか?」
「はい。まあ……」
森崎は聞きもしないのに私にオススメのアイスを紹介しだした。
「で、本多先生はどれが好きなんですか?」
私はいつも買っているアイスを指差した。
「へえー。僕、それは食べたことないなあ」
森崎はそういいながら、カゴにアイスをたくさん入れていた。もう20個は入れたんじゃないか。そんなに食べたらお腹をこわしますよ、と。
「じゃあ」
私は森崎に別れを告げ、レジへと足を進める。
「あ」と声が聞こえたかと思うと、森崎が後を追ってきた。
「あの、本多先生」
「何です?」
私は苛立ちを声に出さないように言った。
「明日、お時間空いてたりしませんか」
「空いてたりしません」
即答すると、森崎先生は笑った。
「そっか。残念だ」
私は眉間にしわを寄せた。彼はよく笑う。本人の感情とは無関係に。私はその張り付けたような笑顔がどうしても好きになれない。
私が歩く速度をあげても、森崎先生は私に合わせようとしなかった。私は彼に気づかれない様、首だけ後ろを振り返る。彼は少し悲しそうな表情をしていた。やっぱりだ。彼は本心で笑ってなどいない。少し気にはなったが、私はレジを通り、店を出た。
雨が降っていた。路面を濡らし、止む気配のない雨。
「ついてないな」
私は呟いた。このまま家まで突っ切っても良いのだが、いかんせんこの服装だ。帰り着くまでにはきっと……
「本多先生」
またこの声か。私は振り返った。
「これ、」
突き出された彼の手にはアイスのたくさん入ったスーパーの袋と傘が。
「え?」
「そっ、その服装じゃこのまま帰れないと思って」
ああー、目立たないと思ってたけどやっぱり見えることは見えてたのか。私は苦笑した。
「だから」
森崎は私に傘と袋を押し付けた。
「あ、でも森崎先生は」
私が言い終える前に彼は言った。
「僕のことは良いんです。僕の事よりも、本多先生の方が大切だし……」
森崎は私と目を合わせることなく言うと、ずぶ濡れになりながら去って行く。バシャバシャと水が跳ね散る音が遠ざかり、森崎の姿はあっという間に見えなくなった。
「……ついてないな」
私は冷たくなった手で傘を広げ、呟いた。