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第51話 変えられた運命



──これで決めないと……

右眼に深く突き刺さなければ、終わらない。


私の手には、ジルの剣。

全身に圧し掛かるプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、必死で魔力を込める。


もっと……もっと込めなきゃ……!


体の奥底から魔力を引き絞るようにして剣へ流し込む。

その刃が淡く光を帯び、次第に鋭い輝きを放ち始める。


その時だった。


腰に何かが触れる感触。


「ミラ……!」


背後から、強く、けれどどこか優しく抱きしめられるようなぬくもり。

驚いて振り向くと、血まみれのジルがいた。

顔色は悪く、傷だらけで立っているのもやっとのように見える。

それでも、彼は震える手で私の手を包み込み、剣の柄を一緒に握った。


「……ジル」


ジルは何も言わず、剣に魔力を込める。

私の魔力と、彼の魔力が絡み合い、剣の輝きが一段と強くなった。

まるで、心まで繋がったかのような感覚。

彼が隣にいるだけで、私は不思議と落ち着いた。


──これなら、狙い通りにさえ行けば、確実に深く突き刺さる……!


「どこを狙えばいい? 心臓か?」


ジルの低く掠れた声が耳に届く。

彼はまだ気づいていないみたいだった。


「右眼を狙いたいの……でも、私、剣を扱ったことないから……」

「右眼?」

「うん。右眼の奥に、微かに光るものが見えたの。多分、右眼の奥に核があるはず」


ジルは魔竜をじっと見つめ直す。

真剣な眼差しが、一瞬鋭く光った。


「……確かに。言われてみれば……」


それくらい、見抜くのが難しい位置にある。

魔物と関わったことのない私が気づいたのは、奇跡だった。

いや、違う。


──これは、ただの直感じゃない。


心の奥底で、誰かに教えられたような感覚。


「俺が奴の右眼に剣を突き刺す。

ミラは少しだけ魔力を残して、俺を奴の目の前まで魔法で上げてくれないか……?」


「けど……!」


下を見ると、ぽたぽたとジルの血が落ち、小さな血溜まりを作り始めている。

痛々しくて、目を背けたくなるほど。


「ジル、血が……!」

「大丈夫だ。生きてることすら奇跡みたいなもんだ。それに、ミラが癒してくれたからだいぶ楽だ。これくらいじゃ死なない」


──嘘よ。


本当は、立っているのすらやっとなはず。

それなのに、無理をして笑うなんて……。


ジルに無理をさせたくない。


けれど、私じゃ剣の技術が足りない……

もう、任せるしかないのね。


「……わかったわ」


そう返事をした直後、魔竜の口が黒く光り始める。

消耗しているはずなのに、再び魔力を溜めようとしている。


──攻撃が来る……!!


「ミラ! 今だ! 頼む……!」


ジルの切迫した声が響く。

私は剣をジルに渡し、すぐに浮遊魔法をかけた。


──スピード勝負……!!



魔力を込め、ジルの体を浮かせる。

勢いよく、魔竜の右眼の前まで。


同時に、魔竜が口を開き、漆黒の光を溜めた攻撃を放とうとする。

ジルを迎え撃つように、鋭い爪が振り下ろされる。


──間に合わない……!


だけど、ジルは迷わず一直線に飛び込んだ。


「……っ!!」


剣を逆手に握り、渾身の力で突き刺す。


「グルルルルルル……! グオオオオオオオオン!!!」


魔竜の悲鳴が轟く。


ジルの剣が、魔竜の右眼に深く突き刺さった。


全身に力を込め、さらに奥へ、奥へと押し込む。

魔竜は巨体を震わせ、暴れ狂いながらも、鋭い爪を振り上げ、ジルを引き裂こうとする。


──だめ……このままじゃ、ジルが……!!


その瞬間だった。


魔竜の右眼から、眩い光が漏れ出す。


──核が……割れた……!!


光の波動が洞窟内に広がる。

同時に、私の体から魔力が完全に切れた。


──っ……!


力が抜ける。


そして、目の前で、ジルが力なく落ちていく。


「ジル……!!!!」


手を伸ばしても、届かない。

彼は、受け身を取ることもなく、地面に叩きつけられた。


──もう、気を失っている……!


私は、よろめきながらも、必死にジルの元へ駆け寄る。

視界がぼやけ、意識が遠のきそうになる。


その背後で、魔竜の巨体が、右眼を中心に崩れ始めた。

体が、音を立ててボロボロと崩れ、塵へと変わっていく。


──勝ったんだ……。


やっと、終わったのね……。


そう思った瞬間、急に体が重くなり、膝が崩れる。


「ジル……」


彼の血まみれの顔を最後に目に焼き付けながら、私も、隣で力尽きるように倒れ込んだ。


そして──


意識が、ふっと途絶えた。



◇◇◇


闇の中で出会ったもの


真っ暗闇。


まるで、懐かしい悪夢の中に迷い込んだかのような感覚だった。


けれど、それほど恐ろしくはない。

なぜなら、私の手を誰かが強く握っているから。


「ミラ」


優しく、けれどどこか力強い声がする。


「ジル……?」


ぼんやりとした意識の中で、声の主を探すように視線を彷徨わせる。

暗闇の中、彼の顔だけがはっきりと見えた。


「ここ、夢……? 私たち、勝ったんだよね……!?」


私はすがるようにジルを見つめる。

彼がそばにいるなら、ここがどこであろうと安心できる気がした。


ジルは少し微笑み、静かに頷く。


「ああ、勝ったよ」


その言葉を聞いた瞬間、身体の奥底から安堵が押し寄せた。

本当に、終わったんだ。


──そう思った、次の瞬間。


「お前ら、まさか本当にやるとはな……」


ゾクリと背筋を撫でる声が響く。


目の前に、突然 もう一人の私 が現れた。


「え……!? 私……!?」


まるで鏡を見ているかのように、私と同じ顔をした存在が、そこに立っている。

動揺する私とは対照的に、ジルは全く表情を崩さず、その”もう一人の私”をじっと見つめていた。


「願いの魔女……お前の力がなければ死んでいた。本当に助かった」

「願いの……魔女……?」


(え、じゃあ───)


私が疑問を抱くよりも先に、その”私”は軽く肩をすくめるように笑った。


「違う。お前たちが古代魔竜を倒したから、二人ともこれから生きていけるんだ」


──え? どういうこと?


戸惑う私をよそに、魔女は言葉を続ける。


「ミラ、願いの力で思考が読まれているんだ」


ジルがそう説明するが、それよりも魔女の次の言葉が私を驚かせた。


「ふんっ、ミラリスのことは読まなくてもわかる。ずっとお前のそばにいたんだからな」

「……私の、そばに……?」


その言葉に、私は思わずジルの方を振り返る。

だけど彼は、特に驚いた様子もなく、むしろすべてを知っているかのように静かに頷いた。


「まあ、細かいことはこの男に聞け。大体のことは説明してある」

「ジル……? まさか、古代魔竜を倒せば私たちが生きていけるって、最初から知っていたの?」


すると、ジルは少しだけ目を伏せ、静かに言った。


「ああ……この世界の魔力量は決まっている。俺が死ねば、ミラや両親の命が助かることも……ミラから聞く前から知っていた」


「え……」


「でも、俺以上の魔力量を持つ、まだ寿命を迎えていない魔物を倒すことで運命を変えることができれば……そう考えたんだ」



彼は、最悪の選択をしないために、ずっと考え続けていたんだ。


「まあ、失敗する可能性もあったがな……」


ジルは軽く笑ったが、その言葉の裏にどれほどの覚悟があったのかを思うと、胸が締め付けられた。


そんな私の心を見透かすように、魔女はじっと私を見つめた。


「お前たちが運命を変えられたのは、お前たちの願いが強く、努力し、諦めなかったからだ。私は、それに少し手を加えただけだ」


その瞳は、私自身のものと同じはずなのに、どこか家族のような温かさを感じさせるものだった。


「お前の心も体も、死なずに済んだことが何よりも嬉しい……」


魔女の声が、少しだけ震えた気がした。


「私は、お前に入り込んで、お前の運命を感じていた。どの未来に進んでも、お前は不幸になると思っていた。でも、まさかこんな形で変わるとはな」


「私に……入り込んで……?」


言葉の意味を完全に理解できず、私は困惑した表情でジルを見る。


「……あとで説明するよ」


彼はすぐに察し、優しくそう言った。


「ミラリス、お前の判断が良かった。この男は古代魔竜と戦うことを考えると……“俺が死んだら他の男とミラリスが~”とかなんとか、能力の力を弱めまくってたんだ。本当に死ぬところだったぞ?」


「おい! あんまり余計なことを言うな……!」


ジルが赤くなりながら、慌てて魔女の言葉を遮る。


……本当にもう……。


「お前がこの男を強く思い、追いかけてきたことが良かった。さすが、私の妹 だな」


「……妹……?」


頭が混乱する。


どういうこと?


「ふっ、後にわかる。とにかく、ミラリス……お前の寿命は無効になった」


魔女は少しずつ透けていく。


「私は、いつでもお前のそばにいる。死ぬまで」


──待って。


まだ聞きたいことがたくさんあるのに。


でも、魔女は最後に微笑み、静かに告げた。


「幸せになれ……気を強く持ち、強く願え。そうすれば、大抵のことは大丈夫だ」


そして、完全に消えてしまった。


その瞬間、私は目を覚ました。

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