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悪役令嬢に転生したら、もう一人の悪役に溺愛されすぎて逃げられません!  作者: 朝姫奈
第三章

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第37話 前世の真実



──歌が聞こえる。

どこかで微かに響く、低く囁くような歌声。


懐かしい旋律。前世で流行っていた、狂気に満ちた重い愛の歌。

誰かを求め、焦がれ、壊したくなるほどの愛を唄うその歌が、静かに私の鼓膜を震わせていた。


頭がぼんやりする。

身体がだるい。まるで鉛のように重く、思うように動かない。


(……どうして?)


まぶたを必死に持ち上げると、視界に広がったのは──白い天蓋付きのベッド。

……そして、違和感。

両手首、両足首にひやりとした金属の感触が伝わる。


──鎖。枷が嵌められている。


「────っ!」


思わず息を呑み、跳ね起きようとした瞬間、ガチャンと冷たい音が響いた。

(……嘘。……どういうこと?)


焦りと恐怖が一気に膨れ上がる。

まるで獲物のように囚われた、この状況──。


(そうだ、私……攫われて……!)


「おはよう、美蘭ちゃん」


低く、ねっとりとした声が耳元で囁いた。

びくりと肩を震わせて顔を向けると、薄暗い部屋の中で私を覗き込む男の姿があった。


──リンネ伯爵。


その瞳は、どこか陶酔するように細められ、熱を孕んで私を映している。

彼の背後、薄暗い壁には──私に似た姿絵がいくつも掛けられていた。


(……気持ち悪い……!)


「やっぱりあなたが……ここはどこ? それに、私の名前はミラリスよ」


私が強く睨みつけながら言い放つと、彼は薄く微笑み、楽しそうに首を傾げた。


「君は美蘭だよ。忘れてしまっているの? 前世の記憶を。」


──っ!!


一瞬、頭が真っ白になった。


(前世……?)

(やっぱり……さっきの歌……そうよね……)


「……あなたも、前世の記憶を持っているのね?」


そう問いかけると、リンネ伯爵は喉を鳴らし、不気味な声で笑った。


「ふははは、本当に困ったよ。訳の分からない世界でガキからやり直してさ、魔術だの貴族制度だの、わけがわからねぇ」


彼の目はどこか遠くを見ていた。

──まるで、長い時間をずっと耐えてきた人間の目。


(この人……私より先に転生していたの……?)


「前世の私のことを、知っているのね?」


恐る恐る問いかけると、彼の目が異様な光を宿した。

そして、陶酔するように微笑み、囁く。


「美蘭ちゃんは、俺が世界で一番よく知っているよ。」


その瞬間──彼の声色が変わった。


「早瀬美蘭。私立白北学園、二年A組、出席番号二十五番。家族構成は、父、母、兄、キミ、妹の五人家族」


「高校二年生、秋の身体測定……身長162センチ、体重48キロ、下着のサイズはC65、足のサイズは24センチ──」


「やめて……っ!」


喉の奥がひりついた。

叫びたくても声が震えて出てこない。


(なんで……? どうして……そんなことまで──)


「仲のいい友達は、河原えなと崎口奏美。」


淡々と並べられていく情報。

一つ一つが、私の記憶を引きずり出していく。


(……そうだ……ママ、パパ……奏斗にぃ、梨沙……)


なぜ、忘れていたんだろう。


涙が溢れる。


(忘れたかったんだ……思い出したくなかったんだ……)


私が死んだことを知ったら、どんなに悲しむか……。

想像するのが怖かった。


リンネ伯爵はそれからも楽しげに、私の過去を語り続けた。

まるで、愛おしい物語を紡ぐように。


──そして

彼の声色が変わったのは、最後の情報を語る時だった。


「美蘭ちゃんはね……俺を裏切ったんだよ」


震える声。怨嗟に満ちた響き。


「僕はずっとずっと、君だけを愛し尽くしていたのに……彼氏なんか作って……他の男に穢されやがって……!」


「最初の二人の彼氏は、まだいい……でも三人目、黒澤恭弥……あいつには抱かれてたよな?」


「……そんなこと、なんで知って───っ」


「ずっと、盗聴してたんだよ」


「毎日毎日、君のそばにいたんだ。

君が誰と話し、どんな服を着て、何を食べ、どこへ行き、何時に寝るのか。

……全部、全部知ってるよ」


「……君が、アイツの部屋で穢されていく声も……音も……」


──ぞくり


背筋が凍る。

冷たい恐怖が、血管を逆流していく。


(気持ち悪い……気持ち悪い……!)


「だから、殺そうと思った。黒澤を」

「でも失敗したんだ」


男の顔が、愉悦と悔恨に歪む。


「だから、俺たちが一緒に死ぬしかないと思ったんだ」


リンネ伯爵はそっと、私の頬に手を這わせた。

ひやりとした指先。ぞわりとした感触が、肌を撫でる。


「でも……また出逢えたね、美蘭ちゃん」


──この人に、殺された。


前世で。

だから、こんなにも恐怖を感じる。


震える声で尋ねた。


「……あなたは……誰なの?」


リンネ伯爵は満足そうに目を細め、微笑む。


「僕の名前は、ファルク・リンネ。伯爵位の26歳」

「前世の名は、柳田龍太」

「……柳田……? 知らない……」

「うん。君は僕のことなんて、覚えてないよ」


リンネ伯爵はくすくすと笑いながら、静かに囁いた。


「だって美蘭ちゃん。僕に傘を貸しただけだもん」


──傘を貸しただけ。


たったそれだけのことで、知らない人に命を奪われなくてはならなかったの?

──そんな理不尽が、あってたまるものか。


理解が追いつかない。

喉の奥に何かが詰まったように苦しくて、声にならない。


リンネ伯爵は微笑んでいる。

まるで昔の友人と何気ない思い出話でもしているかのように。


私は彼を知らないのに。

彼にとって、私はすべてだったというの?


(……どうして……?)


違和感が、ぐにゃりと形を変えて恐怖に変わる。

気づけば唇が震えていた。


──私が、美蘭だと気づいた?


ゆっくりと呼吸を整え、震える声を押し殺しながら問いかける。


「なぜ……この世界の私が、美蘭だとわかったの?」


壁に掛けられた私によく似た姿絵が目に入る。

ぞわりと背筋を駆け上がる悪寒を抑えられなかった。


リンネ伯爵は、まるで子供が大好きなおもちゃを語るように、にこりと微笑む。

愉悦に満ちたその表情に、ひどく胸がざわつく。


「面白いことを聞くなぁ……」


くつくつと喉の奥で笑いながら、彼は呟いた。


「だって、美蘭ちゃん。髪や瞳の色は違っても、顔はそのまんまじゃん」


──何も変わらない、と言わんばかりに。


その言葉に、心臓が跳ねるほどの恐怖を覚えた。


(……私の顔は、変わっていない……?)


確かに、この世界の私の髪は白金色で、瞳は翡翠色だ。

それなのに、リンネ伯爵は迷うことなく、私を「美蘭」と断言した。


──顔が、同じだから?

前世の自分の顔だけがまだ思い出せない。


リンネ伯爵の視線が、ねっとりとした執着を帯びて私を貫く。


「何度見ても、何度だって、君は僕の美蘭ちゃんだよ」


吐き気がした。

逃げ出したかった。


けれど、この鎖が私を逃がしてはくれない。


──この男は、どれほどの時間を、私を探すために費やしたのだろう。


想像した瞬間、耐えられないほどの悪寒が全身を駆け巡った。

読んで頂きありがとうございます(ᴗ͈ˬᴗ͈)

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