第19話 運命に抗う恋
リア様との話を終え、私は応接室へと向かった。
そこには、ジルが待っている。
「ようやく来たか。……リアラが余計なことを言わなかったか?」
「うん……楽しかったよ」
ジルに悟られないように、私は精一杯微笑んだ。
彼は私を先に座らせると、向かいではなく隣に腰を下ろし、そっと手を伸ばしてくる。
けれど、私はその手を拒んだ。
「……ミラ?」
「カーラが見ているわ。少し恥ずかしい」
ジルの表情が、わずかに曇る。
けれど、本当の理由はそれではない。
これから私は、ジルに離れたいと伝える。
どんなに彼が拒もうと、固い意志を持って──。
「キンリーへ行く件、そろそろ答えは出たか?」
「うん。行かないことにした。……もし行くことになっても、ジルとは一緒に行かない」
俯きながら、震える声を絞り出した。
ジルの顔を見られない。
それでも、私は続ける。
「やっぱり、前に言ったとおりジルとは適切な距離を保ちたいなって……最近のジル、結構しつこいし」
──嫌だ。本当は……。
「本当に、実技の時のこととか……普通にやりすぎだし、重いよ。なんならちょっと怖い」
──こんなこと、言いたくない。
「ずっと我慢してたんだよ? 公爵令息様にこんなこと、中々言いづらいもん。……今日は我慢できなくて言っちゃったけど、はは」
話し終えた瞬間、応接室に静寂が落ちる。
──このまま帰ろう。
そう思って立ち上がった、その時だった。
「……俺を、裏切るのか?」
「え?」
ジルが立ち上がる。
そして、私の腕を強く引き、応接室を飛び出した。
「坊っちゃん!!!」
カーラの焦る声が響く。
けれど、ジルは彼女を置き去りにするように扉を強く閉め、その上に雷魔術の陣を展開した。
触れれば、稲妻が走る──カーラはしばらく、部屋から出ることができない。
「ジルっ……ねえ!ジル、痛いよ!」
ジルの手の強い力が、私の手首に食い込む。
絶対に離さないという意思が、痛みとなって伝わってくる。
「ジル……っ! ジルってば!!!」
どんなに叫んでも、彼は止まらない。
そして次の瞬間、私はジルの部屋へと連れ込まれ、ベッドへ乱暴に押し倒された。
「なぁ、ミラ……さっきのは本気か?」
ジルは私の上に覆いかぶさり、冷え切った瞳で見下ろす。
「……本気」
そう答えた瞬間、ジルは私の手を押さえつけ、逃がさないように何度も深く口づけてくる。
「ちょっ、お願い……待って……っ」
「どうして? 俺が嫌か?」
サファイアのような瞳が揺れる。
不安に怯え、苦しげな色を帯びて──。
「嫌じゃないって、言ってくれ……俺から、絶対に離れてはダメだ」
「ジルっ……」
本当は、彼の気持ちを受け入れたくてたまらない。
でも、私は悪役令嬢。
もう一人の”悪役”である彼に愛されるなんて、許されるはずがない。
私は必死に、ジルを睨みつけた。
「はっ……怒ってるのか? ……かわいいな」
ジルは囁き、私の乱れた髪を優しく耳にかける。
そして再び、逃がさないと言わんばかりに唇を塞いできた。
「本当に……俺の怒りとは比べものにならないくらい、かわいい」
──なぜ、ジルはこんなにも私に執着するのだろう。
運命を変えてしまったから?
ダメなのに。
こんなにも重い愛が、嬉しくてたまらない──。
「……っ!」
私は押さえつけられた手から、ジルに向かって小さく火魔法を放った。
小さな炎が彼の頬を掠め、薄く赤い火傷の跡を残す。
「ごめん……ジル、本当に離れたいの」
──本当は、離れたくない。
それでも、逆の言葉を口にする。
「ミラは嘘つきだな……本当に離れたいなら、俺を焼き尽くすほどの火魔法を使わないと」
ジルは、静かに、私を愛おしそうに見つめた。
「……顔に、離れたくないって書いてある」
気づけば、私の瞳から涙が零れ落ちていた。
私はなんて意思が弱いんだろう。
「生きてる間だけでも、ジルといたいのに……っ」
そう、小さくこぼしてしまった瞬間──。
「……今、なんて言った?」
ジルの声が震える。
「え……?」
「"俺といたい"と言ったか……?」
ジルは私の肩を掴み、信じられないものを見るような目で覗き込んできた。
「……っ!」
しまった、と思ったけれど、もう遅い。
ジルの瞳に光が灯る。
「ミラ……お前、俺のこと……」
「……っ、ちがっ──」
「好き、なんだな」
「……!」
「……嘘だろ……そんなの……」
ジルは小さく笑いながら、涙を零す。
まるで、ずっと夢に見ていた言葉をようやく手に入れたみたいに。
「こんなに嬉しいの、初めてだ……」
ジルの指が震えながら、私の頬を包む。
そのまま唇が触れる。
さっきの強引なものではなく、壊れものを扱うような、優しくて愛おしむ口づけ。
「ジル、すき」
「俺の方が、もっとずっとミラを愛してる」
「うん、ありがとう」
ジルはまっすぐ私を見つめる。
そして、真剣な声音で言った。
「結婚しよう。……婚約者になってくれ」
息が詰まる。
「……ごめん。それは、17歳の秋を越えられたらでもいい……?」
ジルは、苦しそうな顔をした。
私が婚約を保留にしたからではない。
私の”もしも”を想像してしまったのだろう。
「……わかった。でも、このままの関係は無理だ。結婚の約束はまだでいい……恋人としてそばにいることは、許してくれるか?」
ジルは不安そうに私を見つめる。
「約束してほしいことがある」
「約束……?」
「うん。もしも……私が17歳の秋を越えられなかったら。ジルは、私を追ったり、一人で閉じこもったりしないで……ゆっくりでいいから、前を向いて生きて」
「……」
「黙っちゃダメ。私と恋人同士になりたいんでしょ?」
そう言って、私は苦笑する。
「……わかった。でも、絶対に死なせたりしないからな」
「うん──」
私たちは、静かに抱きしめ合った。
離れたくないと願う、この瞬間だけは──。
読んで頂きありがとうございます(ᴗ͈ˬᴗ͈)
楽しんでいただけたら評価、ブクマなどなど反応いただけたら嬉しいです• ·̫ •
次回は明日の朝10時頃更新予定




