第2話「危険な出会いは興味の始まり」
「宮津堕隼人です、よろしくお願いします!」
深々と頭を下げ、感謝と誠意を伝える。
「お前が春樹のツレか。焼肉屋でバイトしたことはあるか?」
「いえ、バイト経験がないです」
「そうか。まあいい、これから懸命に働けよ。
あと、もしバックレたりしやがったら、殺すからな!」
「は、はい」
白銀に染められた髪にサングラス、そして焼き肉屋には似合わない黒のスーツ。
歳は20代前半で身長は俺よりもでかく、でかい体。決して太っていない。
服の上からでも、密度の高い筋肉が分かる。
「大丈夫っすよ店長!こいつはバックレたりするような奴じゃないんで」
「はん!まあお前のツレだ、とりあえず信じるさ。
とりあえず今日から仕事に入ってもらうぞ。
マニュアルとかはねぇから、春樹に教えてもらいながら学べ。
あと、俺に聞くなよ」
そう言い残して店長は開店準備に行ってしまった。
「あの人、ああ見えていい人だから、安心しろよ。
まあ、怒らせると本気でやべえからそこは気をつけろ」
「りょーかい」
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死ぬかと思った。端的に言って、死ぬかと思った。
焼肉屋『阿呆』はそこまで混む店ではなかった。
普通なら、ここまで疲れるほどの仕事量ではなかったのだろうが、一つ問題があった。
店長だ。鮫島強也、この人は本当に仕事ができなかった。
接客が点でダメらしく、裏で肉の盛り付けを担当しているのだが、
俺たちに肉を渡す際、3度に1度は転ぶ。
転んだ肉をうまいことキャッチして運ばないと、盛り付けからやり直しになってしまう。
この店ではこれが日常らしく、春樹は素早くキャッチして「お前も早く慣れろよ!」なんて言っていた。
怒涛だ。怒涛すぎる1日が終わって、やっと閉店した。
「初日から頑張ったじゃねえか」
タバコに火をつけ、俺の横に座る。
「ありがとうございます。店長は……いつもあんな感じなんですか?」
すごい形相で睨まれた。
「チッ、俺が仕事ができねえのは事実だ。だが、2度というなよ」
「肝に銘じます」
さっきの形相とはうって変わり、ずいぶんと優しい声色だ。
「春樹の奴は帰ったのか?」
「はい、なんか予定ができたとかですぐ帰っちゃいました」
「そうか。隼人、お前がこの街に来て2日だったな?」
「そうですね」
「御神って男とは、会ってないか?」
御神?
「いや、聞いたことのない名前です」
「そうか、春樹のバカが話忘れたみてぇだな。
御神狂也、そいつの名前だ。
もしそいつと遭遇したら、絶対に関わるなよ。あんな奴と関わると、ろくなことがねえ」
「それも、肝に銘じます」
御神狂也、この街に渦巻く悪と闇の根源。
誰よりも関わってはならない人物であることを、俺はまだ知らない。
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バイトを始め、この街でなんとか生活を始めた。
今までの勝手気ままな人生とはうって変わり、自分の人生の責任を自分で背負うというのは、たった数日でも苦労の絶えない日々だった。
カラーマフィアというのもこの数日で何回か見かけたが、やっていることはチンピラ同然。
おそらく末端の構成員か、さらに下のトカゲの尻尾に過ぎないのだろう。
「今日の業務は終わりです!隼人くん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
この女性は、葉山美並さん。
阿呆の従業員の一人で、たった二人で店を回している凄腕従業員の一人だ。
「片づけは私と祐樹の二人でやっておくから、隼人君は帰っていいわよ」
「おいおい美並!何勝手に決めちゃってるんだよぉ⁉
俺だってへとへとで帰りたいんだぜぇ!」
「あんたは慣れっこでしょ!それに、子供を遅くまで働かせるわけにはいきません!」
鼻をクイッと押されて窘められる。
この2人の信頼関係は、きっと恥の壁のように分厚いのだろう。
「ほら!気にせず行っていいわよ隼人君」
「じゃあな!隼人!気をつけて帰れよ!」
「はい。お疲れ様です」
早々退勤。
早いことでもう数日、さっきも話したがこの街の闇とやらはまだ見てない。
いつもいつも、昼も夜も、寝起きも寝る前も、闇とやらが気になっている。
「どこかで……」
なんて考えていると、路地裏でチンピラが女性に絡んでいる。
このまちではよくあることだと知っているが、あの女性……
「おい姉ちゃん、俺らと遊んでこうぜぇ!」
「離してもらえる?」
チンピラの汚い右手が、女性の美しい白い肌に触れている。
俺はそれを、不快に感じた。
「そんなこと言ってねえで、俺らと遊ぼう………ブホッ!!」
反射的この不愉快な男の面に、軽快な一発を食らわせてやる。
「て、てめえ!何してやがる⁉」
周りの男二人がキレている。
当然だろう、俺だって友達が急に殴られれば困惑と怒りの感情をうかべる。
だが、そんなことは関係ない。俺が不快に感じた存在のツレなら、そいつも不快なのだ。だから殴ることにした。
「ゴヘッ!」
「ブヘッ!」
一発ずつ食らわせてみるが、もしかしたら起きあがあってくるかもしれない。
ならもう一発……いや、もう2発ほど蹴りを入れよう。
・・・・・・・・・
「これで動かないか」
ピクピクと痙攣している男たち、不快だ。
「もう一発……」
「もうやめておきなさい、死んじゃうわよ」
死なれるのは……困るな。
「そうですね。怪我はありませんか?」
「ええ。どううもありがとう、助かったわ。
私一人じゃ、殺しちゃってたかも」
こんなに可憐な女性がどうやって殺すというのか、なんて野暮なことはツッコまない。
「お姉さん、よければ連絡先でも交換しませんか?インスタでもいいですけど」
あわよくば。
「やめておきなさい。私と関わって、いいことなんて一つもないわ」
「そうです、か」
残念。人生でこれほどの美女を見つけたのは初めて、テレビの中でも見たことがない。
銀髪の外国人であろうその人の赤い瞳、それに惹かれて柄にもないことをしたが、無駄足か。
去っていく女性の背中を見ていると、路地のさらに奥から足音が聞こえだす。
「なんだ、さっきの奴の仲間か?」
振り返る。刹那、それはこちらに――――――噛みついてくる。
「ぬぁ⁉」
噛まれる、そう思われた瞬間、俺の目の前に赤い瞳を持つ一人と一つ。
一つは、先ほどのの何か、一人は、先ほどの女性。
人の姿をしたそれを、どこからともなく取り出した赤い剣で食い止める。
「がぁああ!!!!」
「なにかしら、あなた?人には見えないけれど」
振り払い距離をとる。それはまた、こちらに―――――いや、女性に向かって異常なスピードで走り出す。また噛みつき攻撃でもするのかと思ったが、今度はどうも違うらしい。
それの指先の爪が、伸びた。
鋭利に伸びた爪先が、月光に照らされてきらりと閃く。
「(あれはやばいな)」
逃げるぞ!そう言いだす前に、彼女は走り出していた。
右手に持つ柄から剣先のすべてが赤い剣、それと爪が、ぶつかる。
まるでSF作品の戦闘シーンでも見るかのような異様な光景。
剣と爪が幾度も当たる、だが女性が優勢。
数十秒の語り合い、一刀がそれの体を深く斬る。
「ギャァアア!!!!!」
それは悲鳴を上げ、退く。追撃を繰り出そうと女性は走ろうとするが、それは逃亡を選んだ。
この風螺の深い闇に、逃げ込んだ。
「怪我はない?」
状況反転
「ええ、あなたのおかげで。それにしても驚きですね、あの人とは慶応しがたい何かと、あなたのその血のように赤い剣。映画でしか見たことのない光景でしたよ」
「あなた、意外と饒舌なのね。こんなものを見たすぐ後に、そんなに冷静でいられるなんて」
「装ってるだけですよ。それを隠すための饒舌です」
「そう………ともかく、今日見たことは忘れなさい。それがあなたのためよ」
「それは難しいですね、あなたみたいな美女を助けて助けられるなんて、こんな運命の出会いがあったんだ、あなたを忘れるなんて俺にはできませんよ」
「口説き文句?」
「そうともとれますね」
「残念、あいにく私はあなたにかまっている時間はないわ」
ずいぶんと冷たい断り方だ。
まあ、俺の話し方も心がこもっていないように感じられたのかもしれない。
「まあでも、あなたには助けられたわけだし――――――――名前くらいは教えてあげる」
絶好・歓喜
「リヴィアーーーーーリヴィア・ルーヘンシュタインよ」
「リヴィア……美しい名前だ」
名を聞いて、彼女という存在が俺の中により深く刻まれる。
「あなたは?」
「え?」
「名前よ、女性に名前を聞いて、自分は名乗らないつもり?」
当然だった。
「隼人――――宮津堕隼人です」
「隼人君、もし次会ったら、その時は・・・・・連絡先の一つくらいは教えてあげる」
少し微笑んだその顔を、俺は生涯忘れないだろう。
美しい顔に見惚れていると、彼女は静かに去っていった。風螺に灯る街灯の光に。
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「なあ春樹、この街では剣振り回してる奴がいるのも、日常なのか?」
昨日のことを振り返る。
正体不明の人間もどき、それと対峙する剣を握った美女。
異常事態、非日常、それがこの街では日常なのかと疑問を持つ。
「剣?そんなわけないだろ。
第一、拳銃を発砲したならまだしも、剣を振り回すなんて今日日聞かないぞ」
「そりゃ・・・・そうだよな」
俺が見たものは夢なのか、だが、俺の記憶には彼女の姿が刻まれている。
俺の心には、彼女の名前が刻まれている。
「気になるなぁ」
「それより!お前に言っとかなきゃいけないことがあったんだ」
「言っておくこと?」
「そ!お前、当分は仕事終わったら早く帰れよ。
どこにもにもよらず、一直線に帰ってこい」
「かまわないけど、なんでだ?」
長い付き合いだが、春樹が俺の行動を制限することは初めてだ。
それに、何かを気にしての助言っぽいし、従いはするが――――
「ちょっと、きな臭くなってきたんだよ」
「きな臭く?」
「まあ、お前は気にしなくてもいいさ」
春樹が何を心配しているのかは分からないが、
昨日の化け物のこともある、気を付けるに越したことはないな。
「わかったよ」
世間話ではない会話を交わし、俺たちは仕事へ向かった。




