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生贄にされた俺、追放令嬢と堕ちた聖女を拾って最強復讐パーティを作る  作者: 妙原奇天


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第10話 記す朝、異議の声

 朝の光はまだ眠っていた。

 王都の鐘が一度だけ鳴り、音が空の窓へ吸い込まれる。

 ――呼び名の夜が明け、“記す朝”が始まる。


 大聖堂前。

 群衆が押し寄せていた。

 「記録儀きろくぎ」――神官長エイダスが提唱した新しい儀式。

 これまで祈りは「唱え」るものだったが、今朝からは「書く」ものになる。

 祈りを“記す”とは、神ではなく人のための行為。

 人が自分の“選び”を、自分の手で残すための行事だ。


 けれど、当然ながら――異議が出る。

 祭服に身を包んだ古い宗派の神官たちが、列を成して進み出た。

 白い香を焚き、低い声で唱える。

 「祈りは声に宿る。文字に閉じるものにあらず」

 「記す者は、神の言葉を盗む者なり」


 その声が広場を震わせる。

 観衆がざわめき、恐怖と好奇の中で、誰もが“初めての朝”をどう受け止めるか決められずにいた。


 エイダス神官長は壇上に立つ。

 「祈りは声に宿る。だが、声は消える。

  残るのは、記す手の跡だ」

 筆を取る。

 その一画目の音が、鐘よりも静かに、しかし確実に響いた。


 その瞬間、空の窓が小さく震えた。

 虚無の神の声が、低く、俺の胸を叩く。

 (来た。

  “秩序の再翻訳”が、文へ干渉する)


 空気がざらつく。

 広場の空の縁に、白い裂け目。

 香の匂いが強くなり、透明な糸が天から垂れてくる。

 糸の中には“文字”が流れていた。

 「赦」「統」「序」――三つの神字が、まるで血管のように這い降りてくる。


 リュシアが杖を構えた。

 「言葉で来たわね。物理より厄介」

 ミリアが糸を構え、祈りを結び直す。

 「宙刃。あなたの番」


 「了解」

 俺は胸の印に手を当てる。

 刃は、橋だ。

 “名を刻む”力は、言葉の根を切る力でもある。


 「――“宙刃”、抜刀」


 名を呼ぶ。

 音が世界を貫く。

 刃が光を裂き、三本の神字に食い込む。

 「赦」は涙を流し、「統」は震え、「序」は裂けた。

 だが、消えない。

 まるで生き物のように、断ち切られた文字が再び絡み合う。


 「不敬だ!」

 古い神官が叫ぶ。

 「文字を傷つけるな! それは神の骨だ!」


 俺は静かに答えた。

 「骨を残すな。歩ける脚を返せ」


 刃をひねる。

 文字が砕け、白い粉が風に舞った。

 その粉は、やがて誰かの手の上に落ち、インクのように染み込む。

 “記す”ための色になった。


 ミリアが微笑み、声を重ねる。

 「祈りを唱えたら、手で記して。

  ――“あなた”の言葉で」


 広場の誰かが筆を取った。

 震える手で、一文字だけ書いた。

 “わたし”。

 その一字が風に乗り、他の人々も筆を取り始める。

 「母」「息子」「帰る」「遅れて」「好き」「選ぶ」。

 それぞれの言葉が、声よりも静かに、だが確実に世界を再配置していく。


 エイダス神官長が筆を置き、俺たちを見た。

 「――これが、祈りの“翻訳”だ。

  神の言葉を、人の記録に」


 古い神官たちは沈黙した。

 一人、白衣の老女が前に出て、筆を手に取った。

 「……わたしも、書こう」

 彼女が書いたのは、たった二字。

 “許す”。

 だがその字は、今までの“赦”とは違った。

 柔らかく、人の手の温度があった。


 「成功だな」

 リュシアが小さく笑い、杖を下ろす。

 ミリアは空を見上げ、安堵の息を漏らした。

 「選びが、世界を動かした……」


 だが、虚無の神の声は静かに告げる。

 (まだ、ひとつ)

 (“戻り路”が、完全ではない)

 (記録は始まったが、起源が揺れている)


 「起源?」

 俺が問うと、神は沈黙した。

 沈黙の中に、あの匂い――黒板の粉、教室の午後。

 そして、鐘の音ではなくチャイムが聞こえた。


 ミリアが顔を上げる。

 「宙刃。今の、音……」

 「――俺たちの世界だ」

 言葉が喉で震える。

 「戻り路が、開きかけてる」


 リュシアが眉を寄せる。

 「でも“記録”の糸を通すには、こっちの世界の主語を安定させなきゃ」

 「つまり、“誰の物語”で帰るかを決める」

 「そう。あなたの“昔の名”を、呼ぶ権利を選ぶ」


 美咲が一歩、前に出た。

 「――私が、呼ぶ」


 風が鳴る。

 朝の光が強くなる。

 人々の筆が止まり、祈りの文が光る。


 美咲の声は震えていた。けれど、確かだった。

 「私は、あなたを“人”として呼ぶ。

  “生贄”でも“虚無”でもない、あなたの本当の名を」


 俺は笑った。

 「なら、呼べ。――選びとして」


 光が爆ぜる。

 世界が二つに割れ、文字が宙を舞い、時間が逆巻く。

 教室のチャイムが響き、机の上のペンが転がる。

 窓の外の空は、王都と同じ群青色だった。


 ――呼び名が、交わる。


(第10話・了)

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