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テーベの攻防戦

 コマンオスが、時間こそ掛けたものの、大した被害を出さずにスユートを落とした事に、アンクマキスとクシュ王は慌てる。

 アンクマキスには、コマンオスという将軍が恐ろしく映っている。

 戦って勝てない事くらい、百も承知だ。

 元々古代そのもののエジプト兵と、アレクサンドロス大王が世界征服を目指して作り上げたマケドニア式重装歩兵では、戦闘力に差が有り過ぎる。

 しかし、それでもアンクマキス、ひいては先代指導者のホルウェンネフェルが反乱に踏み切ったのは、いくら戦争で負けようとも、少数の征服者であるギリシャ人は、絶え間ないエジプト人民の蜂起に対応出来ず、いずれアレキサンドリア周辺に押し込まれるだろうという計算が有ったからだ。

 実際、一時テーベを落とされたりしたが、ギリシャ人たちは維持する事が出来ず、撤退していった。

 更に各地の蜂起や暴動に対処出来ず、首都に籠り切りになっていた。

 アレキサンドリア周辺以外は、ほぼ全土が反乱軍の勢力圏となり、エジプトの復興は叶うものと見られた。


 コマンオスがただの将軍ならば、いくら彼が強くても、やり過ごせば良いだけ。

 自然災害のようなもので、去った後にまた国を作れば良い。

 だが、どうやらコマンオスはただの将軍ではないようだ。

 エジプト人の犠牲も最小限に抑え、人民を蜂起させないよう恨みを残さない。

 戦って、勝って、捕虜を殺すような「ありきたり」な事はしない。

 降伏した兵に「帰っても良い、また武器を持って立ち向かっても良い」と言い放つ。

 そこには

「何度来ても、お前たちは勝てない」

 という自信が見られる。

 それに圧倒され、降伏した後は彼に従うエジプト人も増えている。

 これは軍事的に強力な将軍などより、遥かに恐ろしい存在だ。


 一方、クシュ王アディカラマニも悔しがっている。

 彼は、プトレマイオス朝軍と反乱軍が共倒れになる瞬間を狙っていた。

 そうすれば労少なくギリシャ人どもに勝てる。

 しかし、ダラダラと続いた戦いで、両軍とも弛緩しているが、疲労はしていなかった。

 介入のタイミングを計りかねた。

 そうしている内に、反乱軍は雪崩を打ってコマンオスに降伏する。

 完全に援軍を送る機会を逃してしまった。


「わしの意思すら見抜いて、あのような戦い方をしたのか?

 これは容易ならざる敵だ」

 アディカラマニは恐れたが、これは結果から逆算した過大評価というものである。

 コマンオスは、ヌビア騎兵が反乱軍に加わる事は計算していたが、クシュ王自らが両陣営の疲弊を狙っていた等とは予想していない。

 そんな情報が無い以上、冷静で合理的な彼でも、予測など出来ないのだ。




「もう後が無い。

 テーベ前面でギリシャ人を迎え撃つ。

 総力戦だ!

 ここで決戦だ!」

 アンクマキスは兵たちを煽った。

 コマンオスの、歴史に名が残るような大勝利をしない戦い方、勝ちやすきに勝つ、時には戦わずに勝つやり方は、敵兵に恐怖を与えないという欠点もあった。

 例えば「ハンニバル」という名を聞けば、ローマ人は恐れ慄く。

 後世でも、行儀が悪い子供を注意する時は

「そんな事をしていると、ハンニバルが来ますよ」

 と言っていた。

 洋の東西、戦争かどうかを問わず、そのような恐怖を与える人間は存在する。

 そういう「敵を委縮させる程の恐怖」は、コマンオスには無い。

 だからテーベを守る反乱軍は、決戦という言葉に勇んで戦陣に参加する。


 野戦に出て来た敵将の心情を慮り、コマンオスは同情した。

 打つ手打つ手を全て潰され、この手に賭けた。

 士気を維持する為にも、決戦だと発破をかける。

 ただ黙って籠城したのでは、櫛の歯が欠けるように、どんどん脱落者を出すだけだ。

 勝ち目が無いと分かっていても、戦いを選ばざるを得ない。


 同情はするが、コマンオスは容赦はしない。

 兵士には多数の瓦礫を運ばせる。

 枯れ木と油も準備していた。

「戦いは、始める前こそが重要である」

 コマンオスはそう言いながら、戦闘に挑む。




 テーベの城外において、アンクマキスが攻撃を仕掛けて来た。

「ギリシャ人をエジプトから追い出せ!

 敵兵をナイルに沈めてしまえ!」

 煽情的な叫びを合図に、エジプト歩兵が矢の雨を降らせる。

(ペルテ)を頭上に構え!

 密集し、戦友の頭も守れ!

 耐久陣形!」

 コマンオスが指令を出す。

 少なからず被害は出るが、プトレマイオス朝軍は矢の斉射に耐えた。


「今だ、押し出せ!」

 アンクマキスは左右両翼のヌビア騎兵と、歩兵の前面に布陣した戦車隊に突撃を命じた。

 戦車といっても、最早ただの馬車に弓兵と槍兵を乗せただけのものもある。

 ファラオの埋葬品だったものや、神殿の飾りだったものまで引っ張り出した。

 使えるものなら、何でも使わねばなるまい。

 歩兵戦闘だけではプトレマイオス朝側に分があるから、騎兵と戦車を活用せねばなるまい。

 幸い、戦車の上位互換である戦象部隊はいないようだ。


「戦車の前に瓦礫を投擲!

 御者や馬に当てても構わない。

 軽歩兵は敵騎兵に対し投擲。

 また、油を染み込ませた木の束を投げつけ、それに火矢を放て」

 コマンオスは、荒れ地では走力を失う戦車の弱点を衝いた。

 古代の熟練の戦車兵であれば、高速疾走しながら、荒れ地も踏破したであろう。

 しかし、戦車が戦場の主力で無くなって久しい。

 不慣れな御者や急ごしらえの戦車では、瓦礫で車輪を壊してしまうだろう。


 ヌビア騎兵は、地の利もあって猛威を振るえる。

 こちらの騎兵は、敵よりも数が少ない。

 そこで、馬が嫌がるような事をしよう。

 本来なら、騎兵が通る可能性が高い道筋に、瓦礫や尖らせた木の枝を埋めた穴を仕掛けるものだが、今は急ごしらえの障害や、火でもって足止めしよう。

 騎乗の達人であるヌビア騎兵相手に、それで撃破は見込めない。

 だが倒せなくても良い、時間を稼げたらそれで良いのだ。

 嫌がらせ的な戦い方は、コマンオスの得意とする戦法である。


 そして反乱軍の突撃兵種の足が止まる。


「全軍、前進!」

 重装歩兵の密集隊形(ファランクス)が動き出した。

 こうなっては、エジプト歩兵の弓矢でも止まらない。

 エジプト歩兵も槍や鎌状刀(ハルペ)で白兵戦に切り替える。

 しかし、7メートルにも達する両手持ちの長槍(サリッサ)の槍衾の前に、近づく事すら出来ない。

 反乱軍歩兵部隊は手も足も出ずに、蹂躙されていく。


 そんな中央軍の様子を見て、ヌビア騎兵は逃げ出した。

 元々援軍であり、他国の為に死ぬ気はない。

 それも見越しての、コマンオスの嫌がらせ攻撃であった。

 戦闘に参加出来ないまま、本隊が崩れたら、彼等は生死を共にする事は無いと見抜いていた。


「撤退!

 城壁を盾に戦う。

 全軍、神殿や市街の門等に籠れ!」

 アンクマキスは声を涸らしながら、敗兵を纏め上げた。

 半数以上が烏合の衆となり、命令を聞かずに方々に逃げていく。

 それでも、戦闘継続可能な兵をしっかり統率している辺り、地方軍閥の長、反乱軍の指導者、ファラオを名乗るだけの実力がアンクマキスにはあった。


挿絵(By みてみん)

「将軍、テーベは本格的な城壁を備えた神殿や城門を持つ街。

 攻城兵器が無い我々では、攻略困難です。

 造ろうにも、この地に木材は乏しく、資材に事欠きます」

 これは彼を補佐するマケドニア人士官の言である。

 コマンオスは、分かり切った事を言うな、という表情である。

「既に手は打ってある。

 全軍、神殿を包囲する形で停止。

 決して攻めてはならん」


 もうこの頃には、コマンオスの命令で軍は乱れる事なく動く。

 指揮官の命令通り、全軍戦闘を停止し、包囲陣を敷いた。




 籠城から、僅か3日後の事である。

 アンクマキスは、アメン神官団から呼ばれた。

「我々は、アレキサンドリアのファラオ・プトレマイオス陛下に降伏する。

 流石にそなたを敵に引き渡すのは忍びない。

 今の内にテーベを出て、どこかへ退去されよ」


 野戦で敗戦の後、敵軍は追撃をして来なかった。

 アンクマキスたちは門を閉じ、籠城を始めた。

 だがこの時、神殿に逃げ込む兵士の中に、密使が入り込んでいたのである。

 敵も味方も同じエジプト人、軍装を変えれば見分けなどつかない。

 そうして潜り込んだ密使は、神官団にプトレマイオス5世からの密書を手渡していたのだ。


「戦いは始める前こそ大事」

 コマンオスは常々そう言っている。

 彼はテーベへの道が開けた時点で、王に頼んで神官団を懐柔する書状を認めて貰っていたのだ。

 こうしてテーベは、神官の寝返りという思わぬ形で陥落する事になる。


 アンクマキスは余りの事に、目の前が真っ暗になったように感じた。

 自分を指導者に祭り上げておいて、この裏切り。

 そんな衝撃と怒りと悔しさに歪むアンクマキスに対し、神官の一人が話しかけた。


「アレキサンドリアの王から書状が来ておった。

 アメン神の信仰を認める、神殿の破壊もしない、身分も保証する、とな。

 我々の戦争目的は果たされたのじゃ。

 アメン信仰がまた国の教えとなるなら、何も古きエジプトを復活させるまでもない。

 我々は新しいファラオと共に生きるまでの事よ」

「そなたには悪い事をしたと、思ってはおる。

 しかし、一番大事なのはアメン信仰と神官たる我々を守る事じゃ。

 そなたはその為に、よくやってくれた」

「正直なところ、今更古きファラオの世、トトメス王やラムセス王の世に戻るなどと、思ってはいなかったのじゃ」

「じゃから、神殿を守る事こそ重要。

 降らねば、神殿を破壊すると脅されてもいてなあ」

「そなたも共に降るというなら、我等が口を利いてやろうぞ」

「誰がそんな事を頼むか!」

 神官たちの言葉に激昂したアンクマキスは、だが神官たちに当たる事は出来ず、自分の軍を率いて落ちのびていった。


 残された兵たちは、崇拝されている神官の命令により、次々と武器を捨てて投降した。

 神官たちから布告が発せられ、彼等とプトレマイオス朝との契約によって「悪いようにはしない」代わりに、抵抗を止めるよう呼びかけがされた。

 テーベ周辺の地域での反乱は、これにて停止される。

 こうして反乱軍最大の拠点テーベ地方は陥落、大反乱は収束に向かい最終局面を迎える。

おまけ:

この名を聞けば皆恐怖する。

イタリア:「悪いことをする子の所には、ハンニバルが来ますよ!」

中国江南:「いつまでも泣いていると、張遼が来ますよ!」

トロント:「ヤマモトが投球練習をしているぞ!」

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― 新着の感想 ―
ヤマ○トはハンニバルや張梁などの他の厄災と同格だったのかw
「おまけ」のオチで思わず吹き出しました。
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