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喫茶 阿  作者: あき
表の阿
7/12

七品目 オレンジジュース

閑静な住宅街を過ぎると、道は途端に海に向かって緩やかな傾斜を描きはじめる。

灯台の立つ岬に向かう小高い一本道の途中に、木々に埋もれるようにその店はある。

道端に置かれた手作りのウッドチェアに、小さな黒板が看板がわりに立てかけてあった。

所々かすれてはいるが、その文字はこう読めた。


『喫茶 阿』


これは、喫茶店「阿」に集う、そんな『誰か』の物語。


小洒落たアンティークの扉の横に、雨の日だけおかれるものがある。

鈍色の人魚を象った傘立ての中に、細身の紅の傘と蛇の目が並んでいた。

磨り硝子を滑る水滴を眺めて、マスターはその細い目をますます細める。

少しだけ除湿した店内の奥の丸い机には、氷の浮いたオレンジジュース。




「ああ! もうっ」

「どうかした?」

「不便なものばかり作って! 本当迷惑なのよっ」


ストローに追い立てられた氷が、グラスに当たって賑やかにはしゃいでいる。


「何か、あった?」

「自動ドアよ」

「え?」

「あいつが私の行く手を遮ったの!」

「あぁ。あれは、無理矢理は開けられないからね」

「そうよ。おかげで誰かが開けてくれるのを待たなきゃだったわ」

「それは、それは」

「大迷惑よ! とんだ所で、あたしが人じゃないって思い知らされたわ」

「最近の自動ドアは、近赤外線だからね」

「どうせあたしは変温よ。仕方ないでしょ、そういうモノなんだもの」

「変温関係ないと思うけど。でも、あっという間に排除する時代になったものだね」

「本当よ。まだ50年そこそこだっていうのに、よくもまあ、これだけの事をするわよね」


ストローを伝わっていく橙色が繋がって、コップの量を減らした。

氷が滑り当たって透明な音を鳴らす。


「ちょっと不便てことが多いわ。積もり積もって、すっごく迷惑。良くもまあ、人も平気な顔して暮らしてるわよ」

「本当、人って変な生き物だよね」

「あんたに言われたくないと思うけど? でも、変なのは確かだわ。生き物って普通、生存を考えるはずでしょ? 何が何でも子孫を残そうってね。人だけよ。身体はそう考えるのに、思考は真反対。全部滅ぼしたいって思ってるのは」

「おやおや、過激な事をあっさり言うね。八百の」

「仕方ないでしょ。半分は人の血が流れてるんだもの。あんたも一緒よ、ハルアキ」

「まあね。でも闘争は本能だよ」


コップを伝った水滴が、机に黒い染みをつくった。

じわじわと、それは底の見えない穴のように広がる。


「なによ?」

「獅子も猿も、種族は群れを作って主を冠する。弱ければ、異なれば、排除される」

「そうね。悪いとは言わないわ」

「勿論。責任がついて廻るからね。排除しそこなったばっかりに、全滅なんて笑えない」

「ああ。セキニンとギセイ?」

「犠牲という概念はないよ。あれは、ただの淘汰」

「あんたこそ、あっさり言うわね」

「淘汰された側だからこそ、じゃないかな」

「そうね。だからこそ、好き勝手言えるんだわ」


とけた氷が擦り減って、氷の間をぬってコップの底にぶつかった。


「まぁ、外れ者の私たちに出来るのは、見ることだけよね」





「ご馳走様」

「相変わらず、美味しい蜜柑だったわ」


青年の横で、小さな少女は大人びた仕草で肩を竦める。


「ありがとうございました」

「ねぇ、ハルアキ。あんたいい加減輪廻に戻ったらどうなの?」

「生憎と。貴女こそ、その恰好は止めた方が良いのでは? マイナス何百歳です?」

「うるさいわね」


傘を広げ、騒ぎながら出ていく影のない二人を見送って、マスターは小さく目を細めた。

しとしとと窓を叩く雨は彼らの後を追い掛けるように雨脚を弱める。


「またのご来店を、お待ちしております」



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