第37話 前世の真実
──歌が聞こえる。
どこかで微かに響く、低く囁くような歌声。
懐かしい旋律。前世で流行っていた、狂気に満ちた重い愛の歌。
誰かを求め、焦がれ、壊したくなるほどの愛を唄うその歌が、静かに私の鼓膜を震わせていた。
頭がぼんやりする。
身体がだるい。まるで鉛のように重く、思うように動かない。
(……どうして?)
まぶたを必死に持ち上げると、視界に広がったのは──白い天蓋付きのベッド。
……そして、違和感。
両手首、両足首にひやりとした金属の感触が伝わる。
──鎖。枷が嵌められている。
「────っ!」
思わず息を呑み、跳ね起きようとした瞬間、ガチャンと冷たい音が響いた。
(……嘘。……どういうこと?)
焦りと恐怖が一気に膨れ上がる。
まるで獲物のように囚われた、この状況──。
(そうだ、私……攫われて……!)
「おはよう、美蘭ちゃん」
低く、ねっとりとした声が耳元で囁いた。
びくりと肩を震わせて顔を向けると、薄暗い部屋の中で私を覗き込む男の姿があった。
──リンネ伯爵。
その瞳は、どこか陶酔するように細められ、熱を孕んで私を映している。
彼の背後、薄暗い壁には──私に似た姿絵がいくつも掛けられていた。
(……気持ち悪い……!)
「やっぱりあなたが……ここはどこ? それに、私の名前はミラリスよ」
私が強く睨みつけながら言い放つと、彼は薄く微笑み、楽しそうに首を傾げた。
「君は美蘭だよ。忘れてしまっているの? 前世の記憶を。」
──っ!!
一瞬、頭が真っ白になった。
(前世……?)
(やっぱり……さっきの歌……そうよね……)
「……あなたも、前世の記憶を持っているのね?」
そう問いかけると、リンネ伯爵は喉を鳴らし、不気味な声で笑った。
「ふははは、本当に困ったよ。訳の分からない世界でガキからやり直してさ、魔術だの貴族制度だの、わけがわからねぇ」
彼の目はどこか遠くを見ていた。
──まるで、長い時間をずっと耐えてきた人間の目。
(この人……私より先に転生していたの……?)
「前世の私のことを、知っているのね?」
恐る恐る問いかけると、彼の目が異様な光を宿した。
そして、陶酔するように微笑み、囁く。
「美蘭ちゃんは、俺が世界で一番よく知っているよ。」
その瞬間──彼の声色が変わった。
「早瀬美蘭。私立白北学園、二年A組、出席番号二十五番。家族構成は、父、母、兄、キミ、妹の五人家族」
「高校二年生、秋の身体測定……身長162センチ、体重48キロ、下着のサイズはC65、足のサイズは24センチ──」
「やめて……っ!」
喉の奥がひりついた。
叫びたくても声が震えて出てこない。
(なんで……? どうして……そんなことまで──)
「仲のいい友達は、河原えなと崎口奏美。」
淡々と並べられていく情報。
一つ一つが、私の記憶を引きずり出していく。
(……そうだ……ママ、パパ……奏斗にぃ、梨沙……)
なぜ、忘れていたんだろう。
涙が溢れる。
(忘れたかったんだ……思い出したくなかったんだ……)
私が死んだことを知ったら、どんなに悲しむか……。
想像するのが怖かった。
リンネ伯爵はそれからも楽しげに、私の過去を語り続けた。
まるで、愛おしい物語を紡ぐように。
──そして
彼の声色が変わったのは、最後の情報を語る時だった。
「美蘭ちゃんはね……俺を裏切ったんだよ」
震える声。怨嗟に満ちた響き。
「僕はずっとずっと、君だけを愛し尽くしていたのに……彼氏なんか作って……他の男に穢されやがって……!」
「最初の二人の彼氏は、まだいい……でも三人目、黒澤恭弥……あいつには抱かれてたよな?」
「……そんなこと、なんで知って───っ」
「ずっと、盗聴してたんだよ」
「毎日毎日、君のそばにいたんだ。
君が誰と話し、どんな服を着て、何を食べ、どこへ行き、何時に寝るのか。
……全部、全部知ってるよ」
「……君が、アイツの部屋で穢されていく声も……音も……」
──ぞくり
背筋が凍る。
冷たい恐怖が、血管を逆流していく。
(気持ち悪い……気持ち悪い……!)
「だから、殺そうと思った。黒澤を」
「でも失敗したんだ」
男の顔が、愉悦と悔恨に歪む。
「だから、俺たちが一緒に死ぬしかないと思ったんだ」
リンネ伯爵はそっと、私の頬に手を這わせた。
ひやりとした指先。ぞわりとした感触が、肌を撫でる。
「でも……また出逢えたね、美蘭ちゃん」
──この人に、殺された。
前世で。
だから、こんなにも恐怖を感じる。
震える声で尋ねた。
「……あなたは……誰なの?」
リンネ伯爵は満足そうに目を細め、微笑む。
「僕の名前は、ファルク・リンネ。伯爵位の26歳」
「前世の名は、柳田龍太」
「……柳田……? 知らない……」
「うん。君は僕のことなんて、覚えてないよ」
リンネ伯爵はくすくすと笑いながら、静かに囁いた。
「だって美蘭ちゃん。僕に傘を貸しただけだもん」
──傘を貸しただけ。
たったそれだけのことで、知らない人に命を奪われなくてはならなかったの?
──そんな理不尽が、あってたまるものか。
理解が追いつかない。
喉の奥に何かが詰まったように苦しくて、声にならない。
リンネ伯爵は微笑んでいる。
まるで昔の友人と何気ない思い出話でもしているかのように。
私は彼を知らないのに。
彼にとって、私はすべてだったというの?
(……どうして……?)
違和感が、ぐにゃりと形を変えて恐怖に変わる。
気づけば唇が震えていた。
──私が、美蘭だと気づいた?
ゆっくりと呼吸を整え、震える声を押し殺しながら問いかける。
「なぜ……この世界の私が、美蘭だとわかったの?」
壁に掛けられた私によく似た姿絵が目に入る。
ぞわりと背筋を駆け上がる悪寒を抑えられなかった。
リンネ伯爵は、まるで子供が大好きなおもちゃを語るように、にこりと微笑む。
愉悦に満ちたその表情に、ひどく胸がざわつく。
「面白いことを聞くなぁ……」
くつくつと喉の奥で笑いながら、彼は呟いた。
「だって、美蘭ちゃん。髪や瞳の色は違っても、顔はそのまんまじゃん」
──何も変わらない、と言わんばかりに。
その言葉に、心臓が跳ねるほどの恐怖を覚えた。
(……私の顔は、変わっていない……?)
確かに、この世界の私の髪は白金色で、瞳は翡翠色だ。
それなのに、リンネ伯爵は迷うことなく、私を「美蘭」と断言した。
──顔が、同じだから?
前世の自分の顔だけがまだ思い出せない。
リンネ伯爵の視線が、ねっとりとした執着を帯びて私を貫く。
「何度見ても、何度だって、君は僕の美蘭ちゃんだよ」
吐き気がした。
逃げ出したかった。
けれど、この鎖が私を逃がしてはくれない。
──この男は、どれほどの時間を、私を探すために費やしたのだろう。
想像した瞬間、耐えられないほどの悪寒が全身を駆け巡った。
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