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戦いをどう終わらせるか

 3年前、紀元前195年アンティオキアにて。

 亡命将軍ハンニバル・バルカは、弟子である降将コマンオスに講義をしていた。

 内容は、如何に彼がローマを倒せなかったか。


「俺はローマを何度も打ち破った。

 だが、戦闘で勝つだけで、あの糞ったれの大国を滅ぼせる等と、俺は考えていなかった。

 俺は、ローマの同盟都市を離反させようと考えていた。

 あの国は、戦争に勝つ事で屈服させた都市を、同盟都市として領土を拡げて来た。

 だからローマが戦闘に負け続けると、その威信も揺らぎ、離反する都市が多発すると考えたのよ」

「妥当な考えです。

 しかし、実際にはそうならなかった、と」

 弟子の言に、ハンニバルは頷く。

「カプア市とシラクサ市は、ローマから離反した。

 しかし、それだけであった。

 奴等の統治は実に巧妙で、ローマが負け続けても俺に靡かなかった。

 そうしている内に、今度はローマの奴等がこちらを切り崩して来た。

 俺の本拠地ヒスパニアが落とされ、同盟国ヌミディアがローマの同盟国となった。

 俺の弟どもは、俺の留守を守れなかっただけでなく、簡単にローマに領土を奪われてしまったのよ。

 分かるな?」

「はい、戦闘で勝っても、決して屈しない相手がいる。

 そして、自分の足元が覚束ないなら、簡単に敵に覆されてしまう」

「うむ、実に腹立たしい答えだが、正解だ。

 お前さんが腹立たしいのではないぞ。

 事実が実に不愉快なのだ」

 しばらく弟の名前を出して不甲斐無さを詰ったり、カルタゴ本国のやる気の無さに文句を言っていたが、我に帰るとコマンオスに師匠として語る。

「戦争は終わらせ方を誤ったり、終わらせる時期を見誤ったりすると、自分たちを滅びに向かわせてしまう。

 勝つなら勝つで、負けるなら負けるで、正しく終わらせる事こそ肝心だ。

 まあ、勝って終わらせるのが最善、将軍たるものをそれを目指すものぞ」




 スユートを奪還したコマンオスは、この地を上エジプト侵攻への拠点にしていた。

 武器・食糧・医薬品の備蓄基地を作り、また兵士の休息地も拵えていく。

 現地人を行政官とし、決して暴政を行わない。

 軍は郊外に駐屯させ、都市にはリフレッシュ目的以外では立ち入らせなかった。

 軍は次の侵攻の為の準備で、一旦小休止状態となる。


 しかし、軍の小休止は司令官の休息とイコールではない。

 コマンオスは上ナイル地方をどう取り戻すかの情報を集めていた。

 勝って制圧しても、敵と、その支持者である民は息を潜めて次の反乱の機会を待つ。

 そうした潜伏する敵を虱潰し探して殺す事が手っ取り早いが、彼はその方法を選ばない。

 それでは大反乱を起こした国の病を残す事になるのだから。

 治療するなら、根治させたいものである。


 アレクサンドロス大王や、その父のフィリッポス2世のマケドニア王国には、優秀な情報部隊が存在していた。

 戦術偵察としては、プロドロモイという公式偵察部隊があった。

 フィリッポス2世は、アテナイ等に政治工作員を送り込み、政治家に賄賂を贈ったりして情報を得たり、自分の望む政治をするよう指示する、煽動するといった活動をさせていた。

 また軍内部に味方を監視する人員もいて、兵士が故郷に送る手紙を検閲し、不満を抱く兵士を特定、隔離もしていた。

 アレクサンドロス大王の偉業は、決して綺麗事だけでなく、暗部も有っての物だったのだ。

 そんな情報部隊の中には、潜入工作員、密偵というものもある。

 この時期既に「スパイは捕虜として保護される事なく、拷問の末、処刑される」という記録があった。

 こうしたスパイは、アレクサンドロス大王の死後も後継者(ディアドコイ)諸国でも引き続き用いられ、情報を送ったり、密かに殺されたりと、歴史の闇の中で蠢いていたのだ。


 コマンオスは上エジプトの手前に来て、本格的な敵中潜伏諜報を行う。

 これは事前に用意していた者ではない。

 敵を殺さず、ダラダラ続けた挙句に降伏させた、元反乱軍兵士を利用した。

 元々反乱軍に参加していた者ゆえ、怪しまれる事もなく潜入出来る。

 それに、彼等には危険な諜報活動はさせない。

 世間話や噂も含めて、反乱軍幹部に関する入手可能な範囲の情報を送らせるだけだ。


 現在、反乱軍の指導者はファラオ・アンクウェネフェルという事は知られていた。

 別の名をホルウェンネフェルとも言うが、その者は既に討ち取ったとも言われている。

 一方でアンクマキスという名前も聞いた事がある。

 一体どうなっているのか?

 この反乱をどう終わらせるのかを考える上で、敵指導部の詳細情報が無ければ話にならない。

 こうして、元反乱参加者を仕立て上げた諜報員の他に、マケドニア軍由来の優秀な情報員も使って、反乱軍幹部を丸裸にしていく。




 明けて紀元前191年、恒星シリウスが姿を現し出した頃、コマンオスの姿はスユートに無かった。

 一旦収集した情報を持って、王都アレキサンドリアに戻り、プトレマイオス5世と話し合っていたのだ。


「ホルウェンネフェルという指導者は、確実に死んでいます。

 その養子のアンクウェネフェルですが、彼とアンクマキスは同一人物です。

 アンクマキスは、この地がペルシャ帝国に支配されていた時期から、独自の勢力を維持して来た群雄の一人で、ヌビア人の血筋だそうです」

 コマンオスが精査した情報を語る。

 プトレマイオス5世は、ヌビアという名前を聞いて表情を曇らせた。

 その民族は、クシュ王国という国家を持っていて、彼の曾祖父プトレマイオス2世の時に戦っている。

 その時奪った領土に対し、大反乱勃発と共に侵攻し、再占領していた。

 そのクシュ王国が、大反乱の首魁と手を組んでいる事までは予想している。

 しかし今の話だと、クシュ王国は共犯者ではなく、むしろ首謀者としてアンクマキスを動かしているのではないのか?


「いえ、そうではないです。

 アンクマキスをファラオに仕立てたのは、古都テーベのアメン神官。

 アンクマキスは援軍が欲しくて、度々テーベを抜けてクシュ王国に赴いています。

 その時、反乱軍に乱れが起きないのは、神官が引き締めているからでした」

「そうか、アメン神官どもか……」

 苦々しい表情の国王。

 こちらには、既にメンフィスの神官団が味方に着いている。

 いっそ、テーベの神官など根絶やしにしてしまおうか。

 そう考えはしたが、プトレマイオス5世はすぐに考えを改める。

 お互い対立していても、メンフィスの神官たちですら、テーベの弱体化は望んでいても、彼等の死までは望んでいない。

 また、エジプトに定着しているアメン信仰の抹殺までは見込めないし、それをすれば再度反乱が起こるだろう。

 王はしばし考える。

 そして

「将軍、そのアメン神官の方から切り崩せぬか?」

 と問うた。

「自分もそれを考えていました。

 神官から切り離されたアンクマキスは、戦う意義を失います。

 しかし、陛下はその者たちの要望を呑めますか?」

「アメン信仰を認めよ、神殿を保護せよ、過去の王朝のように彼等を敬え、というのだろう?」

「御意」

「最後のもの以外は、要求を呑もう。

 アメン信仰は認める」

「よろしいのですか?

 陛下にはメンフィスの神官団が味方しています。

 確かに同じエジプトの神を崇める神官が処刑される事は望まないでしょう。

 しかし、彼等を許せば、陛下に味方し続けた意味が無いと、彼等こそが次の不満を持ちましょう」

「信仰は認める、神殿も保護する、しかし我が王国の祭祀を司るのはメンフィスの神官とする。

 アメン神官は、その存続を許すだけだ。

 潰すとかえって厄介だ。

 だが、国政に参加するのはメンフィスの神官たちだ」


 要するに、処罰ではなく、優遇でもって報いるのだ。

 王の政治判断に、コマンオスは素直に頭を下げる。

 この数年で、王は急速に成長している。

 実に頼もしい。


 コマンオスは更に話を詰めた。

「ヌビア人……クシュ王国についてはどうしますか?」

「勝てるか?」

「勝てます」

「勝って、その地を征服出来るか?」

「情報不足で判断出来ません。

 ただ、そんな南を攻めて戦争を長引かせるのは、止めた方が良いかと思います」

「余も同感だ。

 一刻も早く国を立て直さないとな……」

 プトレマイオス5世には、失地であるコイレ・シリア地方回復の野望がある。

 それに比べれば、南のクシュ王国は捨て置いても問題ない。

「よし、将軍。

 もしクシュ王国が屈服せず、反乱に加担し続けるなら、これを滅ぼせ。

 しかし、手を引くならば、和平を成せ。

 どちらにするか、判断は将軍に任せる」

「はい」

 コマンオスは内心、安堵の溜息を吐く。

 これも彼の思いと同じだった。

 エジプトを攻め続けるような愚かな王であれば、滅ぼさないと後顧に憂いを残す。

 しかし、きっとそんな愚かな王ではあるまい。

 彼の国もアメン信仰の国だという。

 アメン神官を許したプトレマイオス朝なら、彼らとも折り合えるだろう。

 適当な時期に不可侵条約を結んで、交易相手として残そう。

 最終的な判断こそ委ねられたが、それは王の政治判断に則っての事だ。

 自分の独断専行とならず、ほっとした。




 戦いは終わらせる事こそ大事である。

 プトレマイオス5世は、アメン信仰を認める、クシュ王国とは和平、という決定をした。

 これなら残るは指導者アンクマキスとの対決だけとなる。

 ここは勝敗をもって決めねばなるまい。

 終わりのグランドラインが見えた事で、コマンオスは安心してスユートの前線に戻っていった。

 そして士気が戻り、物資も充足した軍に向けて告げる。

「出陣。

 目的地は古都テーベ。

 反乱に決着をつける!」

おまけ:

プトレマイオス朝では、メンフィスの神官を大事にし、それにギリシャの神を合わせて新しい神を合成しました。

その名はセラピス神。

冥界の神オシリスと、メンフィスの聖牛アピスを合体させた「ウシル=アピ」に、最高神ゼウス、冥界の王ハデス、豊穣の神ディオニュソス、医術神アスクレピオスなどの属性を足し合わせた習合神です。

この神を祭る神殿で眠りつく事が、「神託を得るための儀式(エイコイメーシス)」だそうです。

エイコイメーシス(ἐγκοίμησις)はラテン語にするとインキュベーションです。

つまり、セラピス神は夢託を授けるインキュゥべえター???


そういやあのアニメ、先代魔法少女の中にクレオパトラ7世っぽいエジプトの少女いたよな……。

まさか「救済の神」こと「一にして多数」の集合神セラピスって、「全体を延命させる為なら、個の犠牲なんて些細なこと、それに拘るなんて意味が分からないよ」ってやり方で救済をしてないよな?

(プトレマイオス朝の歴史を見ると、ヘレニズム諸国の中では最も長生きした国ではあるが、歴代王はろくな目に遭っていないというか……)

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