第24話 生命の魔女
「……待っていた、だって?」
ジルが鋭く問いかけると、半透明の魔女は微笑んだ。
「ああ。私たちは普段、“上”にいるからな。
こうして地上に姿を現せるのは、この場所だけだ」
彼女は私に視線を向け、じっと見つめる。
「ふむ……やはりここにいたか」
意味深な言葉に、私は思わず眉をひそめた。
「ミラリス、会いたかったぞ。
お前に生命を与えた時から、この日を待ち望んでいた」
「生命の魔女であるあなたが、私と会いたかった……?」
私の疑問に、魔女は微笑んで答える。
「ライナと呼べ」
軽やかに言い放つと、彼女は楽しげに話し始めた。
「私は生命を与える役割を持つ魔女だ。
人間、植物、魔物……あらゆるものに”生命の光”を授けることが私の務め。
ただし、ひとつだけ特別なことがあった」
「特別なこと……?」
「お前が生まれる時だ」
ライナの表情が、ほんの少しだけ遠いものになる。
「通常、生命の源は黄金の光を放っている。
しかし、お前たちに生命を授けようとした時──赤と青に輝いていたのだ」
「赤と青……?それに、お前”たち”って……」
ライナはゆっくりと頷いた。
「そう、お前は知らなかったのか。
──お前は双子だったんだぞ」
「え……?」
思わず息を呑む。
双子……?
そんなこと、一度も聞いたことがない。
「しかし、赤は死の魔女によって、母親の腹の中で寿命を六ヶ月と定められた。
結局、生まれることはなかった」
「そんな……」
私には、もう一人きょうだいがいた?
けれど、それはこの世に生を受けることさえ叶わなかった。
「誤解するなよ、死の魔女は悪意で命を奪ったわけではない。
彼女なりに”公平”な選択をしたのだ。
だが、血の色に染まった魂を見て、珍しく私情を挟んだのも事実だ。
それが”邪悪”だと思ったのか……本当の理由は、私にも分からん」
ライナはどこか悲しげに言葉を紡ぐ。
「それほどまでに、死の魔女の役割は過酷なのだろうな」
ジルが静かに呟くと、ライナは小さく頷いた。
「生命の魔女よ、お前はミラの寿命を知っているか?」
ジルが真剣な眼差しで問いかける。
「ライナと呼べといっているだろう」
ライナは不満げにため息をつき、やがて静かに口を開いた。
「──17年と2ヶ月だと聞いている」
やっぱり……
私は、王都の終夏に16歳になる。
そして、17年と2ヶ月ということは──ちょうど17歳の秋。
「ライナ……お前の力でどうにかできないか」
ジルの声は焦りを滲ませながらも、強い意志が宿っていた。
「無理だな」
ライナはあっさりと否定した。
「私は”生命を与える”ことはできても、“運命を変える”力は持たない。
時の魔女や願いの魔女のような、便利な役割じゃないんでな……だが」
そう言いながら、ライナは少し考え込むように視線を落とした。
「私が救えるとしたら……彼女ではなく、彼女の魂だ」
「魂……?」
私が呆然と繰り返すと、ライナは淡々と続ける。
「死の魔女がミラリスの魂を奪ったあと、
その魂を”別の何か”に移すことだけなら、私にもできる」
「……別の何か?」
ジルが眉をひそめる。
「そうだ。たとえば……他の人間や、魔物、あるいはまったく違う存在へと」
ライナの言葉は冷静だったが、その意味するところは重すぎた。
「それでも……生きられるのなら……」
小さく、ジルが呟いた。
けれど、私は何も答えられなかった。
──もし、私の魂が別の何かになったら……
──それは、本当に”私”と言えるの?
そんな疑問が頭を巡る中、ふと、以前学園長に言われた言葉を思い出す。
「……そういえば、私はある人に”魔女なのではないか”と言われたことがあるの。
その人にここを教えてもらったわ。
私が願いの魔女の生まれ変わり、という可能性はないの?」
私は思い切って尋ねた。
──もし、私が願いの魔女の力を持っていたら……
「ないな」
ライナは即答した。
「え……?」
「お前は確かに、願いの魔女に近い。
近すぎるくらいだ……」
ライナの視線が、どこか鋭さを増す。
「だが、お前は願いの魔女ではない」
「そう……」
小さく呟く。
そして、沈黙が落ちた。
ライナの言葉が、静かに、しかし確実に胸に突き刺さる。
──私は、願いの魔女ではない。
──もし、私が願いの魔女だったら……
──もし、私に願いを叶える力があったら……
分かっていたはずなのに、どこかで期待していた。
でも、それはあっさりと否定された。
何かを言おうとして、けれど、言葉にならない。
その時、不意にライナがふっと笑った。
「まあ……願いの魔女の力が消えたわけじゃないがな」
「え……?」
思わず顔を上げる。
「お前は願いの魔女ではない。だが、“願いの魔女の力”そのものが完全に失われたとは言っていない」
ライナの言葉は、どこか意味深だった。
「それって、どういう──」
「さあな」
ライナはそれ以上、何も言わずに口を閉ざした。
それ以上問い詰めても、答えてはくれないのだろう。
けれど、その言葉は確かに私の中に“希望”を残した。
願いの魔女の力が、まだどこかにある。
それを見つけられたら、私は──
「ライナ……願いの魔女には、会える?」
ふと、思わず口をついて出た言葉。
その問いに、ライナは静かに目を細めた。
「お前の“会いたい”という願いが強ければ……きっと、会える」
「……本当に?」
「願いとは、そういうものだろう」
ライナは微笑み、そっと手を広げる。
その手のひらの中心から、小さな光が生まれた。
それはまるで、命そのものの輝きのようで──
だが、その光は、ふっと揺らぎ、少しずつ弱まっていく。
「……私は、ここへ来るまでのお前の強い魔力によって姿を現せている」
ライナの声が、どこか遠くなった気がした。
「けれど、その力にも限りがある。私がこうして話せる時間は、もう長くない」
「そんな……!」
「焦るな。言うべきことは、もう言った」
ライナの体がゆっくりと淡く光り始める。
その輪郭が、少しずつ揺らいで、透明になっていく。
「ライナ……!」
思わず手を伸ばすが、その指先は何も掴めない。
「また会うことがあれば、その時はもっと“おもしろいもの”を見せてくれ」
最後にそう言い残し、ライナの姿は完全に光となって消えた。
残されたのは、静寂と、外で降り続ける雪の気配だけ。
私はその場に立ち尽くす。
ライナがいた場所にまだ光の残滓が揺れている気がして、しばらく目を離せなかった。
「……今日はここに泊まろう」
ジルの声に、私はハッとする。
「でも……」
「もう夜が遅い。外は雪も強くなってきた。今から王都へ戻るのは無理だ」
ジルはそう言いながら、薪のくべられた暖炉に目を向けた。
先ほどまでの緊張が解けたせいか、急に体の力が抜けていく。
「……うん、そうね」
静かに頷くと、ジルも小さく微笑んだ。
「明日の朝、王都に向かおう」
ジルのその言葉を聞きながら、私はそっと目を閉じた。
今日の出来事を噛み締めるように、ゆっくりと深く息を吸う。
──願いの魔女の力は、まだどこかにある。
ライナの言葉が、頭の中で何度も反響する。
もし、その力を見つけることができたなら。
もし、願いの魔女に会うことができたなら──
「……願いの魔女を探さなくてはいけない」
静かに呟くと、ジルが力強く頷いた。
「そうだな。必ず見つけよう」
外では、雪が静かに降り続いている。
まるで、私たちのこれからの道を、そっと覆い隠すかのように。
けれど、その先に何が待っていようとも。
私たちはもう、進むしかない。
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次回は明日の18時30分頃更新予定




