罪と罰、オデット嬢の場合
三年間、古城で「O」という記号として生きることを強いられた一人の女性。
名前を奪われ、尊厳を奪われ、愛するはずだった男に裏切られ、二度にわたり我が子まで奪われる。
しかし、その夜、長く続いた支配は終わりを迎える。
これは残酷な復讐の物語ではない。
自分の名前を取り戻し、一人の人間として再び歩き始める女性の物語である。
※本作品には暴力・虐待・流血などの過激な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
オルレアンからダジュール城へ連れて来られてから、もう三年が経っていた。
Oはネマウの愛人として、この古い城で『調教』という名の支配を受け続けていた。城の主ウェルキン卿と、その配下の男たちによって。ここでは女たちに名前はなく、ただの記号として扱われた。
二年前、Oは妊娠した。だが男たちは子供など望んでいない。彼女は眠らされ、気がつくと全てが終わっていた。医師は何も説明せず、ただ「処置は完了した」とだけ告げた。
そして今夜、再び同じことが起ころうとしていた。
その夜、ネマウの声は冷たく短かった。
「今夜、医者に診てもらうよ、O」
彼は赤ワインの杯に睡眠薬を溶かし、Oに差し出した。Oは何も知らず、杯を飲み干し、静かに眠りに落ちた。
深い眠りを確かめたネマウは、彼女をダジュール城の離れへと運んだ。そこは、古びた石壁とは裏腹に、白く無機質な医療室だった。
医師はOの衣服を脱がし、分娩台に彼女を固定した。無言のまま尿検査を終え、
「陽性。」と一言呟いた。
「やれ。」ネマウが低く命じた。
医師の手は無感情に動き、Oの身体にチューブを挿入した。二時間後、彼は小さなガラス容器を差し出した。ホルマリンの中で、透き通るような白い塊が揺れていた。
夜明け前、ジュスティーヌ官長の冷ややかな声がOを揺さぶった。
「起きなさい、O。支度を。」
Oは混乱しながら尋ねた。
「何が起きたのですか?」
女官長は血の滲む鍵束から一本を選び、Oの手錠を外しながら言った。
「黙って着替えなさい。すぐに行くわよ。」
服を渡され、着替えながらOが再び問う。
「何が起きているの?」
「悪魔に神の鉄槌を下すのよ。ついてきなさい。」
女官長はOの手を引いて地下牢へ向かった。廊下には四人の男が蒼白な顔で倒れ、痙攣していた。Oは思わず足を止めかけたが、ジュスティーヌ官長の強い手が彼女を先へ導いた。
牢の中では、半狂乱のウェルキン卿が裸で閉じ込められていた。
「ウェルキン卿……彼に何を?」Oの声は震えた。
「悪魔は報いを受けるべきよ。」ジュスティーヌ官長の言葉は鋭く澄んでいた。
彼女が「やりなさい。」と命じると、二頭の大型犬が鉄格子の中に飛び込んだ。
ウェルキン卿は逃げ惑ったが、一頭の犬が彼の足首に噛みつき、転倒させた。
もう一頭はウェルキン卿の腹部に噛みついて、首を左右に大きく振った。
ウェルキン卿の悲鳴が響き渡り、彼の腹が裂け、中から青白い腹膜に包まれた内蔵が現れた。
犬たちはその腹に食らいつき、膜を破り、中から紐状のものを引きずり出した。
犬たちは飢えているのか、その紐状のものを引き裂き、食らいついた。
生臭い臭気が湯気のように湧き出していた。
残酷なことにウェルキン卿は意識を保ったままだった。
Oは呻き、嘔吐し、目を背けた。
「もう、見ていられません。悪魔に神の鉄槌って、なんのために……。」
階段を登りながらOが呟くと、ジュスティーヌ官長は穏やかに答えた。
「上で話すわ。」
大広間には数十人の女たちが集まり、中央でネマウと三人の男たちが鎖で繋がれていた。それは、昨日までのOたちの姿そのものだった。
一人の女官が、Oにガラス容器を差し出した。液体の中で白い塊が揺れていた。
「これは……?」
ジュスティーヌ官長がOの手をそっと握り、沈痛な声で言った。
「あなたの胎児よ。今夜、眠らされている間に、二度目の堕胎を強いられたの。こんな罪が、神に許されるはずがない。」
Oの目は見開かれ、全身が震えた。
「私の子が……こんな肉塊に?」
「落ち着きなさい、取り乱しては何もできない。」ジュスティーヌ官長の声は静かだった。「あなたの名前を言いなさい。」
「O。」
「違う。本当の名前よ。彼らはあなたを支配するために名前を奪った。囚人が番号で呼ばれるように。まず、名前を取り戻しなさい。」
「……オデット。」
ジュスティーヌ官長の目が光った。
「よく聞いて、オデット。この城の女たちは皆、避妊も許されず犯され、妊娠し、堕胎を繰り返されてきた。何年も、何年も。」
彼女の声は冷たく、しかし力強かった。
「今こそ、神の裁きが下るときよ。」
「オデット、あなたがネマウを裁くの。二つの命を奪った男に、ふさわしい罰を。」
ネマウは裸でテーブルに縛られ、両手の指は大きく広げられ固定されていた。オデットは迷わず傍らのワイヤーカッターを手にしネマウを見つめた、
ネマウは驚愕の眼差してオデットを見つめたが、彼女は冷たい眼差しで彼の右手親指にワイヤーカッターの刃をあてがった。
そして『ゴトッ』という音とともに、いとも簡単にそれは切断された。
彼の悲鳴が響き、身をよじったが、オデットは無言で次々と指を切り落とした。
彼は彼女が下腹部を見る視線に気づき、叫んだ。「O、頼む、助けてくれ!」
「私の名前はオデット。Oじゃない。」
彼女は血だらけのワイヤーカッターの刃を彼の男根に当てた。ネマウは歯を食いしばりその痛みに耐えたが
万力で睾丸を潰されると絶叫し、気を失った。
ジュスティーヌ官長が近づき、囁いた。
「終わったなら、逃げなさい。この城はもうすぐ焼け落ちる。」
彼女はネマウの拘束を解き、台車に乗せた。
「助けるの?」オデットが問うと、ジュスティーヌ官長は答えた。
「罰を与えたなら、罪は許すのよ。」
「他の三人は?」
「もう息をしていない。」
ジュスティーヌ官長は微笑み、オデットの目を見た。
「あなたは最も寛容で、最も残酷ね。」
オデットはガラス容器を胸に抱き、城を後にした。
二年後。
街角で、薄汚れた物乞いとすれ違った。顔は腫れ、歯は欠け、かつての面影はなかった。
「オデット……。」
その声に、彼女は足を止めた。男は指のない手を差し出し、言った。
「美しいお嬢さん、どうかお恵みを。」
オデットは微笑み、
「何か芸を見せて。」と囁いた。
男は足元の犬の糞を拾い、さも美味そうに食べてみせた。
オデットは後ろ手に1000ローム札を渡し、踵を返した。
その頬を、一筋の涙が滑り落ちた。
(完)




