第15話 死を越えて、あなたと
「……ジル?」
ぼんやりとした意識の中で、目の前にいる人の顔をよく確認する。
ジルの膝の上に頭を乗せたまま眠ってしまったことを思い出し、慌てて起き上がろうとしたが——
「よく眠れたか?」
ジルの落ち着いた声がして、その動きを制するように肩に手が置かれる。
「……うん。少し、スッキリしたかも」
実際、久しぶりにぐっすり眠れた気がする。
でも、まだなにかが胸の奥に引っかかっていて、完全に気分が晴れたわけではない。
そんな私をじっと見つめていたジルが、不意に口を開いた。
「ミラ、お前……寝ている間に、何か喋っていたのは覚えているか?」
「え……?」
思わず顔を上げる。
そんなこと、まったく覚えていない。
「私、何か言ってた?」
「ああ。だが、それはミラ自身の言葉ではなかったようだ」
ジルの声が、少しだけ硬くなる。
そして、ゆっくりと、しかしはっきりと、私が眠っている間に口にしていた言葉を繰り返した。
「異物」
「心か身体、17歳になればどちらかが死ぬ」
「最北キンリーの魔女の家へ行け」
頭の奥で何かがひやりと冷たくなる。
「——っ」
息が詰まる。
喉の奥が強張る。
夢の中で聞いていた声。
あれはただの夢じゃなかった?
——いや、そもそも私は、そんなことを言った記憶すらない。
「ミラ、お前は何か知っているのか?」
ジルの静かな声が部屋に響く。
表情は冷静だけど、その視線はまるで奥の奥まで覗き込むようで——彼なりの焦りが伝わってきた。
「知っていることは、すべて話してほしい……」
ジルなら、きっと受け入れてくれるかもしれない。
そう思って、私は覚悟を決めた。
「実は……」
そして、私はすべてを打ち明けた。
私が転生者であることの他に、ここが小説の世界であり、本来の物語の流れ。
アラン殿下とリアラ様の恋を邪魔するのが、アラン殿下を慕う“私”と、リアラ様を慕う“ジル”だったこと。
その結果、断罪され、ジルは国外追放、私は処刑される運命にあること。
さらに、学園長から「私が魔女の可能性がある」と告げられたこと。キンリーの魔女の家は学園長から同じ助言をもらっていたこと。
そして——何よりも、毎晩見る“あの夢”のこと。
夢の中で繰り返される不気味な声、男か女かもわからない黒のローブをまとった人物にジルが狙われていること……
それだけじゃない——。
私自身も、少しずつジルの元へと近づいている。
なのに、あと少しというところでどんなに走っても前へ進めない。
どれだけ叫んでも声は届かず、ジルが刃を突き立てられる瞬間——私はいつも、そこで目を覚ます。
「何度も助けようとしても、私は全然前に進めないの……!」
胸の奥が締めつけられるような感覚がした。
話しているだけなのに、あの悪夢の絶望感が蘇る。
すべて話し終えると、ジルは真剣な表情のまま、一言も口を挟まずに頷いた。
その静かな反応が、かえって心を落ち着かせてくれる気がした。
少し泣きそうになった私を見て、ジルはそっと頭を撫でた。
「辛いことなのに話してくれてありがとうな……」
その言葉と優しい目に、私は胸がじんと熱くなる。
小説の展開を知っているせいで、最初はジルを避けようとしていたのに。
今となっては、そんな自分が信じられない。
「大丈夫だ、俺は死なないし、お前のことは俺が守るからな」
「……ありがとう」
ジルの言葉に少し落ち着いたところで、話は本題に戻った。
「まずは、ミラが言う物語の通りなら、17歳の秋にお前の命が危ないってことは確かだな。そして、ミラを通して俺に話しかけてきたやつも“キンリーの魔女の家へ行け”と言っていた。そこに手がかりがあるのかもしれない」
「うん……それに、ジルに話したこと以外にも、夢の中で『ウンメイ ゼッタイ シンゾウ ダイジ サズケロ ニンゲン』って言っていたの。その意味も、魔女の家に行けばわかるかもしれないわね」
私はそう言いながら、夢の中の言葉を思い出す。
私の心臓が欲しいのかしら……、異物である私の運命は絶対ってこと……?
ブツブツと推測を繰り返していると、ジルが迷いのない声で言った。
「そうだな。行ってみるか、キンリーへ」
まるで簡単な用事でも片付けるかのような口調に、私は思わずジルを見上げた。
ジルは迷いのない目で私を見つめている。
でも、私はすぐには頷けなかった。
「でも……すごく遠いはずよ。それに、もうすぐ魔術実技が始まるわ。学園を長く休むわけにはいかない。私だけならともかく、関係ないジルまで巻き込むわけにはいかないわ」
王立魔術学園には座学の時期と魔術実技の時期がある。
春は座学だったが、夏になると実技が始まる。
魔術は使えてこそ意味があるため、どれだけ座学が優秀でも、実技の方が重要視される。
学園の実技点数によって、例え制服の色が同じでも、将来の選択肢の幅は大きく変わる。
しかし、ジルはあっさりと言った。
「俺の制服の色を忘れたか? 少し長く休んだくらいで影響はない。もともと家督を継ぐことは決まっているしな。それより、ミラの命の方が大事だ」
ジルがまっすぐにそう言ってくれるのが、どれほど心強いことか。
それでも、私は簡単に決断できずにいた。
そんな私をよそに、ジルはもう一つ気になっていたことを口にした。
「それにしても……俺がリアラを好きっていう設定はさすがに無理がないか? 俺に対してあんなに凶暴なんだぞ」
ジルは露骨に嫌そうな顔をしている。
「まあ、実のお姉さんだし、信じられないよね。でもね、ユラギス草が見つかったのは本当はもっと後で……そのとき、公爵夫妻は亡くなっていて、ジルがすでに公爵の位を継いでいたの」
「……そうなのか?」
「うん。リアラ様は、ジルと一緒に領地経営や政治のことを勉強して、支え合いながらやっていたみたい。それもあって、今のリアラ様と私が知っていたリアラ様は、性格がかなり違うんだよ。もっと穏っ、静かで……」
この前、初めてリアラ様に会ったときに違和感を覚えた。
こんなに明るくて、キラキラした人だった?
小説の中では、何かを悟ったように冷静で、一番良い道を選ぶような人だったはず……。
ジルは腕を組み、少し考え込む。
「……想像つかないな。でも、もし両親が亡くなっていたら、リアラも大人にならざるを得なかったのかもな」
そう言って、ジルはため息をついた。
「生きていても、大人になってほしいものだ」
今、ジルがこうして私のそばにいてくれるのは、あの時──お兄様を助けたくて、まだ薬の材料として知られていなかったユラギス草を使ったからだ。
もし、あれがなかったら……今頃、ジルはリアラ様を愛していたはず。
そう考えた瞬間、胸が締めつけられるような痛みが走った。
いやいや、何を考えているの、私。
わかるよ、確かにジルは優しいし、めちゃくちゃカッコイイ。
何より、こんな私のことを好きでいてくれる。
そんなの、好きにならない方が無理じゃない?
……でも、私は17歳で死ぬかもしれない。
そんな私が、ジルとどうこうなりたいなんて考えちゃダメだ。
もし、ジルと愛し合ってしまったら?
そのあと、私が本当に17歳で死んでしまったら?
──遺されたジルはどうなるの……?
今のジルでさえ、私に執着している。
もし恋人や婚約者にでもなったら、私を失ったジルはどうなってしまうの?
……ダメだ、こんな縁起でもないことを考えるのはやめよう。
とにかく、ジルに恋愛感情を抱いてはいけない。
もし抗えなくなったとしても、ジルに悟られるのは絶対にダメ。
私がジルを好きだと知ったら──
きっとジルは、もっともっと私を離してくれなくなる。
でも……もし私が死なずに、無事に17歳の秋を越えられて、
それでもジルが変わらず私を好きでいてくれたなら……
そのときは───
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次回は明日の朝7時頃更新予定です。




