第40話 あなたに捧げる
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なぞられる指先の動きが、くすぐったいようでいて、甘く痺れる。
身体が小さく震え、胸の奥がじわじわと熱を帯びていくのを感じる。
(このまま……進んでもいいかも……)
ジルの手は、まるで私の意志を確かめるように慎重で、それでも熱を孕んでいた。
応えなきゃいけないのに、言葉がうまくまとまらない。
甘い雰囲気に溺れそうになりながら、私は必死で考える。
子供のこと、これから先の私の運命のこと、自分の欲望……そして、ジルの気持ち。
どれもまだ答えが出ないけれど、少なくとも今、私は──
「ジル……」
掠れた声で呼ぶと、ジルの手がふと止まり、柔らかく私を見つめた。
「私は、ジルとこのまま先に進みたい……」
「うん」
「子どものことも、ジルの子供なら……私は、できても嬉しいの……」
「うん」
「だけど、私は死んでしまうかもしれない運命で……もし、赤ちゃんができたら……その子も死んでしまう……」
私の不安を正直にぶつけると、ジルは迷いなく言った。
「死なないよ」
その言葉には、“俺が守る” というような決意ではなく、まるで当たり前の事実を告げるような確信があった。
「え……? それって──」
続きを尋ねようとした私の唇に、ジルはそっと指を当てる。
「助かる方法も、魔女の力の借り方も、全部大丈夫だから」
「……どうして?」
「そんなことより……」
ジルは私の頬を優しく撫でながら、ふっと微笑んだ。
「俺とこのまま終わる理由、ある?」
誤魔化されたと気づいたけれど、ジルの真剣な眼差しを見ていると、それ以上問い詰めることはできなかった。
(ない……あるわけがない。ジルに私の全部を捧げたい)
「……私の全部を、ジルにあげる」
この世界では、女性は控えめにあるべきだと言われている。
キスも愛し合う行為も、“求める” のではなく、“されるがまま” が正しいと。
でも……そんなの、どうだっていい。
私は、ジルを求めたかった。
触れてほしいと、心の底から願った。
何度も、何度も、私はジルにキスをねだり、肌を重ね、彼に触れられるたびに身を震わせた。
ジルの大きくて温かい手が、私の肌を優しくなぞる。
時に愛おしそうに摘み、焦らすように擦る。
そのたびに、私は敏感に反応し、甘い声が漏れた。
やがて、痛みと快感が混じり合いながら、私は初めてを迎えた。
私の大好きな人に、私のすべてを捧げることができたのだ──
◇◇◇
(あれ……? 私、また眠ってた?)
まぶたが重く、ぼんやりと視界をさまよう。
ゆっくりと目を擦ると、ふわりとシーツが肌を撫でた。
カーテンの隙間からは、静かな夜の光が漏れている。
月明かりが部屋をぼんやりと照らし、昨夜の出来事を思い出させる。
(ジルと……したんだ)
そう思った瞬間、全身がじわりと熱を帯び、頬がかあっと赤くなるのが分かった。
(恥ずかしい……)
ふと横を見れば、ジルの姿はない。
彼がどこへ行ったのかも分からないまま、私は裸のままシーツにくるまり、どうしようかと迷う。
──ぎゅるるる……
「……っ!」
お腹の音が、静寂の中で響いた。
(そ、そういえば……丸一日以上、何も食べていない……!)
誘拐され、魔力を奪われ、あれこれあって……食事のことなんて気にする余裕もなかった。
(でも……服がない……!)
このまま部屋を出るわけにはいかないし、ジルが戻ってくるのを待つしかない。
私はシーツをきゅっと抱きしめながら、ぼんやりと月を見つめていた。優しい光が窓から差し込んで、その冷たい光の中に、ジルの温もりを感じていた。彼が眠っている間に触れた肌の温もりが、今も私の中に残っているようで、胸がぎゅっと締め付けられる。
(なんだか、まだジルを感じていたい……)
そんな思いが、シーツを抱きしめる手に力を込めさせた。私は、もう一度、愛しい人を想った。
「ミラ……」
その声で、私は我に返った。ジルが戻ってきたのだ。外は真っ暗だと言うのに、彼は軍服を着ている。その姿を見ただけで、私は何となく察してしまった。
「大きいの魔物が出たのね」
「ああ、悪いミラ……」
ジルの顔には、私が予想した通りの寂しさが漂っていた。彼は私を守りたくて、私のためにこの国のために戦うけれど、こういう時に限って、本当にタイミングが悪い。初めて体を重ねた夜に魔物が現れるなんて、運命の皮肉というべきか。
けれど、彼は私を守るために約束を果たさなくてはならない。国民や兵士たちの命もかかっている。私がどれだけ彼を必要としても、彼が私を守ることは、その上での義務でもあるのだろう。
「怪我に気をつけて」
私は、シーツにくるまりながらも立ち上がり、ジルに軽くキスをした。触れた唇の温もりが、ほんの少しでも彼を感じられるような気がした。
ジルはそのキスに少しだけ安心したようで、私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「いってきます」
そう言って、彼は部屋を出て行った。その背中が見えなくなるまで、私はその姿を見送った。
ジルが扉を閉めると、すぐにカーラがやってきた。まるで何も知らなかったかのように、サッと私の元に駆け寄り、優しく私を見つめていた。
「カーラ、ありがとう」
私は言葉を重ねて、心から感謝の気持ちを伝えた。カーラは何も言わず、私の支度を整えながらも、すぐにその意図を察して黙々と手伝ってくれた。
「ミラリス様は坊っちゃんの大事な方ですから、当たり前のことです」
その一言だけで、彼女の気持ちが伝わる気がした。言葉少なでも、その深い思いやりが、私にはとても嬉しい。
カーラは続けて、私に食事のことを尋ねた。
「お食事の準備は出来ておりますが、お体が辛い様ならこちらにお運びします。どうなさいますか?」
確かに、魔力は完全に回復していないものの、ひとときの休息を取ったおかげで体調は少し良くなっていた。けれど、ひとりで食事を取るよりも、リアちゃんもいるだろう食卓に行きたいという思いが勝った。
「運ばなくて大丈夫よ、案内してもらえる?」
「かしこまりました」
そうして、カーラがサポートしてくれる中で、私はジルからもらった新しいドレスを身にまとい、再度髪型を整えてもらい、ダイニングルームに向かった。
(リアちゃん、いるかな……)
少し胸が高鳴りながら、私はダイニングルームの扉が開くのを待った。カーラが扉を開けると、部屋の中がふわりとした温かい空気で包まれているのが感じられた。
「ミラちゃん……!」
リアちゃんが私を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。その元気な声に思わず心がほっと温かくなった。
私の足が一歩、また一歩と前に進む。片脚が軽く出た瞬間、すぐに私の体が止まった。
そして、目の前に現れたのは――
「あなたがミラリスちゃんね……」
「これは、聞いていた通り可憐なお嬢さんだな」
その声に、私は驚き、振り向いた。なんと、そこに立っていたのは、ジルの父、そして母――公爵夫妻だった。
心臓が一瞬、跳ね上がった。
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