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喫茶 阿  作者: あき
表の阿
5/12

五品目 ホットチョコレート

閑静な住宅街を過ぎると、道は途端に海に向かって緩やかな傾斜を描きはじめる。

灯台の立つ岬に向かう小高い一本道の途中に、木々に埋もれるようにその店はある。

道端に置かれた手作りのウッドチェアに、小さな黒板が看板がわりに立てかけてあった。

所々かすれてはいるが、その文字はこう読めた。


『喫茶 阿』


これは、喫茶店「阿」に集う、そんな『誰か』の物語。


小洒落たアンティークの扉の横に、小さな郵便受がついていて、たまにことりと小さな音を響かせる。

毎朝訪れて一番のお客様になる新聞配達と違って、郵便配達は時折その音を響かせるだけで、姿を見せる事はない。

取り出した手紙を仕分けていたマスターは、その中の一枚に目を止めてふうんわりと微笑んだ。




「遅いっ」

「仕方ないじゃないですか。俺の方が授業、長いんですよ」

「仕方なくないもん」

「大学生と高校生のライフワークを一緒にしないでください」

「なんでっ」

「休講ばっかりで暇な大学生とは違うんですよ、先輩」


湯気の立つホットチョコレートが四角い机に鎮座していた。

真っ白なマグには赤いラインの模様が遊ぶ。


「暇じゃないもん」

「暇そうじゃないですか。ふらふら高等部に出入りするんですから」

「違うってば」

「なんですか?」

「最近冷たいもんっ」

「どこがですか。冷たくありません」

「冷たいよ。もう12月だよ?」


一瞬途切れた言葉の間を、するりとレコードの音が抜けていった。


「あの、先輩?」

「なに?」

「それ、どう繋がるんですか」

「だって、心配なんだよ。あんまり寝てないみたいだし、調子悪そうだし。君、すぐ無理するんだもん」

「え? あの、俺のこと気遣って」

「違うよ、馬鹿っ」

「は? ちょ、馬鹿!?」

「君がどう思ってたって、私が君のこと好きなんだもん。気になって足が向いちゃうのっ」


ふうと冷ますふりをして零された吐息を拾って、ホットチョコレートは重さに耐え切れず僅かに沈む。

それを隠すように傾けられたカップが、僅かに揺れた。


「君が勉強の方が好きなことくらい、知ってるよ」


レコードの音の中で、かたんっと机に当たってカップが音を立てる。


「貴女は、本当に…どっちが馬鹿ですか!?」

「なんで君が怒るのさ」

「怒りますよ!」

「なんでっ」

「俺が、わざわざレベル上げた理由解ってます!? 就職率良くて、指導要領が良いからって、無理せず行ける県外の国公立止めて、スカラシップ狙ってまで私立の大学行こうとしてるのは」

「なに?」

「将来の夢も。貴女の側にいることも。両方掴みたいからに決まってるじゃないですか!」


窓枠を風が揺らした。

灰色の雲が、空を覆っていく。


「そんな、こと?」

「そんなこと!?」

「私は君が好きだよ。それは、離れたって変わらない」

「そんなの俺だって」

「だったら、無理して身体壊すような真似はやめようよ」

「それは、」

「県外がなんだい。いっぱい会いに行けばいいんだもんね」

「先輩」

「なにせ私は、暇な大学生らしいから」

「それ、根に持ってましたね」


こぼれ落ちた吐息に合わせるように、窓の外でちらちらと雪が舞い始めた。


「解りました。無理は止めます。でも、受けますよ。スカラシップ」

「うん。頑張るのは良いことだよ」



「ご馳走さまでした」

「マスター、すっごく美味しかったよ」


席を立ち上がったジャケットの少女が、気づいたように顔を上げる。


「そだ。君が合格したら、此処でお祝いやろっか。マスター、予約できる?」

「予約とか、先輩」

「いいじゃん、いいじゃん」


カウンターの角から、マスターが取り上げた予約の紙を受け取って、学生服の少年は肩を竦めた。


「此処の郵便受けに? 解りました」




カウンターの後ろにかかったカレンダーに印をつけて、マスターはふうんわりと微笑む。


「またのご来店を、お待ちしております」



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