誕生!新生エジプト軍
王から軍事における全権を委ねられたコマンオスは、エジプト人を主力部隊に抜擢する。
これに入植マケドニア人で構成された、重装歩兵部隊は反発した。
エジプト人の上に立つ、マケドニア市民。
上に立つからこそ軍役をこなす。
これは古代ギリシャの伝統的な価値観であり、アレクサンドロス大王の父親・フィリッポス2世がマケドニアにもたらしたものである。
軍役をこなすからこそ、政治にも関われる。
その軍役を、被支配民であるエジプト人にも解放しろと言うのか?
コマンオスは、そう異議を申し立てる重装歩兵部隊の隊長たちに、硬軟織り交ぜた返答をする。
まず
「既にラフィアの戦いで、エジプト人を重装歩兵としたではないか」
と事実を突き付ける。
きっとそう来るであろう事を予想していた隊長たちも
「あれは兵力が不足した非常時だからだ」
と反論するも
「それは今と何が違うのか?」
と言われたら、黙るしかない。
コマンオスは、アテナイで医学と共にストア派の哲学にも触れ、更に歴史も学んでいた。
だから、フィリッポス2世の軍事改革を例に出して説得する。
「かつてマケドニアは、貴族による騎兵を軍とする国家であった。
しかし、偉大な大王の父王は、ギリシャに学び、市民による重装歩兵を作り出した。
それが今の君たちに繋がる。
この時、軍役を果たすからこそ尊いと思う貴族たちは、今の君たちのように反発した。
だが、王は自分の意思を貫き通した。
その後どうなったか?
父王が成した軍事改革の上に、偉大なる大王の偉業が作られたのではないか」
一方的に論破しても良かったし、医者見習いや軍医時代の彼だったそうしただろう。
しかし、将軍として成長したコマンオスは、相手の言い分も聞き、相手の面目を立たせる事も覚えている。
彼は微笑みながら
「まあ、君たちは軍事力を持ったエジプト人が、今より更に厄介な反乱を起こさないか心配なのだろう?
それはそうだ。
軍役を果たし、政治の中に入り込んだエジプト人が、外国人である王家を倒そうとするかもしれないものな」
「分かっているなら、何故?」
「うむ、だからこそマケドニア人重装歩兵は、王の親衛隊として仕えて貰いたい」
「王の……親衛隊?
それは貴族から成る重装騎兵と同じという事ですか?」
「残念だが、重装騎兵はシリアの重装騎兵に敗れている。
王の傍には、より精強な軍が必要だと思わないか?」
重装歩兵の隊長たちは、何やら嬉しいような、誇らしいような、戸惑ってもいるような、微妙な表情になっていた。
上手く彼等の自尊心をくすぐった後、冷徹な事実も突き付ける。
「パニウムの戦いで、マケドニア重装歩兵は2万を失った。
残った君たちは実に貴重な戦力である。
だからこそ、軽々にあちこちに動かすわけにはいかない。
だからエジプト人重装歩兵が必要なのだ」
まだ少し納得がいっていない隊長たちに、
「エジプト人部隊が反乱を起こしても、王の傍に君たちがいるなら安心だ。
決してアレキサンドリアは落ちないのだから」
とダメ押しした。
こうして不平分子を「格上げ」する事で満足させ、コマンオスはエジプト人部隊の編制に乗り出す。
「あのギリシャ人ども、困っているようだな」
「荷物運びにしか使って来なかった俺たちを、花形の歩兵にして、軍役終了後には市民として扱うとよ」
「今だけに決まっているさ。
反乱が収まったら、また元の奴隷扱いに戻るだけだろう」
「いや、待てよお前ら。
俺たちは、ギリシャ人の言う事に従って訓練受けようぜ。
そして強くなったら、武器を持って反乱軍に加わればいいんだ」
「それは良い。
きっと歓迎してくれるぞ」
集められたエジプト人たちは、あちこちでそう言った会話をしていた。
長年マケドニア人に支配されて来た彼等の士気は低い。
コマンオスの事も、全く信用していなかった。
そんなエジプト人に対し、コマンオスは演説を行う。
「君たちは、どうせ困った今だけエジプト人を優遇し、事が済んだら元に戻るだろう、そう思っているな?
その通りだ。
君たちは間違っていない」
エジプト人たちはざわつく。
もっと上手く、騙すような事を言われるものだと思っていた。
コマンオスは続ける。
「君たちは、王から権利が与えられるものと思っている。
これが間違いだ。
欲しい権利なら勝ち取れ!」
「それは、上ナイルの連中に合流しろって事ですか?」
誰かがそう反論し、兵士たちも
「そうだそうだ」
「どうなんですか、将軍」
と囃し立てる。
コマンオスは感情を表に出さず
「そうしたかったら、そうするが良い。
止めないぞ。
だが、上ナイルは勝てない。
権利を勝ち取る事は叶わない」
と断言する。
「なんでだ?」
「思い出してみるが良い。
まともに戦った結果、負けたではないか。
シリアに敗れ、海外領土を失った王家の軍だが、それでも連中よりは強いのだぞ」
しーんとなる。
確かに神官王ホルウェンネフェル率いる十万に達する大軍は、わずか6千のアイトリア同盟傭兵団に蹴散らされた。
重装歩兵を率いて遠征したディカイアルコス将軍に、一時的とはいえ首都テーベを落とされている。
戦ったら、反乱軍は勝てないのだ。
暴動を起こし、丸腰のマケドニア人地方官を殺し、プトレマイオス朝支配地域ではサボタージュする、これくらいしか出来ないのは事実である。
「王家はシリアと和平を成し、同盟を結んだ。
もう後背の不安は消えた。
これからは本気で上ナイルは攻められる。
その時、外国人部隊がエジプトを蹂躙するに任せて良いのか?
それでは何も変わらないぞ」
兵士たちはもう、茶化して騒ぐのを止めて、コマンオスの演説に聞き入っている。
「エジプトを一つに戻すのは、エジプト人によって成されなければならない。
そうでなければ、いつまでも外国人が上に居る事になる。
外国人が、エジプト人無くしてこの国を治められない、そう思うようにならないと、君たちはいつまでも変わらないぞ」
反論は無い。
だが、それでも不満はある。
不信感もある。
どうしても体よく使われるだけに思えてしまう。
コマンオスは
「今すぐ信じろとは言わない。
自分たちのやる事を見てから判断して欲しい。
最初に言ったが、不服ならテーベのファラオに合流しても良いぞ。
止めはしない。
そして、次に会うのは戦場になるが、自分は容赦はしない。
言う事は言った。
後は君たち自身が決めるように」
そう締め括った。
エジプト人歩兵は、この演説だけでコマンオスに従ったのではない。
彼等は、実際のコマンオスの強さを見てしまう。
コマンオスは、訓練をマケドニア人士官に任せると、自身は「格上げ」を約束したマケドニア人重装歩兵を率いてリコポリスを攻めた。
ナイル・デルタに位置するこの都市だが、反乱軍によって制圧されていた。
この都市を守る反乱軍を、コマンオスは蹴散らす。
戦術の天才ハンニバルに弟子入りしたコマンオスが、ただでさえ上半身裸のエジプト人兵より強いマケドニア重装歩兵を率いている。
奇計奇策を用いる必要もなく、正面から攻めて、付け入る隙を与えず、そのまま撃破した。
圧倒的な強さで。
戦意を喪失して降伏したエジプト兵を、コマンオスは罰する事なく許すにとどまらず
「別に上ナイルに逃げても構わないぞ」
と言って釈放する。
「司令官、それはなりません!
今はしおらしく見えますが、釈放されてしばらくすれば、恩を忘れたこの者どもが、再び武器を持って刃向かうのは目に見えています。
この蛮人どもを信用してはなりません!」
反対するマケドニア人の部下に対し、コマンオスはエジプト人たちの前で
「別に何度戦いを挑んで来ても問題ない。
自分なら全てに勝てる。
それよりも、死者を増やして遺恨を残す方が問題だ。
まあ、気が済むまで挑んでくれば良い。
あと君は解任だ。
他の隊に行きなさい。
エジプト人を蛮人と侮る態度は、自分の部下にはあってはならない。
驕りや侮りは敵を見誤る元だ。
君の任には他の者を充てる。
誰であろうが、自分には問題ではない。
勝つ事に何の変わりもない」
と、大したことじゃないと言わんばかりの態度で言い放った。
投降エジプト兵たちは、この司令官の態度に恐れを抱く。
(何度戦っても勝てるという自信……いや、そうなるという事実があるのだ)
彼らは二度と逆らわないと申し出た。
また降伏した兵の中から、今訓練しているプトレマイオス朝のエジプト人部隊に加わりたいという者も現れる。
そうした兵士とも情報交換している内に、エジプト人たちは
「反乱はいずれこの将軍によって潰される。
だったら、この将軍が宥和的な内に、手柄を立てて生き残った方が良い。
大手柄を立てたら、ギリシャ人たちも無碍には扱わないだろう。
半信半疑ではあるが、自分たちが役に立つ事を示して、エジプト人の地位を向上させるという将軍の言葉に賭けてみても良いかもしれない」
と思い始める。
その段階から、何度かの実戦と、そこでの寛大な処置を見て、コマンオスに対する崇拝の念を抱くまでそう時間は掛からなかった。
やがてコマンオスは、エジプト人重装歩兵を精鋭に鍛え上げる。
パニウムの戦いで失われた2万のマケドニア人重装歩兵分の戦力は、穴埋めされたどころか、数的には増強された。
こうしてプトレマイオス朝の悩みだった、兵力不足問題は解消されたのである。
おまけ:
イラストの重装歩兵は、イメージです。
実際はエジプト風の頭巾とか盾とかはいなくて、マケドニア式に統一されたでしょう。
あと、重装歩兵だけでなく軽歩兵(こっちが大半)、騎兵、工兵、補給部隊と軍全体にエジプト人が組み込まれていきます。




