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スユート戦線の実態

「久しいな、アンクマキス」

 エジプトの南、クシュ王国。

 この国を構成するヌビア人の王アディカラマニは、同じルーツを持つエジプトの反乱指導者を謁見していた。

 クシュ王国にも、反乱軍の苦戦は伝わっている。


挿絵(By みてみん)

 クシュ王国は、古代エジプトとの関係が深い。

 エジプトの黄金はこの地よりもたらされた。

 エジプトは代わりに食糧を輸出する。

 両国は交易によって栄えた。

 この関係は、第18王朝トトメス1世によって終わった。

 ファラオはクシュに遠征し、この地を植民地とする。

 クシュからは大量の資源が持ち出された。

 代わりにエジプトの文化がもたらされる。

 クシュは次第にエジプトのように変わっていく。

 エジプト第1王朝の頃から既に、クシュには王国が存在していたが、国家としての体裁を整えたのはエジプト植民地時代になる。

 ところが第三中間期と呼ばれるエジプトの分裂時代に突入すると、関係は逆転した。

 ナイル川下流域・下エジプトはリビア人が侵入し、複数の軍閥政権に分裂する。

 一方、テーベを中心とした上エジプトは、神官団が国を持つアメン大司祭国として自立した。

 この混乱期に独立を回復したクシュ王国は、逆にエジプトに侵攻。

 ヌビア人は、エジプト植民地時代にアメン信仰を移植され、敬虔なアメン神信徒となっていた為、アメン大司祭国とは相性が良かった。

 こうしてヌビア人の王ピイ(ピアンキとも呼ばれる)が、下エジプト諸国を倒して再統一を果たした。

 クシュ王国がエジプトに近い国に変わっていただけに、そこから来た王もエジプトを上手く統治出来る。

 こうして「黒人王(ブラックファラオ)」が統治する第25王朝と呼ばれる政権が生まれ、アッシリア帝国がメソポタミアから侵攻して来るまで、5代91年あまり続いた。


 クシュ王国の首都メロエには、エジプトのものとよく似たピラミッドが建てられている。

 エジプトに敬意を持つクシュ王国だが、それでもやはり独立国である。

 今回のエジプト大反乱に際し、先代の王アルカマニはナイル川上流のドデカスコイノスをプトレマイオス朝から奪っていた。

 まあ、プトレマイオス2世の時に、クシュ王国からこの地を奪ったものであるから、ヌビア人にしたら「取られた土地を奪い返した」だけの話だが。


 そんな因縁浅からぬクシュ王国に、反乱指導者のアンクマキスが直々に来た理由は一つ、援軍の要請であった。


「クシュ王の精強なヌビア騎兵を頼る他ないのです。

 この苦境、どうか察して下さい。

 そして、助力を乞い願います」

 ヌビア人の血をひくアンクマキスは、クシュ王に対し恭しい態度で接している。

 仮にもファラオを名乗る者がそのような態度を取っていて、クシュ王もまんざらでもない。

 しかし、王たる者は感情で動いてはならない。

「援軍を出したなら、そなたは何を提供する?」

「領土の割譲と、エジプトはクシュに臣従します」

「悪くはない。

 だが、あのギリシャ人と国境を接し、戦わねばならぬのは面倒だ。

 しばし考えさせてくれ」


 これは単にもったいぶっているだけである。

 アディカラマニ王は、エジプトには親近感を持つが、プトレマイオス朝には反感しか持っていない。

 アンクマキスに勝って貰った方が、何かと都合が良い。

 援軍は出す。

 しかし、最も効果がある時期を見定めて出した方が良い。

 テーベの反乱軍と、プトレマイオス朝軍が戦い、両軍が疲弊したタイミングこそ最適だ。

 労少なくプトレマイオス朝軍を倒し、テーベの反乱軍には恩を売れる。

 恩は安売りするものではないのだ。




 この頃、コマンオス率いるプトレマイオス朝軍は、スユート(現在のアシュート)周辺で反乱軍と戦っていた。

 ここは大体、メンフィスとテーベの中間にあたる。

 スユートという都市は中々古くから存在し、第一中間期と呼ばれる戦乱時代には係争地の一つとなった。

 上ナイル地方の入口と言える重要地域であり、テーベへの侵攻を阻止するには、ここで防衛する他ない。


「エジプトはナイルの賜物」と称されるように、この国はナイル川に沿って発展した。

 従って、ナイル川の両岸の狭い範囲が互いの唯一の侵攻ルート「回廊」となる。

 その外側には、死のサハラ砂漠や通行困難な岩地が広がる。

 砂漠を通過して迂回攻撃などは、ラクダ等を使った騎兵ならともかく、重装歩兵には不可能である。

 まあ、コマンオスはそんな奇策を打とうとは思っていないのだが。


「無理はするな」

 コマンオスは配下のエジプト兵たちに伝える。

 正攻法で戦い、勝てたら追撃も不要。

 敵も味方も人死は出来るだけ避ける。

 ヒューマニズムからではなく、国の再建を考えたら、その計算結果となっただけだ。


 一方のアンクマキスの軍は、戦えば敗れた。

 どんな攻撃も、コマンオスには通じない。

 そこでアンクマキスは

「村落、古城、断崖、あらゆる地形を活用し、そこに城塞を築いて抵抗せよ。

 陥落しそうになったら、他に逃げて、そこで立て直せ。

 ギリシャ人たちは、遠く遠征して来ている。

 ここで粘れば、引き上げざるを得ない」

 そう励まし続ける。

 以前の指示同様、絶対に野戦には打って出ない。

 ただし、以前のように「勝ち目が無いなら逃げろ」とは言えなくなった。

 ここは上ナイル地方の入り口。

 この地を奪われると、テーベ攻撃の足掛かりにされてしまう。

 ここで食い止めたい所だ。

 アンクマキスは村人に協力させ、反乱軍は食糧を持って閉じこもり、簡易なものでも城壁を盾に抗戦し続ける。


 コマンオスはそれに対し、時間を掛けて帰順させる道を選ぶ。

 戦術的に考えれば、ここで足止めを食らうなら、ナイル川を船で遡上して一気にテーベを目指した方が良いだろう。

 後方を放置し、敵本拠地を電撃的に襲えば勝てる、そういう選択肢もあるのは確かだ。

 だが、コマンオスは焦らない。

 各村落への攻撃に失敗しても良いと言い、強攻は許さなかった。


「時間がかかり過ぎます」

 苦情を言う部隊長もいる。

 しかし、コマンオスは苦笑し

「同じエジプト人に対し、随分と好戦的じゃないか」

 と彼を宥めた。

「敵とはいえ、君たちの同胞なのだから、殺さないように気をつけて欲しい。

 特に村民は、我々を侵略者とみて、テーベの衆に協力している。

 力で攻めたら、逆効果。

 かえってテーベ軍に味方する者が増えるだろう」

 と、逸るエジプト人の部下を落ち着かせた。


 コマンオスは無策に部下を戦わせていたのではない。

 ダラダラと戦っている内に、兵士たち同士は馴れ合うようになっていた。

「お前の所の隊長、どうだよ?」

「ありゃダメだよ。

 俺たちに戦わせて、自分は女と共に奥で寝てやがる。

 お前の所はどうよ?」

「うちの司令官は医者だったようで、負傷者が出たら、なんか自分で治療してるよ。

 やる事無くて暇なんだろうけど。

 その治療はともかく、怪我人に気休め一つ言わないから、有難いけど皆文句言ってるよ」

「変わった将軍だな」

「まったくだ。

 あ、交代の時間みたいだ。

 じゃあまたな」

 対峙しながら、こんな会話をしている。

 最早戦い等ではない。

 反乱軍兵士は、プトレマイオス朝の兵士から外れるように矢を放ち、プトレマイオス朝の重装歩兵は城壁や門に対して威嚇するだけとなった。

 そして夜間は、共にビールを飲んだりする。

挿絵(By みてみん)


「そろそろ、だな……」

 敢えて兵士たちの好きにさせていたコマンオスが動く。

 まずは弛緩した自軍を引き締める。

 次いでプトレマイオス5世やメンフィスの神官に依頼し、エジプトの神像を戦場に持って来て貰う。

 そして神像を前面に立てて、同じエジプト人に叫ばせた。

「アレキサンドリアのファラオはお前たちを処罰しない。

 よくやったと褒めている。

 降伏してこの地を明け渡せ。

 その後、テーベに逃げても構わない。

 我々のファラオに仕えるのも良い。

 絶対に殺したり奴隷に落とさないと約束する。

 これは神の前での発言であり、違えた場合は我々が神罰を受けるだろう」


 長々とした戦いに嫌気が差していた反乱軍兵士や、村落の民は、

「本当だろうな?

 もし騙したら、お前に報いをくれてやるからな!」

 と言いながら、次々と投降した。


「敵に厭戦気分が漂うまで待っていたのですか?」

 部下が尋ねる。

 コマンオスは頷いた。

「君たちだって、本当は同胞を殺したくないだろう?

 だから、戦わずに済む時まで待っていた。

 別に戦いに飽きるだけが、その機ではないぞ。

 こうして戦い続けていれば、村民は農業が出来ない。

 飽きるでも恐れるでもなく、戦いを止めて村から出ていけ、と思うだろう。

 そんなものさ」

「はあ……」

「それよりも、自分はこの戦線では無策で、何もしていない。

 そうだな?

 そして、反乱軍を倒してこの地を制圧したのは、君たちエジプト人の功績だ。

 広範囲の村落と戦い、あるいは降伏を取り付けたのは、エジプト人の部隊長たちである。

 そうだよな?」

「あ!

 そういう事ですか!」


 野戦ともなれば、司令官コマンオスの名声が高まるだけである。

 しかしコマンオスは、今後の反乱を防ぐ為に戦っている。

 エジプト人が反乱エジプト人を降伏させた、そういう図式が欲しかったのである。

 プトレマイオス5世は

「コマンオス将軍も、下手な芝居をされる」

 と笑いながら、活躍したエジプト兵たちに恩賞を出す。

 降伏した将兵にも寛大に接し、メンフィスの神官を使って、戦場となった土地の農地に、再び豊穣が訪れるよう祈祷させた。

 祭りには、軍から供物を差し出したりもする。


 こうして半年という時間を掛けたものの、スユートを落とし、テーベ侵攻への橋頭保とする。

 パピルスには「激しい戦いの後、王国は反乱軍をこの地より追った」と記載し、敵軍も強かったと広めた。

 だが実態は、小競り合いの連続と、エジプト人同士の馴れ合いで大きな犠牲なく戦いを済ませたものであった。

おまけ:

クシュ王国の実際の歴史は割愛し、結構な創作物の元ネタとなった国ですな。

ヴェルディのオペラ「アイーダ」で、エジプトの敵国エチオピアは、実際にはクシュ王国がモデルだとか。

「ジャングルの王者ターちゃん」にはルシュ王国として古代エジプトを退けた歴史を持ち、その軍神アペデマスは、守護神アペデマクから来ていたり、軍師の名前は首都と同じ「メロエ」だったり。

シヴィライゼーション VIでは、ヌビア王国として登場しています。

歴史の教科書に「メロエのピラミッド」という唐突な「アフリカの歴史」紹介での登場がありますが、こういう国だったんです。

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