第18話 姉と弟
ジルは、私とは違う……
とても優秀で、優しい子供だった。
両親の愛を独り占めしていた私は、弟が生まれたことで、すべての愛が彼に向かったように感じた。
「早く産んでしまったから」と、お母様は毎日のように泣いていたと思う。
まだ2歳だった私は、その時の記憶はほとんどない。
それでも、早産だったジルが少し成長し、体調が安定してきた頃──確か1歳ほどだったと思う。
初めてジルと会った瞬間、あんなに恨んでいたはずの弟が、とても愛おしく思えた。
けれど、両親の関心がジルに向かうことは、どうしても受け入れられなかった。
私はジルに対して、不満ばかりぶつけて過ごした。
そんな私を両親は決して叱らず、ただただ困ったように見つめるだけだった。
その反応すら、私にとっては気を引く手段の一つになっていたのかもしれない。
そして12歳の時──
魔力測定を受けた私は、通常よりも高い魔力量を持っていると診断された。
両親は私を心から褒めてくれた。
──やっと、お母様とお父様が私だけを見てくれるかも……!
けれど、そんな期待も束の間だった。
両親はその直後、ガルガン病に罹り、生死の境をさまようことになった。
私はずっと泣いていた。
感染の恐れがあるため、顔を見ることすら許されず、ただ部屋の前に座り続けるしかなかった。
「リアラ、ここだと冷えるし、少し部屋で暖まって寝よう」
ジルは何度も心配してくれた。
それでも、私はジルの差し伸べた手を取る余裕すらなく、その手を払ってしまった。
──それから数日後。
ジルの様子が変わった。
酷く辛そうな顔をし、まるで消えてしまいたいとでも思っているように、部屋に閉じこもるようになった。
食事すら取らず、まるで心を失ったように。
──私は姉なのに、何をしているんだろう。
両親がこのまま死んだら、私がジルを支えなくてはいけないのに。
だがその直後、ある植物が特効薬になることが判明し、両親は回復していった。
それでも、ジルはますます部屋に閉じこもるようになり、ついには一歩も出てこなくなった。
私は姉らしく、心を入れ替えようと決意し、最初は優しく声をかけた。
「ジル、部屋から出てきなよ。お父様もお母様も、だいぶ元気になったんだよ?」
けれど、ジルに拒否され続けた私は、ひと月も経たずにいつもの調子に戻ってしまった。
両親が回復したことで、また甘えてしまったのかもしれない。
私は毎日ジルの部屋へ通い、扉を叩き続けた。
椅子を投げ、鈍器で扉を壊そうとした。
両親は相変わらず私を叱らなかったし、カーラ以外の使用人たちも見て見ぬふりをした。
カーラには何度も怒られたが、私は彼女の言葉を聞く気はなかった。
そして、1ヶ月以上が経ち、ついにジルの部屋の扉を破った。
「ジル、やっと会えたわね」
「……放っておいてくれよ」
拒絶されても、久しぶりに顔を見たジルが、どうしようもなく愛おしかった。
「何を考えてるのか知らないけど……お父様とお母様が死ぬかもしれないって思った時、辛かったのは私も一緒よ。たった一人のきょうだいじゃない……」
──姉の私がここまでしたんだ。
きっと、ジルも受け入れてくれる……。
そんな期待は、すぐに裏切られる。
「姉貴ヅラすんなよ……リアラは、俺のきょうだいなんかじゃない」
胸が苦しくなり、熱くなっていくのがわかった。
ジルはいつの間にか、私を名前で呼ぶようになっていた。
──本当に、私を姉とは思っていないんだ。
その瞬間、感情が爆発し、気づけばジルの手を刺していた。
ボタボタと赤い雫が床に落ちる音が響く。
「リアラ……ごめ──」
「リアラって呼ばないで」
本当に、私は最低な人間だ。
すべて私が悪いのに、ジルに先に謝らせ、私は謝りもしなかった。
カシャン──
手の中にあったジルの短剣が、床に落ちる。
私はそのまま、部屋へと戻った。
自分がやってしまったことの大きさを実感し、夜通し泣いたのを覚えている。
数時間後、ジルの部屋へ向かうと、彼の姿はなかった。
その場に蹲り、また涙がこぼれる。
「リアラ、風邪を引くし、また侍女長にはしたないと怒られてしまうよ」
少しして、ジルが戻ってきた。
「……だから、リアラって呼ばないでって言ってるじゃない……でも、刺してごめんなさい」
その時のジルの顔は、すでに吹っ切れたように晴れやかだった。
けれど、私はただ、彼に謝れたことに安堵し、また涙を流した。
ジルの顔つきは、まるで別人のように変わっていた。
どうやら、彼はユラギス草を発見した少女に助けられたらしい。
──その少女に心奪われ、希望に満ちた目をしていたジルを、私は今でも忘れない。
私は、とても感謝している。
──その話を、ミラちゃんに伝えた。
「それでも、最近のジルは何かを考え込んで、あの時と似たような顔をしている時があるわ……それは、多分ミラちゃんのことでしょう?」
「……おそらく」
「お願い、ジルを苦しめないで……。あの時はまだ子供だったから、病んでも部屋に籠ることしかできなかった。でも、ジルはもう大人なの。……もしかしたら……」
私はそこで言葉を止めた。
その先に続く言葉を、口にするのが怖かった。
ミラちゃんの顔を見ると、彼女もまた、酷く辛そうな表情をしていた。
「……わかり、ました」
そう小さく呟いた彼女の声は、震えていた。
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