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エジプト大反乱の終焉

 紀元前191年、コマンオスはテーベに入城、この地で影響力を持つアメン神官団の帰順の申し出を受ける。

 これにて紀元前207年から始まり、慢性病のように続いていたエジプト大反乱は終息に向かった。

 あくまでも向かっただけである。

 テーベを脱出した反乱指導者アンクマキスは、更なるナイル川上流に逃れ、その地でゲリラ戦を始めた。

 コマンオスは、やれやれと溜息を吐く。

「これは、俺が小アジアでシリア相手にした戦い方と同じではないか」

 自分が選んだ戦法なだけに、どれだけ面倒臭いかは知り尽くしている。

 あの時も3年近く戦い続けた。

 と同時に

「制圧の仕方もよく知っている。

 時間はかかるが、地道に対処するとしようか。

 病気は治りかけが大事だ。

 ここで油断すると、再び悪化する事があるからな」

 と呟いた。

 傍らには、薬師蛇(クスシヘビ)が巻き付いた医神(アスクレピオス)の杖が立てかけてある。

 医者を目指していた若い時に得て、医者を諦めた後も便利だからと、指揮棒として使い続けて来た、くたびれた物だ。

 それを見ながら、コマンオスは再び独り言を漏らす。

「王はエジプト人を、マケドニア人と同じように扱うようになった。

 国はマケドニア風を減らし、エジプト風に変化している。

 多くを占めるエジプト人の不満は、徐々に減って来ている。

 このまま進めば、また大反乱のような事は起こらないだろう。

 入植マケドニア人たちは不満を持っているから、それはいずれどうにかする。

 国の病は何とか治せそうだな」

 医者に成り損ねた男らしい述懐である。

 以前は、医学者らしい観察眼を発揮して指揮をしていたが、エジプト人部隊が戦いに慣れ、全体的に優勢になった今では、その必要も無くなった。

 医学から離れて久しく、医者としての能力を使わなくなったなあ、と少し寂しくも感じる。


 そして、しばらく考えた後に不安を覚えて来た。

万物流転(パンタレイ)……死を賜ったアリストメネス宰相がこだわった哲学だ。

 俺はあの人と語り合った事はない。

 機会が無かったし、お互い避けていたようだ。

 だからよくは分からないが……」

 彼は亡き宰相の政治哲学を自分なりに考える。


 万物流転(パンタレイ)は、自然界は絶えず変化しているという思想である。

 その背後には変わらぬ真理(ロゴス)がある、という所までがセットだ。

 アリストメネスは、変わらぬ真理の部分にプトレマイオス朝を置いていた。

 その事を、彼と語った事がないコマンオスは想像する他ない。

 現実を受け容れる、別の言い方をすれば現実に妥協するアリストメネスの政治だったが、一貫してプトレマイオス朝は守ろうとしていた。

 プトレマイオス朝、それはアレクサンドロス大王の学友であったマケドニア貴族プトレマイオス1世が建てた王朝。

 今、マケドニア人の征服王朝である事をやめ、エジプトの後継王朝に変化している。

 それを万物流転で片づけられるのか?

 領土がどう変わろうと、本質はマケドニア人国家であるから許容出来る、だからこそアリストメネス政権は長続きしたのではないか?

 だとしたら、その本質まで変えてしまったなら?


「いかんなあ。

 部下に任せて、司令部で昼寝しているだけだと、余計な事ばかり考えてしまう。

 俺に哲学はまだ早い。

 もっと老人になれば、より深く分かるようになるから、それまでは止めよう。

 政治的なもの、それは越権行為だ。

 俺が世話になったトレポレモス殿も、スコパス将軍も、軍人が政治に関わって失敗している。

 俺とて政治なんてさせたら、何も出来ないだろう。

 俺は一介の軍人、それで今は十分だ」

 そう思い直し、上ナイルの完全鎮撫の作業を続ける事に切り替えた。




 結果から言って、この大反乱は紀元前186年まで続く。

 191年にテーベが降伏してから、5年も長引いた。

 この地に拠点があり、地の利があり、人も協力的である為、アンクマキスは戦い続ける事が出来た。

 これに対しコマンオスは、かつて戦ったアンティオコス3世に倣う。

 都市を陥落させ、その地をしっかり統治し、焦らず急いでしっかりと勢力範囲を拡大する。

 少数で行動するとゲリラ戦の餌食になる為、行動単位を大きくした。

 それもあって、逃げられてばかりだが、無理はしない。

 陥落させた地に報復などはしない。

 自治を認め、有力者を大事にし、神事を行い、不足した物資を分け与える。

 そうして彼等をプトレマイオス朝の下に戻す。

 徐々に拠点を奪って、帰る場所を無くすれば良いのだ。


 プトレマイオス5世も動いている。

 コマンオスに倣って、下エジプトにいまだ残る反乱軍派の都市や村落を一個一個制圧していく。

 特にナイル・デルタで反乱軍に与した都市は、中々厄介であった。

 そこのエジプト人兵士は、かつてのラフィアの戦いでマケドニア式重装歩兵として戦った経験を持つ者だったりする。

 古代エジプトへの回帰等信じてはいないが、それを信じ、古典的な戦装束で蜂起した上ナイルの狂信者たちより、余程強い。

 だが、彼等とは交渉の余地がある。

「ギリシャ人を追い出し、ファラオの世を再び」なんてスローガンよりも、ただ単に自分たちの立場を強くするのが目的だからだ。

 彼等は上ナイルの住民と違い、多少なりともヘレニズム社会の経済交流の恩恵を受けていた。

 だからこそ、マケドニア人やギリシャ人、ペルシャ人が富と権力を持ち、自分たちの分け前が少ない事に反発している。

 時代が逆行する事は無いと分かっていて、ヘレニズム社会における自分たちの立場強化を求めているのだ。

 それを理解して来たプトレマイオス5世は、時には軍事力を使って自分たちの強さを誇示するが、基本は相手の要求を聞き、それを出来る範囲で飲んで相手を納得させて帰順させる。

 王には、失われた海外領を奪い返したい野心がある。

 だから、エジプト人民を損ねる事は避けたいし、軍役経験がある者ならば、なおさら自軍に呼び戻したい。

 こうして上ナイル地方と並行して、下エジプトの反乱勢力も減らされていった。




「もう本当に後が無い……」

 アンクマキスは、クシュ王国との国境の地、シエネ(現在のアスワン)に追い込まれていた。

 兵力はそれなりに残っている。

 クシュ王国のアディカラマニ王は、援軍を出すタイミングを掴み損ねた事を後悔していた。

 ゆえに、追い詰められたアンクマキスへの協力は惜しまず、傭兵という形で自国の騎兵を提供している。

挿絵(By みてみん)

 更に出し惜しみしていた戦象部隊も派遣した。

 もはやクシュ王国からの増援の方が、アンクマキスの手勢より多くなっている。

 こうして国境付近で抵抗を続けているが、最早戦争目的を見失っていた。

 エジプト人が望む自分たちの権利拡大、そして「エジプト」という社会の復活、それらはプトレマイオス朝の変化という形で、復古ではなく新しい形で実現していってる。

 更にアンクマキスをファラオにしたアメン神官も、信仰の誇りが成された事で「目的は達した」と言っている。

 アンクマキスが戦う理由は無くなった。

 それでも彼は、振り上げた拳を下ろす事が出来なくなっている。

 強要されたとはいえ「ファラオ」を名乗り、反乱の最高指導者となった以上、彼が許される事はないだろう。

 自分を守る為には、戦い続けなければならない。

 そうして抵抗の為だけの抵抗、戦いの為の戦いを続けていた。

 そんな追い詰められた軍ゆえ、何度もプトレマイオス朝軍を撃退する。

 そしてついに、今まで部下任せにしていたコマンオスが前線に出て来てしまった。


「ダメだ、勝てん、奴は強過ぎる……」

 コマンオスが指揮するプトレマイオス朝軍は、戦い方が堅実で隙がない。

 切り札の戦象部隊は、その突出路に隙間を開けられ、素通りさせられる。

 コマンオスは師匠から、ザマの戦いではそうやって戦象部隊を攻略されたと学んでいた。

 最後の戦術的な切り札も通用しない。


 そうなると、次は戦闘以外の方法でどうにかする。

 このエジプト人にとっても暑いシエネの気候を生かして持久戦に入る。

 しかしコマンオスは大軍の利を生かし、交代で戦わせてしっかり兵士を休ませていた。

 後方の都市コム・オンボをしっかり抑え、ここに食糧や医薬品を蓄えている。

 アンクマキスは、ヌビア騎兵を使って焦土作戦も行った。

 食糧を焼き払ってしまう戦法だ。

 しかしこれは無効だったばかりか、この地の民も敵に回してしまう。

 元々、生産力は下エジプトの方が高い。

 ナイル川を使って、下エジプトで取れた穀物を輸送している。

 コマンオスは、それを焼け出された周辺の庶民にも分け与える。

 民はギリシャ人のファラオの寛大さを讃え、ヌビア騎兵、引いてはアンクマキスを悪しざまに罵った。

 こうしてアンクマキスは、現地民の協力も得られなくなっていた。

 シエネですら、アンクマキスは孤立していく。


「もうここまでだな」

 アディカラマニ王は、何度目かの博打的な戦闘にアンクマキス軍が敗れたという報告を聞き、プトレマイオス朝との講和に乗り出した。

 クシュ王国にとって、エジプトから輸出される食糧は重要である。

 一時は反乱軍が、アレキサンドリア周辺以外の全土を制圧していたから、十分な穀物を得ていたが、プトレマイオス朝が盛り返してからは事情が変わった。

 なんとかクシュ王国にとって有利なアンクマキス政権をと望んだが、残念ながらどうやら見切り時が来たようだ。


 アディカラマニ王はコマンオスに使者を送り、ヌビア人騎兵を引き揚げ、占領地を返還する事を条件に、不可侵条約を申し込む。

 コマンオスは、クシュ王国まで戦線を拡大する意思は無かった為、この申し出を受けた。

 アディカラマニ王はコマンオスとの和平と同時に、アンクマキスにも義理立てして、クシュ王国は手を引くから君たちは降伏されよ、と彼らに勧めた。

 アンクマキスは、先の戦闘で息子を戦死させてしまい、落ち込んでいる。

 ここにクシュ王国の離反という報告が入り、ついに心が折れた。

「これ以上戦えない。

 将軍に降伏します。

 可能なら、王の寛恕を……」

 紀元前186年、アンクマキスはコマンオスに対し降伏する。

 ここにエジプト大反乱は完全に終焉したのである。




 最後にアンクマキスのその後を解説しよう。

 アレキサンドリアに連行された彼は、反乱指導者として投獄された。

 彼は処刑されると発表される。

 しかし、彼を利用したアメン神官団やクシュ王国からの助命の申し出があった。

 それを踏まえ、下エジプトでプトレマイオス5世が全ての戦いに勝利を収めた事を記念した恩赦がなされた。

 アンクマキスは救出された……ようだ。

 詳しい事、そしてその後の消息は分からない。

 彼に恩赦を適用したか否かも、アンクマキスやコマンオスの戦争の詳細も、記録には残らなかったのである。

 それらはほとんどが、歴史の中に消えていったのだった。

次話で最終回です。

19時にアップします。

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