第2話 現実
私室に戻り、お茶を飲んだり勉強をして一息ついたものの、先ほど見たユラギス草のことが頭から離れない。
(……考えても仕方ないわね)
気を紛らわせるため、ふと閃いた。
「そうだ、誰もいないし、魔法の練習でもしてみよう」
この世界では12歳になると魔力測定を受け、見込みがあれば15歳で魔法学校に入学できるらしい。
しかし、それまでは魔法の勉強や発動は禁止されている。
とはいえ、私はこっそり練習しているのだ。
魔法の発動条件はよく分からないが、やってみると想像したものは大体実現できた。
物を浮かせたり、水や風、火を生み出したり……
詠唱すら必要なく、私の魔法は簡単に発動する。
(やっぱり、魔法って面白い!どういう原理なんだろう……?)
前世では化学の世界で生きていた私にとって、魔法はまるで未知の科学のようで、興味を引かれるものだった。
この世界での息苦しい淑女生活において、唯一の楽しみといってもいい。
しかし、魔法で遊んでいたその時──
トントンッ
扉をノックする音が響いた。
(やばっ!)
急いで浮かせていた家具を元に戻し、魔法の痕跡を消す。
扉が開くと、入ってきたのは侍女のアンだった。
だが、その表情が……少し怖い。
「ミラリス様……」
「どうしたの?アン、そんなに血相を変えて」
アンは深く息を吸い込み、震える声で告げた。
「ユリス様が、ガルカン病に侵されたと、先ほど報告がありました。」
──え……お兄様が……?
ユリス・カルバン。
私の五つ上の兄で、次期侯爵として両親から大きな期待を寄せられている人物。
両親は兄ばかりを見ていて、私はずっと放置されていたけれど……
兄は、私にとても優しかった。
聡明で、誰からも好かれる人。
私のたった一人の家族のような存在。
そんなお兄様が……死ぬかもしれない。
小説の中でミラリスは「一人っ子」だった。
きっと、この世界のユリスお兄様も、物語の時点ではすでに故人だったのだろう。
(そりゃあ、ミラリスがグレるのも当然よね……)
でも、今の私は小説の登場人物なんかじゃない。
これはもう、物語じゃなく現実なんだ。
──目立ちたくないとか、物語の展開がどうとか、言ってる場合じゃない。
「……私が、お兄様を助ける……!」
◇◆◇
ベックのもとへ向かい、今朝抜いたユラギス草を急いで譲ってもらう。
時間がない。
説明している暇も、誰かの許可を待つ余裕もない。
私は魔法でお湯を沸かし、ユラギス草を煎じて薬草茶を作った。
(魔法が使えてよかった……)
誰にも見つからないよう静かに、お兄様の部屋へと向かう。
ガルカン病の感染を恐れ、部屋には誰も寄りついていなかったのが幸いし、私はすんなりと中に入ることができた。
「お兄様……ミラリスよ」
「……っ、ミラリス……? 来てはいけない……早く出ていけ……移ってしまう……」
お兄様は高熱で汗を滲ませ、意識が朦朧としている。
そんな状態でも、私の心配をしてくれているのがわかる。
「お兄様、私を信じてこれを飲んで……ガルカン病に、きっと効くわ。
その……味は保証できないけど」
「……可愛い妹が、初めて淹れてくれた茶だ……飲むに決まってる……
飲むから……戻れ、ミラリス……」
苦しそうに息を切らしながら、それでもお兄様は微笑み、ゆっくりと身体を起こすと、お茶を一口飲んだ。
「……おいし、かった……ほら、戻れ……」
「お兄様、きっとこれですぐ良くなります」
「いいから、早く戻れ」
辛そうな顔をしながら、それでも怒ったように私を追い出す。
でも、お兄様はユラギス草を飲んでくれた。
──これで、きっと助かる……!
◇◆◇
翌日。
お兄様の高熱は嘘のように下がり、三日後には完全回復を遂げた。
お医者様も驚いていたらしく、何が功を奏したのかを聞かれたが、
私は「夢に出てきた草を煎じたら効く気がして」と、子供らしい言い訳をして誤魔化した。
(よかった……たまたま見つけただけだと思われたわ。これで目立たずに済む……)
そう思っていた。
──まさか、この程度で済むはずがなかったのに。
◇◆◇
「ミラリス・カルバン。」
私は今、国王陛下に頭を下げている。
「お前が発見したユラギス草のおかげで、多くの者の命が救われた。
その功績を称え、褒美を与えよう。
第一王太子・アランとの婚約など、どうだろうか。」
──本当にいらないわ。
なぜこんなことに!?
これじゃあ、断罪ルートに近づいてしまうじゃないの!!