第5話 再会と誤算
「俺のこと、覚えてるか?」
魔術学園に入学したその日。
発表されたクラスで席についた途端、体格のいい男子生徒に声をかけられた。
顔を上げると、サファイアのように深いブルーの瞳と夜空色の髪が視界に入る。
――間違いない。五年前の少年、小説の悪役ジルベール・エルヴァンだ。
周囲の女生徒たちが黄色い声をあげ、彼に見惚れている。
それも当然。彼はヒロインの弟。容姿端麗でないはずがない。
(……そもそも、あの小説の主要キャラは美形しか出てこなかったわね)
私がそういう物語を好んで読んでいたからなのだけど。
「ごきげんよう。申し訳ありませんが……どこかでお会いしましたか?」
なるべく小説の登場人物とは関わらないように生きてきた。
無礼になるかもしれないが、覚えていないことにするしかない。
「覚えてないのか? ジルベール・エルヴァン。
この学園の二年で、五年前に貴女に魔法で怪我を治してもらった」
――しまった。
「魔法」という単語が出た瞬間、教室内がざわめく。
クラスメイトたちが小声で話しながら、私に視線を向けてきた。
「まさか……五年前に噂になった、星の光のような髪を持つ魔法使いの美少女?」
「え、あれって誰かの作り話じゃなかったの?」
やっと忘れ去られたと思っていたのに……!
五年間、魔法を使わず、外にもほとんど出ず、噂が薄れるのを待っていたのに――。
(この男……私の努力を、一瞬で無駄にしたわね!?)
「ジルベール様、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「……ん? あ、ああ」
精一杯の笑顔を作りながら、彼の腕を引いて教室を出る。
適当な空き部屋を見つけると、すぐに扉を閉めた。
「どうした? 思い出したのか?」
彼はにこやかに微笑みながら、まるで何も問題がなかったかのように話しかけてくる。
――その瞬間、私の中で何かが切れた。
「もう! なんでみんなの前で魔法のことを話してしまうんですか!?
せっかく目立たないように五年間頑張ってきたのに……!」
感情が抑えきれず、大声をあげてしまう。
悔しさで涙が滲む。
この身体で生きてきた中で、こんなに大きな声を出したのは五年前のあの時を含めて二度目だった。
――ジルベール様の前でだけ、私は猫を被れない。
「……すまない!」
彼は突然、真剣な表情になり、私の顎に手を添えた。
「え?」
強制的に顔を向けさせられ、零れそうになっていた涙を指で拭われる。
「ジルベール様……距離感がおかしいです」
「そうか? 普通だと思うが……ミラリスと再会できて嬉しいから、無意識に近くなっているのかもしれないな」
彼はにっこりと微笑みながら、熱い視線を向けてくる。
――何かがおかしい。
これではまるで、彼が私に好意を寄せているようじゃないか。
(いや、きっと勘違いよ。
彼が好きになるのは……悪役令嬢である私なはずがない。)
「さっきは忘れられたのかと思ったよ。
俺はこの五年間、毎日想い続けていたんだから……」
(――ジルベール様は、実の姉であるヒロインを好きになるはずじゃ……?)
「五年前、姉弟喧嘩で姉に刺され、家を飛び出た俺を――
見ず知らずの君が、人前で使うにはリスクのある魔法で治してくれた。
その時、俺のためだけに舞い降りた美しい天使かと思ったよ」
(……好きな、はず……)
「君に会うために毎日侯爵家の前を通っていたが、なかなか出てこなかった。
だから、再会するのにこんなに時間がかかってしまった」
(どういうこと……? 誰か……)
「五年経って、もっと美しくなったな。女神のようだ。
これから毎日会えるなんて、夢みたいだ」
(――説明してください!!)