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喫茶 阿  作者: あき
表の阿
6/12

六品目 イングリッシュブレックファースト

閑静な住宅街を過ぎると、道は途端に海に向かって緩やかな傾斜を描きはじめる。

灯台の立つ岬に向かう小高い一本道の途中に、木々に埋もれるようにその店はある。

道端に置かれた手作りのウッドチェアに、小さな黒板が看板がわりに立てかけてあった。

所々かすれてはいるが、その文字はこう読めた。


『喫茶 阿』


これは、喫茶店「阿」に集う、そんな『誰か』の物語。


小洒落たアンティークの扉を開けて左手に視線をやると、壁から首を伸ばすガス灯のような灯りが目に入る。

その首の部分には、五色の糸を垂らした薬玉がひとつかかっていて、イングリッシュブレックファーストの香に、ふわりと香料が微かに薫る。




「不思議なものですわね」

「そうだな。些か面妖だな」


小さな含み笑いに混じって、紅茶の水面がゆらゆらと波を描く。


「まぁ。面妖だなんて」

「む。そうではないか。人が地に立つことも、花びらが散り、地に落ちることも」

「凄いと思いますわ」

「むむ?」

「大切なモノを、引き付けておく力、でしょう?」

「そのような考え方もある、か」

「この地ほどではありませんが、人にも、モノにも、微弱ながら備わる力だそうですよ」

「左様か」

「ええ。差し詰め、私は貴方様に囚われた月でしょうか」


一瞬のうちに、ミルククラウンが姿をみせてそして、消える。


「また、面妖なことを」

「うふふ。いけませんでした?」

「いえ。地とて、月の影響を受けておりますように」

「うふふ。けれど、身の果てと知りましても、近付きたいと思うのは月だけですわ」


スプーンがくるりと円を描いて、柔らかな色を均等に運んでいく。


「身勝手なものですわ。貴方様に害があると知っても」

「それを知ってなお、引き寄せ、受け入れる地もありましょう」

「優しすぎますわね」

「そのままそくりとお返ししましょう」

「うふふ」


ふわりと唐突に吹いた風が、五色の糸を揺らし、小さな花びらを運ぶ。


「幾とせ、過ぎましたか」

「光陰は矢の如く、ですもの」

「幾度も、幾度も」

「ええ。何度も、何度も」

「次の春は」

「見ることはできませんけれど、貴方様の糧となって」

「では、素晴らしい花をつけましょう」




「優しい、紅茶でしたわ。ご馳走でした」


透けるように線の細い女の言葉に、マスターは何も云わずに頭を下げる。

熔けるように微笑んで、女はふわりと踵を返した。


「願わくは、花の下にて春死なむ」

「その如月の、望月のころ」


出ていく女の零した声を引き継ぐように、マスターはその先を口にして、小さく微笑む。


「またのご来店を、お待ちしております」




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