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喫茶 阿  作者: あき
表の阿
2/12

二品目 チーズケーキ

閑静な住宅街を過ぎると、道は途端に海に向かって緩やかな傾斜を描きはじめる。

灯台の立つ岬に向かう小高い一本道の途中に、木々に埋もれるようにその店はある。

道端に置かれた手作りのウッドチェアに、小さな黒板が看板がわりに立てかけてあった。

所々かすれてはいるが、その文字はこう読めた。


『喫茶 阿』


これは、喫茶店「阿」に集う、そんな『誰か』の物語。



小洒落たアンティークの扉を開けた正面には、カウンター席と小さなショウケースがある。

そこに並ぶのは日替わりの和洋菓子。

今日のショウケースは、チーズケーキとフルーツタルト、マドレーヌに苺大福、羊羹。

カウンターの奥でふうんわりと微笑むマスターは、カップを磨く手を止めて、柱時計に目をやった。

四角い机には、少し大きな二等辺三角形のチーズケーキ。



「それじゃあ、私が先に貰うよ」

「どうぞ。あ、解ってると思うけど」

「はいはい。三角に切り分けられなくなった時点で負け、だね」

「うん。それに、今回はもともと三角だから」

「切り分けは一回、パスはなし、か」

「そう。あと、前回は君の負けだったよ」

「小指サイズのクッキーに、そこまでの強度を求めないで欲しいけど」


同じ長さの二辺に対して垂直にフォークが入って、正三角形に切り取られたチーズケーキが皿から消える。


「はい、次はそっちだね」

「今回は元々三角形だから、簡単過ぎるか」

「まぁね。この間の七角形煎餅は大変だったね」


小さな二等辺三角形が切り出されて、あっという間にチーズケーキは半分近くになってしまう。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。それにしても」

「何?」

「チーズケーキを食べることになるとは思わなかったよ。君となら、オペラとかミルフィーユだと思ってたから」

「どちらも、スクエアが定番のケーキだね」

「そう。君は一人で食べるときは丸いもの、二人で食べるときは角もの。どうぞ」


薄く小さく食べられたチーズケーキの皿が机の真ん中から移動した。


「解ってた?」

「途中から、なんとなくね」

「角は、三角でできてるから相似になる。でも丸は、三角だけじゃうまくできないから」


皿のチーズケーキを半分にして、さくりとケーキに木串が刺さる。


「はい。あとはあげるよ」

「丸くなって、壊れるのが怖い?」


押しやられた皿が途中で止まった。


「嫌なとこつくよね」

「あのさ、君は二人を繋ぐもの、例えば糸みたいなものが、切り出せるのは角だと思ってる」

「そうだね」

「だけど、両端を持った二人が手を繋げば、紐は円になれるんだよ」

「気障っぽい」

「解ってるよ」

「でも、ありがと」

「どういたしまして」


空っぽの皿がぽっかりと浮かぶ月のように、四角い机の真ん中で光を受けた。





「チーズケーキ、ご馳走様でした」

「ありがとうございました」

「四角いチーズケーキを三角に切って出すお店って、珍しいよね」


ひらひらと手を振って、二人の少女は手を繋いで店を出ていく。


「君の好きな丸いアップルパイ、今度一緒に食べに行っていい?」

「二人でひとつで良いならね」

「勿論」


磨き終えたカップを棚に戻して、マスターは小さく微笑んだ。


「またのご来店を、お待ちしております」


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