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第45話 報せ

真夏の休日。私の寿命まで残り二ヶ月……


じりじりと焼けつくような陽射しが地面を照りつけ、木々の葉がかすかに揺れる。虫の鳴き声が響く中、空気は妙に重く、どこか淀んでいた。


──今日、ついに国民へ告げられる。


「古代魔竜が近々目覚める可能性がある」


これまでは高位貴族や特別討伐部隊の者たちだけに知らされていた情報だった。

公爵家や一部の侯爵家には既に伝えられ、彼らはそれぞれ対策を講じている。けれど、それ以外の人々は未だ何も知らず、今日も普段と変わらぬ一日を過ごしていることだろう。


だが、明日からは違う。

きっと、世界が変わる。


──そんなことを考えながら、私は今日もジルの居室で過ごしていた。


リアちゃんと一緒に、静かに時を待ちながら。


「ミラちゃん、みんな……どんな反応をするのかしらね……」

リアちゃんがソファに腰を下ろし、窓の外を見つめながらつぶやく。

彼女の手にした紅茶は少しも減っていなかった。


「……あまり混乱が起こらないといいけど」

私もカップに口をつけながら、けれど落ち着かない気持ちで言葉を返す。


──魔竜の目覚めの可能性の通告。


それと同時に、すでに進められている対策も発表されることになっている。


発表される主な三つの対策


一つ目──王立魔術学園の元生徒、ならびに現生徒のうち「赤制服以上」の者たちを魔竜討伐の第一線に立たせること。

これは、ジルの異様に高い魔力があってこそ可能となった策だ。過去のどの時代でも古代魔竜に対抗できた例はなく、勝てる可能性がわずかでも存在するだけで「奇跡」だった。


二つ目──魔術学園と王城の地下を避難場所として解放すること。

しかし……どこにいようと魔竜の襲撃から完全に逃れられるわけではない。

あの巨大な魔竜の前では、王城すらただの紙の城に過ぎない。地下に避難しても、上から潰される可能性は十分にある。


三つ目──魔竜が去った後の補償制度。

魔竜や、それに引き寄せられてくる魔物たちの影響で、家や財産を失う者は数知れないだろう。そのため、国が補償を約束した。

──けれど、それは『()()()()()()』の話だ。


どれほどの貴族が財を積もうとも、どれほど身分が高かろうとも──

この戦いにおいて100%の生存は保証されない。

それほどの脅威が、もうすぐこの国に訪れようとしている。


そして今日。

この事実が全国民に向けた手紙として届けられる。


「明日は……どんな日になるのかしら」

リアちゃんが、小さく息を吐きながらつぶやく。

それに私は答えられなかった。


──明日、国はどう変わるのか。


それは、明日になってみなければわからない。


◇◇◇


次の日。私は王都の街へ出向いた。


──そこは、まるで別世界だった。


「……静か……」


あの王都が、まるで息を潜めるように沈黙していた。

“眠らない街” とまで言われたこの場所が、今はまるで終焉を迎えたかのようにひっそりとしている。


開いている店はほんの数軒。

人影もほとんどない。


私は足を止め、唯一まだ店を開いていた果物屋の男性に声をかけた。


「あの……他のお店は……?」


男はカゴの中のリンゴを眺めながら、低い声で答えた。


「ああ……みんな、大切な人と残りの時間を過ごすために店を閉めたんだよ」

「え……?」

「俺みたいに金がないやつは、店を閉められねえ。それに、他の店を開けてる連中も同じさ……」


男の瞳は、まるで光を失ったようだった。


──まだ、時間はあるというのに……

発表されてたった一日で、人々の生活がこんなにも変わるなんて。


「でも……仕事をしなければ、大切な人たちとの生活もままならなくなるでしょう?」


そう絞り出すように言った私に、男はただ苦笑した。


「それもそうなんだけどな……」


彼の言葉の続きを、私は聞くことができなかった。


──皆、すでに ()()()を感じている。


昨日までと何も変わらないはずなのに、今日から世界の色が違って見える。

街には活気がなく、言葉を交わす者もいない。

ただ、沈黙と絶望だけが漂っていた。


私は唇を噛みしめると、強く拳を握りしめた。


──このままじゃ、だめだ。


人々の心がこれほどまでに折れてしまったのなら……

誰かが、強く在り続けなければならない。


「馬車を出して……王城へ向かうわ」


私はすぐに馬車へと駆け込む。


──ジルなら、どうする?

──王は? 貴族たちは?


心の中で問いながら、私はひたすらに王城を目指した。


◇◇◇




馬車が止まると同時に、私は扉を開けて駆け出した。


焦燥感に胸を締め付けられながら、長い廊下を足音も高く進む。

大理石の床に響く靴音が、やけに大きく感じた。


──どうしても、話をしなければならない。


王城の使用人を見つけるや否や、私は声をかける。


「特別討伐部隊はどこに?」


使用人は一瞬戸惑ったように私を見つめた。

けれど、すぐに丁寧な口調で言葉を返す。


「カルバン侯爵令嬢、特別討伐部隊には混乱を防ぐためご案内することを禁じられています」


「そんな……!」


思わず息を呑む。

──考えもなしにここへ来てしまった。


当たり前だ。

特別討伐部隊は国の未来を握る存在。

無関係の人間が首を突っ込めば、噂が変な形で広まりかねない。


私は唇を噛み締め、ギュッと拳を握る。


──このままでは、国民の生活が回らなくなってしまう。

何か、私にできることがあるはずなのに。


その時、使用人が少し考え込むような素振りを見せた後、静かに言った。


「個人的に討伐隊員をお呼びすることなら可能ですが……」


──なら、決まっている。


「ジルベール! ジルベール・エルヴァン様をお呼びください!」


彼の名を口にするや否や、使用人は一礼し、すぐにその場を後にする。


◇◇◇


応接間へ通されると、私はソファに腰を下ろした。


けれど、じっと座っているだけでは焦燥感が募るばかりで、何度も指先を握ったり開いたりした。


──今の私に何ができる?


魔法を使って、何か国の役に立てることはないのか。


浮遊魔法……?

物流に活用できるかもしれない。

けれど、遠い街へ届けるには限界があるし、何より国中の物流を私ひとりで担うなんて不可能だ。


治癒魔法……?

けれど、今すぐ必要な場面はない。

負傷者が出るのは、おそらく戦いの後。


火?風?水?魔術で使える……

私でなくても、できることばかりだ。

ならば……


──結界魔法。


王都全体に張ることができれば、せめて被害を最小限に抑えられるかもしれない。

本当なら、古代魔竜の住む森以外すべてを守りたい。

けれど、そこまで魔力が持つかどうか……


────その時だった。


勢いよく扉が開く音がした。


「ミラ!」


低く、けれど明確に私を呼ぶ声。


──ジル!


私は弾かれたように立ち上がり、迷いなく彼の胸へと飛び込んだ。


「ジル、ごめんなさい! 邪魔してしまったかもしれないけど……」


彼の手をぎゅっと掴む。

彼の温もりが、焦燥で冷えた指先をわずかに温めた。


「街を見に行ったの……もう人がほとんどいなくて、店も閉まっていて……このままじゃ国民の生活が回らなくなるわ」

「……ああ、いまさっき聞いたよ。予想より酷い事態だ」

「それで……私、混乱してここに来たの。何か私にできることはないかって考えて……」


私はジルから少し距離を取り、再び冷静に魔法を使う。


椅子と机に手を向け、意識を集中させる。

普段よりも深く想像し、魔力をより多く流し込む。


すると、机と椅子の周囲に、ドーム状の結界が現れた。


ジルは驚いたように目を見開く。


「これは……」

「結界魔法。王都全体に張るの。本当は、古代魔竜の住む森以外、すべてを守りたいけれど……流石に魔力が尽きてしまうかもしれないわ」


その瞬間。


「ダメだ」


ジルの低い声が、私の言葉を断ち切った。


「……どうして? 私が魔竜が目覚めるまで、生きていられるかわからないから?」


顔を伏せながら、必死に問いかける。


けれど、ジルの返答は違った。


「違う……ミラが、この戦いの道具にされてしまうからだ」

「え……?」


ジルは悔しそうに、苦しげに眉を寄せた。


「実は、かなり前からミラの魔法を活用しようという話が出ていた。女が魔物討伐や戦争に加われないというルールがあるにも関わらず、皆、ミラを “()()()” のように扱おうとしていたんだ」

「……」

「本来なら、『赤制服以上』以外に『()()使()()・ミラリス・カルバン』の名も討伐部隊のリストに加わる予定だった」

「じゃあ……なぜ──」

「俺が、させると思うか?」


彼の瞳が、鋭く私を射抜いた。

その眼差しが、今までで一番冷たく感じた。


「必要なら、魔竜が起きる前の対策だけでも協力を……」

「それだけで済むとは思えない。一度協力してしまえば、君は国にとって便()()()()()になる」

「そんなの──」

「もし、俺がいなかったら誰が止めるんだ? 君の父はこの策に賛成し、許可を出したんだぞ……!」


ジルが珍しく、声を荒げる。


私は……何も言えなかった。


ジルのほうが、私よりも、私のことを考えてくれていた。


「ごめんなさい……」

「いや、ミラは何も悪くない。大きな声を出して悪かった」


彼はそっと私を抱きしめる。


その温もりに触れた瞬間、緊張がほどけ、涙が零れ落ちた。


「私、焦っちゃって……」

「いや、ありがとう。おかげで決心がついたよ」


ジルは私から体を離すと、両手で肩を掴み、微笑んだ。


「今夜は、朝までたっぷり抱かせてくれ」


「えっ───!?」


いきなりの言葉に、思考が止まった。

顔が一気に熱くなる。


「ちょっ……ジル、今の流れでそれは……!」

「気を落ち着けるには、これが一番だろ?」


彼はからかうように笑いながら、私の手を優しく取った。


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