番外編 放課後の図書室で
これは、私がジルと恋人になり、新しい物語を歩んでいくと決めた──キンリーの街へ向かう、少し前のこと。
恋人になってからの私たちは、変わらずいつも一緒だった。
学園の図書室。静かで、陽射しのやわらかい午後。
私は勉強に集中していた。実技が始まってからというもの、座学が少しおろそかになっていたからだ。
「教えてあげる」
ジルは、いつもの調子で私の隣に腰を下ろす。
魔術の詠唱構造や理論にかけては、彼の方が断然詳しい。
頼ってみることにした。
「この魔術は、この詠唱と間違えないようにしないと───」
ジルは私の教科書を指でなぞりながら、要点を噛み砕いて説明してくれる。
「わぁ……私、教えてもらわなかったら絶対間違えてたわ。普段から魔法に頼りすぎかも」
苦笑いを浮かべて言うと、ジルはちらりと私を見つめた──
その目に、一瞬だけやわらかな光が宿る。
愛おしそうな目。だけど、すぐに視線は机へと戻った。
「ここは?」
「ここは、風魔術と水魔術に……そう、だいたい三対二の魔力で───」
真剣に教えてくれる声を、私は隣で熱心に聞いていた。
……その時だった。
ふいに、膝の上に置いていた私の手に、温かい指が重なる。
そっと触れてくるだけなのに、その優しい動きが妙に擽ったい。
「ミラ、聞いてる?」
「う、うん……っ」
返事をするしかなかった。
あまりに自然な手つきで、ジルが勉強を続けてくるものだから、
私も“触られていること”を意識しないふりをするしかなかった。
けれど、指先はそのまま、ゆっくりと滑り──
私の太腿の方へと、なぞるように移動してくる。
「んっ……」
つい、小さく声が漏れる。
静まり返った図書室の中で、その音があまりに生々しくて、私は思わず周囲を見渡した。
けれど誰もこちらを見てはいない。
それでも、心臓がバクバクとうるさい。
すると、ジルはおもむろに私の耳元に顔を寄せ、
くすぐるような低い声で囁いた。
「……集中しなきゃダメだろ、ミラ」
くちびるが耳にふれた気がして、ゾクッと背筋が震えた。
そのまま──
指先が、さらに内腿のやわらかいところへ触れてきた。
そこは、制服のスカートの裾がわずかにずれただけで触れてしまう場所。
「ひゃ……ジル……っ」
今度ばかりは小さな声では済まなかった。
図書室に響くほどの高い声が出てしまい、私は慌てて立ち上がる。
椅子がガタンと音を立てた。
何人かがこちらを振り返ったが、私は顔を伏せ、
ジルの手を振りほどくようにして、その場を逃げるように退出した。
図書室の扉を閉め、廊下に出た私は、顔が熱くてたまらなかった。
肩で息をしながら、頬を両手で押さえて冷やしていると、
すぐ後ろから足音が聞こえる。
ジルだった。
「ミラ、そんなに怒らないで」
そう言いながら、彼は悪びれもせず微笑んだ。
「……図書室で、あんな……っ」
「……誰にも聞かせたくなかった。ミラの可愛い声、俺だけが知ってればいい」
心底満足げなジルのその言葉に、私はさらに顔が赤くなる。
「……もう、二度と一緒に勉強なんてしないわ!」
「またしよう。今日、楽しかった」
「全然楽しくないっ!」
拗ねるように背を向けたけど、ジルの笑い声は楽しそうだった。
きっとまた私は、彼のイタズラに翻弄されるのだろう。
……それでも、嫌いになれない。むしろ、ずるいくらいに、惹かれてしまうのだ。




