第6話 怒れる雷
「ちょっと、一回ストップ。落ち着いてください……?」
「ん? 俺は落ち着いているが?」
パンクしそうな頭をどうにか働かせて考えるが、全然わからない。
——ジルベール様は私のことが好きなの……!?
「あの、つかぬことをお聞きしますが、ご両親は……?」
「ああ、両親も貴女のおかげで助かったんだ。ガルガン病に罹り、もうあと数日ももたないところでユラギス草が薬になるという報告が回ってきたんだ。本当に感謝している」
「あの、5年前の怪我は?」
「姉は少し気が強くてね。あの時は酷く怒らせてしまって、手を刺されたんだ」
そう——姉に刺された話をして楽しそうに笑っている……
やっぱり小説の展開を早めた影響で、ジルベール様の両親は生きている。そして、ヒロインのリアラの性格が設定と違いすぎる。
——何かがおかしい。
元々深く関わってはいけない人物だ。これからはなるべく距離を取らなきゃ……!
「そうだったんですね~。では、私はこれで」
「待ってくれ。今度、お礼に公爵家に招きたいんだが、都合はどうだろうか?」
「5年も前のことです。どうか私のことは気にしないでください。では、失礼します」
気持ちが少し落ち着いてきて、いつも通り微笑んで部屋を出た。
◇◆◇
しかし、教室に戻るとすぐに感じた。
——視線。
ジルベール様のせいで魔法のことがバレてしまったからか、クラスメイトたちがヒソヒソと噂をし始める。
「ほら、魔法使い戻ってきたよ」
「魔法使いっていうか、魔女じゃないの?」
「何されるか分からないし、怖いよな」
「制服の色も……」
——全部聞こえてますよ?
一応、侯爵令嬢なのだけど? わかってないのかしら?
けれど、制服の色に関しては私も気になる。
王立魔術学園では、魔力量によって制服の色が異なる。
•200~500:黄色
•500~800:緑
•800~1500:青
•1500~2500:赤
•2500以上:黒
魔力量は鍛えれば増やせるが、卒業までの5年間で増やせるのはせいぜい100~300程度。血反吐を吐くほど努力すれば400~500増えることもあるらしい。
この学園に入学義務が課されるほどの魔力量を持つのは貴族が多いが、平民出身者も珍しくない。青や赤なら王国直属の魔術師や魔術騎士団に就職できるし、黒ならそのトップになれる。
……確かに、さっきジルベール様が着ていたのは黒だった気がする。いや、濃い青だったはず……?
そして、私の制服の色は——
「白か。その色は目立つね、ミラリス嬢」
学園初日を終え、帰りの馬車に向かうために学園の広い敷地を歩いていると、赤い制服を着た銀髪の青年が話しかけてきた。
アラン・アルデリア王太子。
「お初にお目にかかります、アラン殿下。私を知ってくださっているとは光栄ですわ」
「君のことは父上と君の兄からよく聞いていたからね」
「それは光栄です」
——また関わってはいけない人物に遭遇してしまったわ。
「数少ない高位貴族の令嬢なのに、この年で初めて会うなんておかしな話だよね。ユリスが君はあまり外に出たがらないと言っていたけど、本当?」
「噂のこともあり、目立ちたくなかったものですから」
——本当は、主要キャラとの接触を避けるために城に行ってもひっそりと過ごしていたのだけど……。
「ふーん」
アラン殿下は、まるで品定めするように私をじっくりと見つめた。
「……あの、殿下?」
「悪いね。父に君は俺の婚約者候補だと聞いていたけど、噂通りあまりにも美しくて、つい見惚れてしまったよ」
——え?
「ありがとうございます」
「知ってる? 代々、王太子妃は魔力量で決まることが多いんだ。君の魔力量は測定不能だったらしいけど、それは限りなく低いか、もしくはその逆だと思っているんだけど……?」
「もしそうだったとしても、私なんかが殿下と結婚など烏滸がましいですわ」
「ははっ、上手い断り方だね。でももし俺と君の結婚が、王命だったら?」
悪戯めいた笑みを浮かべ、楽しそうに私を見つめるアラン殿下。
「……慎ましくお受けいたします」
そう答えようとした瞬間——
——バチッ!!
突然、鋭い音を立てて青白い稲妻が空を裂いた。
「おっと……」
殿下がわずかに顔を上げた瞬間——
バチバチッ……!
空中に巨大な魔法陣が展開される。
それは通常の魔法陣よりも遥かに密度が濃く、複雑な魔力の紋様が絡み合い、今にも何かが爆ぜそうなほどの圧倒的なエネルギーを孕んでいた。
その中心に立っていたのは——
ジルベール・エルヴァン。
先ほどまでの穏やかさは消え失せ、彼の瞳は冷たく研ぎ澄まされ、まるで狩る者のそれだった。
「アラン、ミラリスと距離を詰めて何を話しているんだ?」
低く抑えられた声。だが、その奥に潜む激しい怒気が空気を震わせる。
「……世間話をしていただけだよ」
「誰と誰の結婚が王命だって?」
「聞いていたのか……ちょっとからかっただけさ。そんなに怒るなって」
アラン殿下が苦笑しながら宥めようとする。だが、ジルベール様の魔法陣はさらに輝きを増した。
「ジルベール様、おやめください……殿下は悪いことは何もなさっておりません!」
「ミラリス、アランを庇うの? こいつはミラリスに結婚を迫ったんだよ?」
「別に迫られていた訳じゃ……」
——ダメだ。
目の前の魔法陣は、もはや単なる威嚇ではない。
バチバチと弾ける雷の光が周囲を照らし、地面には細かなひび割れが走る。
まるで嵐の中心に放り込まれたかのような強烈な圧迫感。周囲にいた生徒たちは悲鳴を上げながら後ずさりし、すでに誰も近寄ろうとしない。
「ジル、やめろ。ここは学園だぞ」
「なら訂正し、ミラリスに謝れ」
「……は?」
アラン殿下が呆れたようにため息をつく。
しかし、ジルベール様の目は鋭く、手のひらに渦巻く雷の魔力は今にも弾け飛びそうだった。
「……それにしても、殿下に対して不敬どころの話ではないです!」
「立場的に歳の近い友人がなかなかいなくてね、非公式の場では立場関係なく接してくれと頼んでいるんだ」
「だからって……!」
だが、次の瞬間——
——バチンッ!!
さらに大きな雷の奔流が空間を走る。
「いい加減にして!!!」
私は、手のひらから魔力を流し、最大速度で大量の水を生み出した。
純水は雷を通さない。
「……!」
ジルベール様の放った雷撃は、私の水の壁に触れた瞬間、静かに霧散した。
まるで最初からそこになかったかのように。
一瞬の静寂。
「はぁ……ジルベール様は私を心配してくれるのは嬉しいけど、そのやり方は間違ってる!喧嘩したいだけなら他所でやって!!」
「……はい」
——なんで嬉しそうなの!?
怒られているのに、ジルベール様はどこか満足げな表情を浮かべていた。
そしてその横で、
「ぷっ、はっはっはっはっ!!」
腹を抱えて笑い出すアラン殿下。
「ミラリス嬢、驚かせて悪いな。でも……まさかこいつが他人の言うことに従うなんてなぁ……」
「……それにしても、こんな人前で魔法を使ってしまって大丈夫だったの?」
ようやく私の心が落ち着いてきた頃、アラン殿下が軽い口調で言った。
そうだ。
初日から派手にやらかした。
目立たず学園生活を送るなんて、もう……
——無理では!?