第20話 新しい物語
ジルはあれから、カーラを部屋に閉じ込めたことを謝りに行った。
「ミラリス様、申し訳ございませんでした。坊っちゃんを止められず……」
カーラは私に深く頭を下げる。
「いいのよ、大丈夫だから」
「俺たちは恋人としてそばにいることにしたんだ」
ジルは誇らしげにそう言ったが、カーラの表情はさらに曇る。
「未婚の女性が、婚約者ではなく恋人を作るなど……体裁があまり良くないのでは?」
「大丈夫よ。事情があって、1年と少し婚約はできないの。でも、その時が来たらジルと正式に婚約するわ」
私がそう言うと、ジルと目が合う。彼は少し困ったような顔をしながらも、それでも嬉しそうに微笑んでくれた。
◇◇◇
日が落ち、そろそろ侯爵家へ帰らなければならない時間になった。
「エルヴァン家の馬車で送っていく。俺も一緒に行くからな」
「ふふっ、はいはい。わかったわ」
「……ねえ、ジル。もう一度リア様のところに行ってもいい?」
「リアラのところ? なら俺も──」
「ううん、一人で行きたいの。女の子同士の話だから」
そう言って、私はジルの唇に指を当てる。
ジルは私の手をそっと掴むと、そのまま優しく引き寄せ、唇を重ねた。
「すぐ戻れよ?」
「わかってる」
そう答え、私は広い公爵邸の中、リア様の部屋を目指して歩き出した。
◇◇◇
「ここだよね……」
扉の前で立ち止まり、軽くノックをする。
コンコンッ
「どうぞ」
中からすぐに声が聞こえ、私はそっと扉を開けて部屋に入った。
扉が閉まると、リア様はすぐに口を開く。
「ミラちゃん……ごめんなさいね。話は聞いたわ。私の考えが甘かったみたい」
「いえ、私も結局、最後まで全力で否定することはできませんでしたから……。それに、ジルと恋人になることにしました」
「恋人……? 婚約ではなく?」
「事情があって……でも、もう少し時間が経てば婚約するつもりです」
「そう……あなたも侯爵家のご令嬢だもの、いろいろあるわよね」
リア様は少し視線を逸らした。そして、静かに続ける。
「でも、私の弟を傷つけることがあれば──」
「……弟じゃない。ほんと、余計なことを言うなと言ったのに」
突然、扉の外から声がした。ジルの声だ。
リア様はすぐに扉を開く。
「聞き耳を立てていたのね。悪趣味だわ」
「悪趣味なのはそっちだろ。ミラに余計なこと吹き込んで、何がしたいんだ」
ジルは冷たい目でリア様を見つめる。
「私は姉として、ジルのことが心配なのよ!」
「だから、俺はリアラの本当の弟じゃない」
「……何よ、それ。冗談ならつまらないわ」
リア様はジルを鋭く睨みつける。しかし、ジルは余裕のある表情のまま、はっきりと告げた。
「本当だよ。11歳の頃、爵位を継がなければならなくなると思って、父の執務室に入った時、書類を見つけた。本物のジルベールは、生まれて数日で亡くなっていたらしい。……俺は、エルヴァンに近い髪色を持っていた孤児なんだ」
「……嘘よ」
リア様の声が震える。
「嘘じゃない。でも、俺はエルヴァン家の人間として生きてきたし、それは変わらない」
ジルはさらりと言い放つ。リア様の顔からみるみる血の気が引いていく。
「……そんなの、知らなかった……ずっと弟だと思ってたのに……」
リア様の手が小刻みに震え、ぎゅっとドレスの裾を握りしめた。
「リアラ」
ジルが手を伸ばそうとするが、リア様はその手を強く振り払う。
「触らないで……!」
「……」
ジルは一瞬目を細めたが、すぐに肩をすくめて微笑んだ。
「まあ、急に言われたらショックだよな。でも、俺にとってはどうでもいいことだ」
「どうでもいいですって……!?」
「俺がどこで生まれたかなんて関係ない。俺はエルヴァン家で育ったし、リアラの弟として扱われてきた。それが変わるわけじゃない」
「……ジル」
「それに、俺はミラと生きていくつもりだからな。過去のことなんて、気にしてない」
ジルは私のほうに目を向け、いつものように笑ってみせた。
「ミラ、そろそろ帰ろう」
「あ……うん」
リア様は何か言いたげに口を開きかけたが、そのまま沈黙する。
「……ミラちゃん、ごめんなさい。少し、一人になりたいわ」
リア様はそう言って、私に背を向けた。
「リア様……」
私は何か言おうとしたが、言葉が出てこない。
「行こう、ミラ」
ジルはそう言って、私の手を引く。その手はいつも通り温かかった。
◇◇◇
帰りの馬車の中で、ふと気づく。
――そういえば、この小説はリア様視点の物語だった。
そして、物語の中のジルは、自分がリア様と本当のきょうだいではないと知っていたはず。
つまり……ジルは、リア様を「姉」ではなく「ひとりの女性」として見ていた可能性がある。
だから、彼はリア様を好きになったのね。
「ミラ? どうした?」
「ううん、なんでもないわ」
私はそっとジルに微笑んだ。
――でも、今のジルは私の隣にいる。物語の展開はもう変わってしまった。
それなら、私はこの新しい物語を歩いていくだけだ。
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