第3話 知らぬ間に変えた運命
アラン殿下と婚約ですって!? そんなの断罪ルートに片足突っ込むようなものじゃない!
「有難いお話ですが、私にはアラン殿下は勿体ないですわ。陛下からのお褒めの言葉で十分でございます」
「はははっ、お前ほどマナーができて賢い子供はなかなかいない。未来の王妃に相応しいと思ったんだがな……。欲しいものがないのなら、いつかできたら伝えてくれ。もう少し大人になれば変わるかもしれないからな」
「お心遣い感謝いたします」
――こうして、私は無事に婚約を回避した。
王都の流行病、ガルガン病の終息から二ヶ月が経ち、街には再び活気が戻っていた。
「アン、馬車を降りて少し周りましょう」
「そうですね。ミラリス様のおかげで戻ってきた活気ですから、楽しみましょう」
活気に満ちた王都の街。私はお兄様や侯爵家の使用人たちへのお土産を買い、本屋や花屋で一目惚れしたものを手に入れた。とても充実した時間で、あっという間に日が傾き始める。
「アン、付き合ってくれてありがとう。そろそろ馬車に戻りましょうか」
「はい!」
両手いっぱいに紙袋を抱えたアンのポニーテールが楽しげに揺れている。
そんな穏やかな空気が一瞬にして崩れたのは、その時だった。
ドンッ――!
突然、左肩に衝撃を受け、私は建物の壁にぶつかった。
「ごめん! 怪我はない!?」
目の前には、サファイアのように美しい瞳をした少年が立っていた。
「大丈夫です。そちらこそ、怪我はありませんか?」
「怪我……はあるけど、今ぶつかってできたものじゃないから大丈夫」
そう言って彼はヘラヘラと笑いながら、右手で押さえていた左手の甲を私に見せた。
全然大丈夫じゃないじゃない!
見せられた手は深く抉れており、血が止まっていない。それをハンカチ一枚で軽く押さえているだけだった。
「ほら、手を貸して! どうしたらこんなことになるの?」
「あ、うん……?」
少年は素直に私に手を差し出す。私はそっとその手に触れ、傷が縫い合わさるようなイメージで魔力を込めた。
――ペリドットのような緑の光が手の甲を包み込み、傷が消えていく。
「え……? これは魔法?」
少年がぽかんとした顔で自分の手を見つめる。
「あっ……お願い、内緒にして。本当は魔法は12歳まで使っちゃいけないのよね……」
「いや、でも……内緒にするもなにも、もう人が集まってしまっているよ?」
「……え?」
彼の言葉にハッとして周囲を見渡すと、大人たちがざわざわとこちらを見ていた。
そんなに大事なことなの……?
私は自分が悪いことをしてしまったのだと思い、俯く。すると、少年がそっと私の手を取った。
「治してくれてありがとう。君は魔法使いなの? それとも魔女?」
「え……私は普通の子供よ。ただ、少し早く魔法を使ってしまっただけ……」
「この世界に”魔法”はないはずだよ」
「……え?」
「この世界にあるのは”魔術”。魔法なんてものは存在しないよ」
「そんな……!?」
――知らなかった。
普通なら12歳で魔力測定を受け、そこで魔力量に応じた”魔術”の勉強を始めると教えられる。
だが、私の両親は私に興味がなく、そんな話をしたことはなかった。
つまり、私が使っていたのは”魔術”ではなく”魔法”……?
「ミラリス様!? どうなさったんですか! 心配しました、もう暗くなります。馬車に急ぎましょう」
アンが私を探しに戻ってきた。私は少年にお礼を言い、一刻も早くこの場を離れようとした。
「大切なことを教えてくれてありがとう。それでは失礼します」
「待って、君の名前は?」
「ミラリス・カルバンですわ」
「俺はジルベール・エルヴァン。怪我を治してくれてありがとう。また会おう」
――ジルベール・エルヴァン!?
悪役公爵になるはずのヒロインの弟!?
馬車に戻った私は、青ざめながら頭を抱えた。
この国では爵位は男性しか継げない。作中では、ジルベールの両親はユラギス草が発見される前に亡くなり、若干12歳の彼が公爵家を継ぐことになる。そして姉のリアラと共に公爵家を守るうちに、彼は姉に恋慕するようになっていくのだ。
だけど、私が物語よりも早くユラギス草を発見したことで――
もしかして、彼の両親は生きている!?
私が見た彼は、普通の子供だった。姉への異常な執着を抱える”悪役公爵”ではなく、ただの少年――。
「ミラリス様……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわ……。侯爵家に着いたら、少し一人にして」
馬車の中で震える手を抑えながら、私は確信した。
この出会いが、私の未来を大きく変えることになる。