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悪役令嬢に転生したら、もう一人の悪役に溺愛されすぎて逃げられません!  作者: 朝姫奈
終章

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最終話 逃げられない




静かな寝室、窓の外には、白く染まった世界が広がっている。


音もなく降り積もる雪が、地面を覆い、屋根を白く縁取っていた。


雪の粒が煌めく、どこまでも続く白銀の風景が、まるで別世界のように思えた。


ベッドの上で、私はジルの隣にそっと身を横たえた。


指先を絡めた手の温もりが、寒さを和らげるようにじんわりと伝わってくる。


外は凍えるほどの冷気に包まれているのに、ここだけは温かかった。


手を繋ぎ、ただ静かに呼吸を感じる。


温かい。


指先に伝わる確かなぬくもりが、現実のものなのだと心を満たしていく。


「痛くない……?」


私がそっと尋ねると、ジルはまばたきを一つしてから、私の手を軽く握り返した。


「大丈夫だ、ミラこそ酷い怪我だろ。俺のせいで悪いな……」


低く、申し訳なさを滲ませた声。


私はすぐに首を横に振る。


「ジルのせいじゃないよ……!」


思わず強く言い返した。


「それに、私はただの傷だし、ジルみたいに骨は折れてないよ」


そう言いながら、ジルの手を少しだけ強く握る。


その指が、私の力に応えるように優しく絡んだ。


しばらく、私たちはただ静かに手を繋いだまま、同じ天井を見上げていた。


──それだけで、心が落ち着く。


でも、ふと気づく。


私は、確認しなければならないことがあった。


「ジル……夢は見た?」


私だけが見た幻想だったのではないかと、不安を抱えながら尋ねる。


ジルは小さく息を吐き、頷く。


「ああ、説明しないとな……」


その言葉を聞いた瞬間、私はほっと息を吐いた。


あれは、夢なんかじゃなかったんだ。


現実として、ジルも同じものを見たのだと──。


ジルはゆっくりと息を整えながら、魔女について話し始めた。


◇◇◇


「え、っと。じゃあジルは一年近く前から魔女に会っていて、すべて知っていたの?」


私は、信じがたい話を整理しようと、頭の中で言葉を組み立てながら尋ねる。


「まあ、そうだな」


ジルは当たり前のように頷く。


「私の中に魔女がいることも?」

「ああ」


その言葉に、思わず息をのむ。


情報が多すぎる……


魔女の生まれ変わりが、私の双子の姉妹だったなんて。

そして、生まれられないとわかって私の身体に入り込んだ……


そんなの、想像すらしていなかった。


「だから私は魔法が使えたのね……」


呟くと、ジルは静かに頷く。


「そして……悪夢を見せられたのは元の伝承の魔女で、他の役割の魔女とは力に差があるから、夢に干渉できたと……」


──魔女は、夢の中で私を優しく見つめていた。


あんな悪夢を見せ、私にジルを殺させようとするほどに……

それほどまでに、私に生きていてほしかったんだ。

私を……赤子、いや、胎児の頃からずっと見守ってくれていたのね。


少し、やり過ぎだけれど……


「あと、多分俺がミラを抱いて魔力が増加するのも、魔女の協力だ。ミラの体を通して力を貸すと言っていた」

「え……?」


ジルの言葉に、思わず動きを止める。


「その時は何のことかわからなかったが……きっとそのことだったんだと思う」


私はふと、あの日のことを思い出した。


「……ジルが、一人で討伐に行く前、私をあそこまで激しく抱いたのもそのせいでしょ……?」


小さな声で尋ねると、ジルは微かに身じろぎした。

そして、伏せたまま言葉を詰まらせながら呟く。


「……あれは……」


少しの沈黙。

私は、息をのんで待つ。


「……魔力のことよりも……最期だと思って、ミラを自分の手でめちゃくちゃにしたかったんだ……」

「めちゃくちゃ……?」

「とにかく……ミラを焼き付けておきたかったんだ。わかってくれ」


不器用に、でも真っ直ぐに言い切るジルが、なんだか可愛く思えた。


「ふふっ」


つい、笑ってしまう。

ジルが驚いたようにこちらを見た。


「……なにを笑っているんだ……?」

「ううん」


私は首を振る。


「ただ、二人で生きていけると思ったら……幸せで……」


そう呟きながら、私はゆっくりと窓の外を見つめた。


「……いつの間にか17歳になって、秋を越えているのよ……」


暖炉の火が静かに揺れ、柔らかな橙色の光が室内を優しく照らしていた。


「前世よりも、長生きできるの」

「これからはなにも心配しなくていい」


ジルが、静かに言う。


「きっとこれ以上の困難は、なかなかないからな」

「ふふっ、そうね」


微笑みながら、私はジルの方を向いた。


その瞬間、ジルが姿勢を正し、ベッドの上でしっかりと座り直す。


「ジル、今はあまり動かない方が……」

「大丈夫、それより───」


ジルは私の両手をそっと握る。


温かい手が、しっかりと私を包み込む。


「約束通り、17歳の秋を越えた……」


──あ……そうだ。


私たち……婚約……。


「結婚しよう」

「……え?」


驚いて見上げると、ジルの瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。


「婚約じゃなく?」

「もう待てない。それに……もう、いつ子どもができてもおかしくないだろう?」


少し照れながら、でも真剣な声で言うジル。

その瞳の奥に、微かな不安が滲んでいるのがわかる。


「ダメか?」

「ダメ……って言ったら逃げられるの?」


私がそう聞くと、ジルは優しく微笑んだ。


そして──


「逃がさないよ。絶対に……」


そう囁きながら、私を強く抱きしめた。


「ふふっ、逃げられないなら、すぐに結婚するしかないね」


私もジルの背中に腕を回し、しっかりと抱きしめ返した。



◇◇◇


静かな庭園に、かすかな風が吹き込んでいた。

冬の柔らかな陽がティーガーデンの白いテーブルクロスを照らし、温かなティーカップから立ちのぼる湯気が、ゆらゆらと消えていく。


「お母様!またお父様とのお話を聞かせて……!」


冬の冷えた空気の中、小さな手がそっと私の膝に触れる。

ふわふわのマントに包まれた幼い娘が、きらきらとした翡翠色の瞳を向けてきた。


「昨日、お話したばかりよ?」

「それでも!毎日でも聞きたいの!」


夜空色の髪がふわりと揺れる。

愛おしい娘の無邪気な笑顔に、思わず頬が緩む。


「俺が話そう」


私が答える前に、聞き慣れた声が背後から降ってくる。

その響きに、心がじんわりと温かくなる。


「ジル!」

「お父様……!」


娘はぱっと顔を輝かせると、小さな足で駆け出した。

迷いなくジルの元へ向かい、彼の足元にぴたりと止まる。


ジルはそんな娘を優しく抱き上げると、自然に腕の中に収めた。

しがみつくようにジルの首に腕を回す娘、ティアナの姿に、胸が温かくなる。


私も、ジルの元へ駆け寄った。


「おかえりなさい。今日はずいぶん早いのね……嬉しい」


そっと手を伸ばして彼の頬に触れると、ジルは穏やかに微笑み、片手で私の腰を引き寄せる。

そして、そのままゆっくりと唇を重ねた。


「ん……」


冬の冷たい空気の中、ジルの体温が優しく溶け込むように伝わってくる。


「あーーー!お父様ずるいわっ!私もお母様にちゅーってしたい!」


娘の元気な抗議の声に、私は小さく笑った。

しかし、ジルはすかさず私の肩に手を回し、娘の言葉を制するようにもう一度キスを落とす。


「んぐっ……!」


「ダメだ。ミラは俺しかキスできない決まりなんだ」

「えーー!」


娘の頬がぷくっと膨れるが、ジルは一切譲る気配がない。

彼の愛は、相変わらず独占欲が強くて甘い。


それでも、こうして彼がずっと望んでいた「家族」を大切にしてくれているのが伝わって、私は幸せでたまらなかった。


「ティアナ、明日はリアラが来るから早く眠るんだぞ」

「え!リアラ叔母様がくるの!?嬉しいわ!」


ティアナの目が一層輝きを増す。


リアちゃんは二年前、ジルが爵位を継ぎ、前公爵夫妻が早々に隠居したと同時に、公爵邸を出て宮廷魔術師として働き始めた。

高い魔力と豊富な魔術の知識を活かし、女性でありながら貴族の枠を超えて活躍している。


貴族女性は結婚し、次世代への魔力の遺伝子要因になることが当然のように求められていた。

しかし、リアちゃんが宮廷魔術師になったことで、その価値観が少しずつ変わり始めていた。


「ほら、邸に戻ろう。ミラと俺の話を聞きたいんだろう?」


ジルはティアナを抱いたまま、私の手を優しく取る。

そのまま指を絡めて、温もりを確かめるように握ると、私たちはゆっくりと歩き出した。


──こうして、静かで穏やかな日々が、幸せに満ちて続いていく。


◇◇◇


夜の帳が下り、暖炉の火がゆらめく寝室。


夫婦の寝室のソファで、私たちは自然と身を寄せ合って座っていた。

ティアナは明日に備えて早めに自室に入り、私たちには二人だけの時間が訪れる。


「そういえば、アラン殿下のお相手は決まったの?」

「……ああ、全然まだだ。唯一の王太子なのに、未だ相手が決まっていないのは異例だと、一部の者たちが頭を抱えている」

「ふふっ、アラン殿下、疑い深いからね。相当心を許せる相手じゃないと、厳しいかも」


小説の中で結ばれるはずだった二人は、全く別の道を歩いている。

そして、結ばれるはずのなかった私たちは、こうして同じ未来を歩いている。


運命は、自分たちで決めるものなんだと改めて思わされる。


「ミラ」


名前を呼ばれ、ジルに顔を向けると、彼の手がそっと頬に触れる。

次の瞬間、両頬を優しく挟まれ、唇が触れ合った。

甘く、深く、溶けるようなキス。

ゆっくりと、まるで私の全てを確かめるように重ねられる。

唇が離れた後も、ジルは私の顔を捉えたまま、視線を逸らさせてくれない。

私の世界が、彼だけに占められていく。


「俺以外の男のことは考えないでくれ」


その言葉に思わず小さく笑ってしまう。


「ふふっ、また妬いてるの?」


ジルは普段から独占欲が強いけれど、最近はますます増している気がする。

けれど、それが嫌ではなく、むしろ愛おしく感じてしまう自分がいた。

愛されていることが、肌で、心で、ひしひしと伝わる。


気がつけば、ジルにそっとソファに押し倒されていた。

彼の手が私の髪を梳く。

そして、いつもの()()()の合図───


下唇を甘く吸われると、じわりと身体が熱を持ち始めた。

ゆっくりと舌が絡み合い、彼の熱が私を包み込む。

優しく、それでいて離れがたいほど深く、唇が重ねられる。

そのまま彼の腕に抱き上げられると、ふわりと身体が宙に浮いた。


「ジル……」


囁くと、彼は満足そうに微笑みながら私をベッドへと降ろした。

羽毛のような柔らかさに包まれ、ふっと小さく息をつく。

けれど、まだ身体が熱を帯びたまま、甘い吐息が部屋に満ちる。


ジルが再び私に触れようとした瞬間、私はそっと彼の右手を取った。

彼が不思議そうに見つめる中、私は少し息を整えながら、囁く。


「今日は……優しくしてほしい……」


ジルの動きが一瞬止まった。

彼はまばたきをし、私の表情をじっと見つめる。


「ん……そのつもりだけど、どうかしたのか?」


その問いかけに、私はそっと彼の手を自分の下腹部へと導いた。

ゆっくりと、慎重に触れさせる。


「赤ちゃん……」


その一言を呟いた瞬間、ジルの目が大きく見開かれた。

驚きと、そして……嬉しさの表情が浮かぶ。


「……ミラ」


震えるような声。


次の瞬間、彼は私を強く抱きしめていた。


「わっ……!」


驚く間もなく、ジルの温もりが全身に降り注ぐ。

力強く、それでいて壊れものを扱うような優しさを含んだ抱擁。


「……嬉しい……」


その呟きに、私の胸がじんわりと温かくなる。

彼の震える手が、私の背中を優しくなぞる。

私もそっと腕を回し、ジルの髪を撫でた。


どれくらいそうしていただろう。


ようやく身体が離れると、今度は額を寄せ合う。

彼の蒼い瞳が間近にあった。

視界のすべてが、彼で満たされる。


「ミラ、愛してる」

「私も愛してるわ、ジル」


互いに囁きあいながら、そっと唇を重ねた。


きっと、私たちの未来はこれから先もずっと明るく、そして賑やかになる。

何があっても、前を向き、信じ、願えば───運命は変えられる。


これからも、ずっと。


───彼の溺愛からは逃げられない。




『悪役令嬢に転生したら、もう一人の悪役に溺愛されすぎて逃げられません!』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました( .ˬ.)"


初めての作品でしたが、皆様のおかげで楽しく最後まで書き続けることができました。

今後も、番外編などを少しずつ更新していく予定です。

評価、リアクションをいただけると励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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