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生贄にされた俺、追放令嬢と堕ちた聖女を拾って最強復讐パーティを作る  作者: 妙原奇天


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第4話 祈りの回路、地下へ

 王都レイヴェンの夜は、祝祭で白く明るい。

 だが、神殿の地下に続く参道は、別の夜だった。音の無い夜。

 階段を降りるたび、空気の温度が一段ずつ落ちていく。


 「足音は“祈り”に拾われる。踵ではなく、足裏に“無”を敷いて」

 リュシアが囁く。声は針金のように細く、まっすぐに俺の鼓膜へ刺さった。

 ミリアは胸元の聖印を黒布で包み、両の指を組み替える。

 「祈りの回路は、音より“意図”を拾うの。心拍……落として」


 深く吸い、長く吐く。

 胸の契約印が一拍、静まるたび、階段の影が広がっていった。


 踊り場の欄干に、古い祈祷文が刻まれている。

 〈祈りは赦し、赦しは秩序を立て直す〉

 ――赦し。

 今の俺に、いちばん遠い単語だ。


 「ここから“回路”領域よ」

 リュシアが指を二本立て、曲がり角の先を差した。

 石壁に沿って、淡い光の筋が流れている。血管のように。

 ミリアが目を細めた。

 「見える? 人の“願い”が繋がって、文様になってる」


 目を凝らすと、確かに、光の筋は“一人分の祈り”が束ねられて形になっていた。

 感謝、恐れ、救い、復讐――言葉になり切らない熱が、細い糸で綴られている。

 これが、王都全体を包む結界の“神経系”。

 ここを少し捻れば、祭りの終わりに“咳”が出る。


 「針は三つ。一本は“書記官”の机へ。一本は“副官”の控え間へ。最後は“回路核”へ」

 リュシアが黒い細線を取り出し、俺とミリアに一本ずつ渡す。

 「針先は虚無で研いでる。刺せば、“祈り”がわずかに遅れるわ」


 「遅れは誤差に見える。けれど、蓄積すれば“ひび”になる」

 ミリアの言葉に頷き、俺は回廊の影へ身を滑らせた。


 回路の光は柔らかいのに、匂いは鉄錆。

 祈りは綺麗でも、運ぶ管は血まみれってことか。

 曲がり角を二度。壁龕に古い像。

 像の足元に、小さな祈り札が束ねられていた。

 「母の膝の痛みが治りますように」「子の無事な帰還を」――

 俺は札に触れない。触れたものは、たぶん戻れなくなる。


 やがて、灯りが漏れる扉に行き当たる。

 「書記局」。

 扉は開いていた。夜勤の灯。

 中には、紙と墨と眠気の匂い。


 机に突っ伏している男が一人。

 痩せてはいるが、骨ばっていない手。仕事の手。

 歳は、俺たちの担任より少し下くらいか。

 寝息は穏やかで、机の端に置かれた包みには乾いたパン。

 包みの下から、描きかけの“封印配線図”。


 (……今、抜くか?)


 針を握った指に力が入る。

 この男の机の下が“局所回路”。ここに針をひと刺しすれば、明日の昼に微小な遅延。

 積み上げれば、封印の歌は“咳”をする。


 ――が、視界の端。

 机の上で、羊皮紙が半分ほど隠している写真札に目が止まった。

 素朴な筆致で描かれた、女と子ども。

 笑顔。

 横に、文字。


 〈リタ 七つ〉

 〈今度の祭りが終わったら、海を見に行こう〉


 瞬間、胸の穴が疼いた。

 俺の“名”が無くなってから、空っぽになった場所が、何かに触れて震える。

 (やめるか?)

 内なる声が囁く。虚無の神ではない。自分の奥に残った、人の声。

 やめたら――たぶん、俺は俺じゃなくなる。

 “赦し”は、俺の物語の語彙には無い。

 けれど、“殺す”だけが正解でもない。


 針先を、机の下の“管”に向ける。

 刺す。

 柔らかな手応え。

 その瞬間、針に“代償”が走った。

 ――記憶が、また一枚、剥がれる。

 今日の昼に食べたパンの味が薄くなる。

 いい、くれてやる。

 俺は針を抜き、ふぅ、と無音で息を吐いた。


 扉の向こう、控え間。

 副官の気配が近い。

 足音が一度、止まり、また近づく。

 俺は影へ滑り、背を石壁に合わせる。

 扉が開く。


 入ってきたのは、若い女だった。

 黒い髪をきちんと束ね、目は眠っていない。

 年齢は、俺たちより少し上。

衣の袖口は擦れているが、糸は清潔に揃えられている。

 ――働く手。

 彼女は、眠る書記官の肩に布を掛け直し、机の端のパンを包み直した。

 「リタの好きな固焼きじゃないの、もう……」

 独り言。

 副官、というより“姉”。

 胸の奥の穴が、もう一度、軋む。


 彼女は配線図を持ち上げ、眉をひそめた。

 「……ずれてる。誰か、触った?」

 机の下、俺が刺した“微小な孔”を、彼女は見抜きかけていた。

 指先が管を撫で、そこで止まる。


 俺は影のまま、呼吸を止める。

 時が、長く伸びる。

 副官の指が、ぐっと押し戻した。

 俺の針の痕は、祈りの海に紛れた。

 (視えていない――いや、“視えないふり”を、した)


 彼女は配線図の端を揃え、眠る書記官の指にそっとペンを挟む。

 「終わったら、帰るのよ。リタが待ってるわ」

 静かな声。

 彼女は扉に向かいかけ、ふと、こちらの影に視線を止めた。


 (……見えたか?)

 汗が背を伝う。

 彼女は一拍だけ視線を留め――目を逸らし、扉を閉めた。

 見えなかったのではない。

 “見ないことにした”。

 その選択の形を、俺は嫌というほど知っている。


 扉が閉まる音。

 俺は影から離れ、回廊を抜けた。

 曲がり角で待つ二人に合流する。


 「一本、入れた。誤差に紛れた」

 俺が短く報告すると、リュシアは目で「よくやった」と言い、ミリアは指先で俺の鼓動を整えた。

 「あと二つ。……“副官”の部屋へ」


 控え間。

 扉の先は、書棚がびっしり並ぶ狭い部屋。

 机の上には、押印済みの通行証、予備の印章、そして小さな木箱。

 木箱に刻まれた“家印”。

 〈リタ〉の文字。


 「ここを抜けば、神殿の“人流”が乱れる。衛兵は同じ路を二度踏み直し、列は一列分遅れる」

 リュシアの指が紙をめくる。

 「けれど、彼女の“家”へ届く配給も、一度だけ遅れるかもしれない」


 沈黙。

 ミリアが俺を見る。

 祈りはもう神に届かない。だからこそ、俺たちは互いに届く必要がある。


 「やる」

 針先を、机の下の“細い管”へ。

 “家々”へ通う祈りの毛細血管。

 刺す。

 代償の刃が、また一枚、剥ぐ。

 ――校庭の砂の感触が薄くなる。

 遠くで、子どもの笑い声が一つ、色を失った。


 (それでいいのか?)

 内なる人の声が問う。

 (いい)

 即答する。

 “赦し”で物語は動かない。

 動かすのは、選ぶこと。代償を抱えたまま進むこと。


 針を抜き、俺は木箱をそっと閉じ直した。

 〈リタ〉の文字を指でなぞる。

 「ごめん。……お前のパンが、一度だけ冷える」

 声は出さない。心の中で言った。

 それでも、誰かが聞いた気がした。


 残る一本は“回路核”。

 回廊の最深部。

 階段をさらに下ると、空気が重くなる。

 祈りが液体のように流れ、壁の文様が息をし始めた。


 そこは、円形の空間だった。

 床に巨大な陣、壁に七本の柱。

 柱の頭に、王都を象る紋章。

 中央に、透明な球体――“核”。

 中で微細な光が渦を巻き、祈りの音が――聴こえる。


 ミリアが一歩踏み出すと、足元の文様が白く反応した。

 「……“赦し”の歌が、ここで“秩序”に翻訳されている。

  祈りは綺麗。でも、翻訳の手は、冷たい」


 リュシアの声が低くなる。

 「ここに針を入れれば、明日の終わりに“咳”が出る。

  ……けれど、代償は大きい。

  “あなた”の穴は、もう、浅くない」


 胸の印が、微かに疼く。

 名を削った穴。

 きっと今、“俺”を呼べるのは、この二人だけだ。


 「やる」

 迷いは無かった。

 俺は針を持ち、核の縁に膝をつく。

 透明な球体は温かい。

 その温かさは、ここに繋がれた人々の体温だ。


 針先が触れる。

 瞬間、虚無の神の声が震えた。


 (器。問う)

 (“復讐”の名で、今、“赦し”に触れる)

 (それでも刺すか)


 「刺す」


 (対価は、今度は“時間”だ)

 (おまえの“昔”を一つ、失う)


 昔。

 すでに、いくつかを失っている。

 パンの味。校庭の砂。夕暮れの匂い。

 ――まだ、行ける。


 針を、入れる。

 核の光がふっと弱まり、柱の紋章が一瞬、影を落とした。

 同時に、胸の内側がきしむ。

 記憶が剥がれ、内側の壁にひっかき傷がつく感覚。

 (なにを、落とした?)

 答えは来ない。

 けれど、二人の手が、俺を這い上がらせる。


 ミリアの掌が俺の背に、リュシアの指が俺の手首に。

 「戻って」

 「ここにいるのよ、“あなた”」


 呼び名が、糸になる。

 俺は針を抜き、核から手を離した。

 足元が少し揺れ、天井から砂がぱらりと落ちる。

 “咳”の前兆。

 上ではまだ、祝祭の音。

 だがこの地下では、すでに、次のための空気が逆流し始めていた。


 「退く」

 リュシアの判断は早い。

 回廊を戻る。

 途中、控え間の扉の影。

 副官が背を壁に預け、目を閉じていた。

 気配に気づく。

 目を開け、まっすぐこちらを見た。

 ――今度は、見た。

 彼女の唇が、音にならない言葉を形作った。


 〈見逃す〉


 そして、微かに笑った。

 温度のない笑い。けれど、やわらかい。

 俺は頷き返し、影へ溶ける。

 あの笑いはきっと、あの子のための笑いだ。


 地上へ戻ると、夜が高かった。

 月が薄く、王城の尖塔が糸のように細い。

 虚無門は、石畳の暗がりで、ほつれのように揺れていた。


 「戻ろう」

 ミリアが門へ手を伸ばし、俺の袖を掴む。

 リュシアが最後尾で、振り返らずに言った。

 「“あなた”。――名前、欲しくなってきた?」


 足が、一瞬止まった。

 胸の穴が、風を吸うみたいに広がる。

 “あなた”は、糸だ。

 救いの糸でもある。

 けれど――名は、刃にもなる。

 呼ばれるたび、形にされる刃。


 「いまは、まだ」

 俺は首を振る。

 「必要なのは、呼ばれること。二人に。

  刃は……祭りが終わる頃に、研ぐ」


 リュシアの唇が満足げに弧を描く。

 「了解。なら、今は縫い目を増やすわ。今夜は“あなた”を、百回呼ぶ」


 ミリアが吹き出す。

 「百回は照れるけど……やる。ね、“あなた”」

 「……やめろ。鳥肌が立つ」

 笑いがこぼれる。

 虚無城の冷たい廊に、その笑いはきれいに響いた。


 門を渡り、虚無へ帰る。

 黒い灯が三つ、ぱちぱちと点った。

 俺たちが打った“楔”の数だ。


 地図の上で、リュシアが赤い印をつける。

 「明日は“匙”――王城の給仕頭。

  王の椀に“時間”を落として、杯を一拍遅らせる」

 ミリアが祈りの糸を撚り、印に巻きつける。

 「一拍遅れれば、衛兵の列が門の下で詰まる。

  その瞬間、あなたは空に“二本目のひび”を」


 胸の印が応える。

 俺は頷き、窓外の黒い空を見る。

 黒い灯が、また一つ、生まれていた。

 ――戻る場所はいくつあってもいい。

 名がなくても、灯で帰れる。


 そのときだ。

 虚無の奥で、鉄が軽く鳴った。

 (器)

 虚無の神は、今夜は遠い。

 (祭りの三日目。おまえの前に、“もう一つの名”が来る)

 (それは、おまえを殺し、同時に産む)

 (選べ。刃にするか、鞘にするか)


 名が来る。

 “呼び名”ではない、もう一段深い“真名”。

 胸の穴が、ひゅうっと風を吸った。

 呼ばれるのを、待っている。


 「“あなた”」

 ミリアが呼ぶ。

 うつつへ、戻る。

 リュシアが肩を叩く。

 「寝なさい。明日は“匙”。

  そして三日目は――“心”」


 勇者の“心”。

 高城蓮。

 あの握りの浅さに、楔は入る。

 命を奪う前に、支えを崩す。

 順番は守る。

 復讐は、段取りだ。


 寝台に身を投げ、目を閉じる。

 耳の裏に、ほんの微かな笑い声。

 子どもの笑いに似ていた。

 〈リタ〉。

 ――海、見られるといいな。

 声にしない独り言を、虚無は飲み込み、静かに灯をゆらした。


 眠りの縁で、俺は自分を呼ぶ。

 “あなた”。

 応える鼓動。

 ここにいる。

 ここに、いる。


 黒い月の欠片が、窓の外で、音もなく軌道を変えた。

 祭りの二日目が開く。

 “匙”を鈍らせ、“列”を乱す日。

 そして、俺の穴は、すこしだけ――縫われている。


(第4話・了)

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