第48話 間に合った
───ジルは生きている。
私は震える指先でジルの口元にそっと触れ、耳を寄せた。
──かすかに、息がある。
その瞬間、喉の奥から熱いものがこみ上げてきた。
(よかった……間に合った……!)
安堵と同時に、込み上げる焦り。
まだ終わりじゃない。ここで立ち止まるわけにはいかない。
「ジル、今、治すから……」
私は震えそうになる手を押さえつけ、魔力を流す。だが──
グオオオオオオオオッ!!
地響きのような轟音が洞窟内に響き渡る。
瞬間、視界が揺らぐ。
地面が震えている──!?
「……っ!」
私は反射的に手をつき、体勢を立て直す。
見ると、古代魔竜がゆっくりとその巨大な身体を持ち上げていた。
黒曜石のような鱗が鈍く光り、黄金の瞳が鋭く私を見据えている。
(やばい……)
私の魔力を感知したのか。
それとも、ただの偶然なのか。
でも、違う。これは───意思を持った行動だ。
魔竜は、明らかに敵意を向けている。
「……でも、大丈夫」
私はジルの傷だらけの身体を抱きしめながら、必死に冷静さを保とうとする。
──古代魔竜は、確かに強大な存在だ。
でも、ジルがここまで戦ったことで、確実に消耗している。見れば、翼は裂け、体のあちこちが傷つき、呼吸も荒い。
今なら……私にも、倒せるかもしれない。
──浮遊魔法を使ってジルを連れて逃げる?
でも、それで本当にいいの?
ジルがこんな状態になってまで倒そうとした相手を、ただ見逃していいの?
魔竜は知能が高い。
もし生き延びて回復してしまえば、必ず私たちの匂いをたどって追いかけてくる。……それだけじゃない。
私は何かを感じていた。
なぜ、ジルは討伐隊を連れず、急に一人でここまで来たの?こんなにも早く動いたの?
理由は分からない。
けれど、一つだけ確かなことがある。
私が、ここで決着をつけるしかない……!
「……ごめんね、ジル。少し我慢して」
私はジルの傷に手をかざし、治癒魔法を施す。
でも、全ては癒さない。今の私には、これからの戦闘に備えて膨大な魔力が必要だ。
だから、ジルが死なない程度に、大きな傷や内臓の損傷だけを塞ぐ。
ジルの顔色がほんの少しだけ良くなるのを確認すると、私はそっとその場に彼を横たえた。
「待ってて。必ず……終わらせる」
そして、私は立ち上がる。
───魔竜の前に、たった一人で。
目の前の魔竜は、私の何百倍もの大きさを誇っていた。
その圧倒的な存在感に、思わず足がすくみそうになる。
(……怖い)
心臓が高鳴る。
冷たい汗が背を伝う。
でも、やるしかない。
私は震えそうになる指先に力を込める。
──私には、魔術よりも魔法のほうが向いている。
だったら、全力で叩き込むまで。
私は、ありったけの魔力を火魔法に注ぎ込む。
手のひらから生み出される炎は、今までにないほど膨れ上がり、周囲の空気を灼き尽くすほどの熱を帯びていた。
ゴオオオオオオッ!!
赤と金の閃光が洞窟を照らし、猛々しく燃え盛る炎が、一直線に魔竜へと襲いかかる。
───私にできる最大限の灼熱の魔法。
魔竜の咆哮───
「グアアアアアア!!!」
魔竜が苦しげに吼える。
炎が、確かに効いている。
だが……
──傷口に炎が染みた程度?
それだけ……?私は、息を呑む。
(ジルはこれほどの敵を相手に……)
……いったい、どうやってこの魔竜をここまで追い詰めたの!?
心臓がバクバクと音を立てる。
魔竜の黄金の瞳が、私を射抜くように光る。
まるで「お前では勝てない」とでも言いたげに。
(違う)
私は、ここで負けるつもりはない。
いや——負けられるわけがない。
全身に駆け巡る恐怖を押し殺し、私は魔竜を見据えた。
どうすれば、あの巨体に打撃を与えられる?
(考えろ。何かあるはず……)
魔竜の動きを観察していると、不規則に光を反射する瞳がふと目に留まる。
ただの光の加減ではない。
……ああ、そこね。
魔物の中には、心臓のような役割を果たす「核」を持つものがいる。
それは通常、胸や腹部にあるものだが——
この魔竜の場合、核は右眼の奥にある。
心臓を貫くより、首を落とすより、核を破壊する方が手っ取り早い。
私は息を整え、素早く周囲を見回した。
そして、倒れたジルの傍に転がっている剣に気づく。
(ジルの剣……!)
急いで駆け寄り、柄をしっかりと握る。
冷たい金属が手の中に馴染むと同時に、微かに魔力が反応した。
この剣はただの武器ではない——魔道具だ。
私は剣に魔力を込め、淡く輝く刃を見つめる。
これなら、核まで突き刺さる!
しかし、今のままでは剣を投げても届かない。
私は剣を構えながら、魔竜がジルによってつけられた傷をもう一度狙い、
炎の魔法を放つ。
ゴオオオッ!!!
私の炎がジルの攻撃跡に燃え広がる。
魔竜は苦痛に吠え、暴れまわった。
(今だ!)
私は力の限り剣を投げる。
だが、私の筋力では到底届かない。
私はすかさず風魔法を発動させ、
風の刃を操るように強烈な気流を生み出し、剣を押し上げた。
狙いを定め、右眼へ——
しかし——
シュンッ……ッ!
刃は魔竜の頬を掠めるだけで、深々と突き刺さることはなかった。
——外した!?
悔しさが一瞬脳裏をよぎった、その時だった。
「グオオオオオオオオッ!!!!!」
魔竜が怒り狂い、口を大きく開いた。
次の瞬間——
黒炎が奔流となってこちらへ襲いかかる!!
(しまった……避けられない!)
本能が死を悟り、全身が硬直する。
(ここで、おしまい?)
そう思った瞬間——
指輪が、光った。
(ジルから貰った指輪が……!)
パァァァァンッ!!!
眩い光と共に、私の身体を包む魔力の障壁が発生した。
黒炎はその障壁に弾かれ、逆流する。
(跳ね返った!?)
魔竜は自ら放った黒炎をまともに受け、
その巨大な顔面に焼け爛れるような炎を浴びた。
「グアアアアアアッ!!!」
轟音のような悲鳴を上げ、魔竜はよろめく。
その一瞬の隙を逃すわけにはいかない。
私は剣が落ちた場所へと猛然と駆け出した。
だが——
ズシンッ!!!!!!
魔竜の巨体が揺れ、私を潰そうと脚を振り下ろす。
「くっ……!!」
私は全速力で駆け、跳び、転がる。
踏み潰されれば、ひとたまりもない。
巨大な爪がすぐ背後に迫る中、私は剣を見つけた。
(はやく……!)
私は無我夢中で手を伸ばし、浮遊魔法を発動。
剣が、宙を舞い、私の手へと戻る。
私はすぐさま立ち上がる。
ずっと、こんな全力で魔力を込め続けることはできない……
最大限に魔力を込めてこの剣を投げたら残り二発……いや一発で決めるしかない。
私は強くジルの剣を握った。
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