第22話 犯人
「ミラ、疲れてないか?」
「大丈夫だよ、意外と雪は強くなっていないし」
山を登り始めてから、もう二時間ほどが経っただろうか。
予想していたほど雪は強くならず、足を取られることも少なかった。
「ジルは寒くない?転移魔法が使えたらよかったんだけど……」
「大丈夫だ。転移なんてしなくても、こうしてミラと二人でいられる時間が増えたんだ。俺はむしろラッキーだったぞ」
ジルはそう言って、穏やかに微笑んだ。
出発の際、何度も転移魔法を試したが、発動することはなかった。
最初は距離の問題かと思ったが、街についてからも、魔女の家までの移動に魔法を使おうとして失敗した。
軽い魔法だけは使えるものの、明らかに魔力の流れが鈍くなっている。
──魔女の家に近づくたびに、魔法が弱まっている気がする。
ドサッ
その時だった。
浮遊魔法で持ち上げていた荷物が、雪の上に落ちる音が響いた。
「ミラ?」
先を歩いていたジルが足を止め、心配そうにこちらを振り返る。
「ごめん、ちょっと待ってね」
私は落ちた荷物を浮かせようと、手のひらを向けて魔法を発動しようとする。
……だが、魔法は起こらなかった。
「あれ……? あれ……?」
何度試しても、まったく反応がない。
「ミラ、もういい。荷物は手で持てばいいし、無理をしないでくれ」
ジルは優しく諭すように言った。
「ごめんなさい……」
「謝るな。この街に来てから、魔法の異変が強まっているな……。体調は大丈夫か?」
「……たぶん。けど、まるで魔力が吸い取られているみたいな感覚がある」
そう言葉にした途端、ふと寒さが増したように感じた。
雪もさっきより勢いを増している。
「荒れてきたな……。少し急げるか?」
「うん、急ごう」
吹雪が強まる中、登山の中間地点にある小屋を目指して足を速める。
──でも、何だろう。体がどんどん重くなっている。
次の瞬間、視界がぐらりと揺れ、闇に飲み込まれた。
「ミラ!!!」
遠くで、ジルの声だけが響いていた。
◇◇◇
気がつくと、私はまたあの夢の中にいた。
漆黒の闇に包まれた空間。
遠くに、ぼんやりと光が見える。
「ジル……」
いつものように、そこにはジルが横たわっていた。
ただ、今までとは違う。
──こんなに近くにいるのは初めてだ。
「この距離なら、ジルを助けられる……!」
そう思い、手を伸ばした瞬間——
違和感が走った。
「……え?」
右手に、冷たい感触がある。
見下ろすと、そこには鋭いナイフが握られていた。
一気に血の気が引く。
慌てて手を開こうとするが、指はびくともしない。
まるで、誰かに操られているかのように。
さらに、気づくと黒いローブを纏っていた。
「嘘……?」
ジルを殺すのは、私……?
恐怖が背筋を駆け上がる。
なのに、身体は勝手に動き出した。
ナイフを両手で握り、ゆっくりと刃先をジルに向ける。
──やめて。
頭の中で叫んでも、腕は止まらない。
「いや……! やめて……!!」
ザクリ———ッ
ナイフが振り下ろされた瞬間——
──────────────
「いやぁぁぁあ!!!」
目が覚めた時、私は息を切らしていた。
「ミラ!!!!」
ジルが、焦りと不安を滲ませた顔で私を覗き込んでいた。
強く肩を抱かれ、何度も名前を呼ばれている。
「あ……は……っ……はぁ……」
震えが止まらない。
夢の記憶が、焼きついて離れない。
「ミラ、大丈夫、大丈夫だから。落ち着け、深呼吸しろ」
ジルがそっと背中をさすってくれる。
その温かさに、ようやく恐怖が薄れていくのを感じた。
「ありがとう……落ち着いた……」
「よかった……急に倒れるから、心臓が止まるかと思ったぞ」
「ごめん……」
周囲を見渡すと、そこは小屋の中だった。
「小屋に着いたんだ……?」
「ん? ああ、おぶってきたぞ」
ジルはケロッとした顔で、当然のように言う。
この吹雪の中、私を背負って登ってきたのか……。
どれほど大変だったか、考えるだけで申し訳なくなる。
「ごめん、重かったでしょう……」
「ミラ、ここに来て謝ってばかりだな。もっと甘えてくれた方が、俺は嬉しいぞ」
ジルは、優しく微笑んだ。
──本当に、ジルは優しい。
小説の中の悪役とはまるで別人のように。
「じゃあ……少しだけ、甘えようかな……」
そう言いながら、ジルの足の間に収まるように座る。
「こうすれば、抱きしめてもらえるし、あったかいでしょ?」
顔を上げて、ジルを見つめると——
「……はぁ……ミラ、お前は本当に俺を煽る天才だな……」
ジルは小さく嘆息し、私を優しく毛布ごと包み込んだ。
「好きよ……ジル」
「俺も好きだよ、ミラ」
──でも、あの夢のことは話せなかった。
ジルを殺そうとしていた自分の姿。
あの黒いローブの人物が、私だったことを——。
けれど、私は絶対にジルを殺したりしない。
彼と生き抜くと、誓ったのだから。
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次回は本日の17時頃更新予定