ep1
分銅坂ましろは、成績優秀で、品行方正で、ついでに顔もいい。
ついでに、というのは失礼かもしれないけれど、少なくとも本人はそれを気にしていないように見えるから、そういう扱いでいいと思う。思っている。思っているだけで、正しいかどうかは分からない。
授業中に教師に当てられれば、必ず正解する。彼女が間違えている姿を今の今まで一度も見たことがない。僕とは脳細胞の並び順からして違うのだろう。テストでは常に満点を取り、提出物の遅れなんて一度も——そう、一度たりとも、物理法則が揺らぐのと同じくらいの非現実感をもって、見たことがない。
昼休みは窓際で一人、弁当を食べている。苛めにあっているとか、孤立しているとかではなく、食事は一人でとりたいらしい。
一度、好奇心という名の不法侵入で、彼女の食事を覗き見たことがある。
彩り鮮やかなフルーツと、角が完璧に直角なパン。それは食事というよりは、現代アートの展示か、あるいは精密機械のメンテナンスパーツのようだった。咀嚼する音すら、一定のリズムを刻んでいる。彼女は空腹だから食べているのではない。
分銅坂ましろという「素体」を維持するために、必要な質量を、必要な分だけ、義務的に補給している。そうとしか思えない、無機質な食事風景だった。
そんな彼女は人気者、というわけではない。
かといって、孤立しているわけでもない。
——ちょうどいい位置にいる。
嫌われないという「正解」を、一ミリの狂いもなく選び続けている。
それが一番難しいことだというのを、僕は知っている。
いや。知っている、というのは違うかもしれない。少なくとも僕には、それができない。だから、そう見えているだけかもしれない。
分銅坂ましろは、正しい。
正しい、ということになっている。少なくとも、この学校という閉鎖環境においては。教師の発言も、生徒の選択も、試験の解答も。彼女の前に並べられた瞬間に、それは一度整理され、分類され、最終的に“唯一の正解”として定義される。
僕こと東雲千景にとって、彼女を観測することは、もはや「人間の営み」を眺めることと同義ではなかった。
間違えない。
一度も。
——そして、たぶん。
これからも、間違えることができない。




