第9話 伝承と魔法
「は……い?」
冗談でしょ……?
冗談だと思いたいけど、学園長の目はとても真剣だ。
私が、人間以外の他の何かだと言いたいらしい。
「この国の伝承を知っているね?言ってみなさい。」
「はい……昔、人間の住むこの土地で神が人間の男の姿に化けて3年だけ人間の生活を経験する事にしました───」
神は人々の暮らしを見守り、やがて心に人間の温かさを感じるようになりました。
そして、神は人間の娘と恋に落ち、子を授かります。
ですが、生まれた赤子はただの人間ではありません。神の血が流れており、神の強い魔力量に耐えられず命の危機に直面しました。
人間の姿をしている間の3年間は神の持つ全ての力は使えません。
困り果てる娘と神の前に、魔女と名乗る女が表れ、赤子に魔力量を制御できるように強大な魔法をかけました。
赤子はすぐに元気になり、神は魔女に感謝をして神の持つ力を5つ譲り与えました。
それぞれの力は、生命を与える力、生命を奪う死の力、天候を操る力、時を平等に与える力、願いを叶える力であり、どれも強大なもので魔女は1度に使いこなす事はできないことを悟り、自分の魂を魔法で5つに分け、魂の欠片一つ一つに神から与えられた力を受け継ぎ、天に昇りました。
そして、力を魔女に譲り渡した神は人間として生きていくことを決め、国を作り、王となりました。
「それが、アルデリア王国初代王の伝承です。」
「その通り、私は君がその伝承の魔女なんじゃないかと思っているんだよ。」
「魔女……ですが、魔女は人間では?」
「君は、自分の魂を5つに分けて天に昇った者が人間だと言うのかい?」
「それは……そうですね、私が伝承の魔女……」
魔女は確かに魔法が使える。
そこは、私も同じだ。
そして、五年前ジルにも私は魔女なのかと聞かれたような気がする。
魔女以外に魔法を使ったという話は聞いたことがないし、神ですら膨大な魔力を持っていたと言えど、魔法を使ったという話はない。
神の持っていた5つの力とこの国を創り、魔術によって発展させていったという話だけだ。
「だがまぁ、これはまだ私の憶測に過ぎない。いつか、どうしても知りたくなったらこの国の最北のキンリーという土地にある魔女の家に行ってみなさい。」
「魔女の家?ですか?」
「そう言われている古くからある家だ。年中雪が降っている土地にあるのにも関わらず、その家に雪は積もらず、誰も入る事が出来ない。どんなに壊そうとしても壊れず、傷すら付かない。もしそこに君が入れるのなら魔女となにか関係があるかもしれない。」
「……もう少し心の整理がついたら行ってみようと思います。」
「どうしても知りたい時に行きなさい。キンリーの地はほぼ一年中雪が吹雪いているし、家がある位置は山の谷間だ、遭難してしまう可能性だってある。もし行くなら誰かと一緒に行くんだ。いいね?」
「わかりました」
話が終わると、学園長は私をまた魔術陣の中に立たせると転移魔術で元いた部屋へ送り返した。
そこからずっと、学園長に言われたことがまるで呪いのように頭から離れなかった。
自分は魔女なのかもしれない。
そして、最北のキンリー地の"魔女の家"と呼ばれる場所へ行かなくてはいけないような気がしてならない。
さっきまで全く知らない話だったのに
まるでその場所が私を呼んでいるような気がする。
そんな事ばかり考えて、私はベッドに入り眠りについた。
◇◇◇
「ミラリス様、起きてください」
「……アン、もう朝?」
アンが私を起こしてきたが、カーテンは開いていないし、隙間から陽の光も見えない。
それになんだかいつもより寝足りない……
「こんな時間に起こしてしまって申し訳ございません。ですが、急用があると王太子殿下がおいでです。」
「殿下が……!?すぐに準備をするわ!」
王太子殿下直々にこんなに非常識な時間に前触れもなく訪問してくるなんて何かあったに違いない。
それでも、さすがに侯爵令嬢としても、一人の女性としても殿下の前でネグリジェ姿で出るわけにはいかず、急いでドレスに着替え、髪を整えた。
「殿下、お待たせいたしました。」
応接間に待たせていた殿下に声をかけた。
「こちらこそ悪いな、こんなに非常識な時間に前触れもなくやっていて……実は今から協力して欲しいことがある。」
「今からですか……?」
「実は……」
ジルが、魔物の瘴気に中てられて目を覚まさないらしい。
アルデリア王国全体には害悪な魔物の侵入を防ぐ結界が張ってあるが、その結界を破り侵入してきた火蜥蜴の討伐に魔力量の高いジルが学生でありながらも協力を要請されたが、討伐軍の隊員を庇い、直接火蜥蜴の炎を受けた。
瘴気はその傷口から直接入り込んだらしい。
呼吸をしているだけでも魔物の近くは瘴気に中てられてしまう人は多い、傷口からともなると相当危険な状態なのだろう。
火蜥蜴はジル1人の魔術で倒したが、直後にジルも気を失い、王国へ運んで治療しているという話だった。
そして、私は"ジルを治癒魔法で治せるかもしれない"という理由で、王族の豪華な馬車で王城へ向かっている。
「殿下が直接いらっしゃるなんて驚きました」
「こんな深夜に侯爵令嬢を連れ出すんだ、使いの者に頼む訳にはいかないだろう」
そう言って、王太子らしからぬ申し訳のなさそうな顔をする。
「お気になさらないでください、ジルは私の友達でもあるのです。私なんかで力になれる可能性があるのなら喜んで協力します」
「そう言ってくれると助かる」
「殿下、無知で恥ずかしいのですが、質問してもよろしいでしょうか」
「言ってみてくれ」
ずっと違和感を感じていたことを質問する。
「治癒魔術はないのでしょうか?」
「ミラリス嬢、基本魔術は知っているよね?」
「はい、知っております」
この国の魔術は基本自然の力を借りて発動していて、種類は6つで、火、水、風、土、雷、氷 がある。
魔力量に応じて使える術の範囲は違うが、一般レベルの魔力でも、火はマッチくらいの火力を、水はコップ一杯程の水を、風ならそよ風程度、土は岩などを動かしたり、雷なら小さな魔物を感電させられる程度、氷なら飲みものに入れられる程度の量なら出せるのだ。
一人一人に魔術の属性が決まっているわけじゃなく、全属性を使う事が出来る。
そしてもちろんその中に、治癒がないのはわかっている。
「基本魔術の通り、治癒の魔術はない」
「転移魔術はどうなんですか?基本魔術ではありませんが今日学園長が使っていました。馬車じゃなく、転移魔術の方が早くつけるのではありませんか?」
「転移魔術は確かにあるが、あれは行き来したい場所に前持って魔術陣を描いて繋げとかなきゃならない、それにこれは神であった初代王が遺した魔術記に記されていた魔術で、代々の王立魔術学園長と王族にしか、その陣の組み方は伝えられていない」
「そうだったのですね……」
まだ魔術学園が始まったばかりだから仕方がないのかもしれないが、私はこの国の魔術の事をあまり詳しいとは言えない。
だが、魔法の事はもっとしらない。
自分が魔法でなにができて、なにができないのか、5年間避けてきたがそろそろ知らなくてはならない。
「あの、殿下……私子供の頃魔法で遊んでいて、こんな魔法を使いたいと思ってできなかったことってあまりないのです」
「あ、ああ。」
「逆に必要ないと思っている魔法は、やろうとしても発動できないのです」
「ミラリス嬢、なにがいいたいんだ?」
「なので……私が今ここで使うべきだと思っている魔法、転移魔法を発動できるか試してみてもいいですか?」
「はっ……?」
殿下は、何を言っているんだという顔で私を見てきたが、私の真剣な顔を見て私が本気な様子を悟ってくれたようだった。
「わかった、もしも成功したらなるべく早くジルを救ってやってくれ」
「殿下も一緒に、急ぎましょう!」
「は……?」
私は無礼にも断りもなく殿下の手を取ると、精一杯私と殿下がジルの元へ転移することを想像し願った。
「本当に転移してきたのか……?」
転移魔法は成功したようだ。
殿下は驚きを隠せない様子だった。
「ミラ……幻覚か……?」
「ジル、幻覚じゃないわ、私よ」
ジルの目の前に転移してきたから、着いた瞬間転移魔法が成功した事よりもジルの様子に驚いた。
火蜥蜴の炎の攻撃を受けた影響で、首から左脇腹にかけて大きく火傷を負って、一部は炭のように黒く変色し、ところどころ皮膚が破けて中の赤黒い組織が露出しているようだった。
そして、その状態では服を身につけられないのだろう、下半身に布団をかけた状態で寝かされていた。
そして、瘴気の影響だろうか、全身が普段より少し青黒っぽく変色しているように見える。
「驚いたな、さっきは全く目も覚まさなかったのに、喋るなんて……」
「朦朧としているようですが、意識が戻っていてよかったです」
「ミラリス嬢、ジルに中てられた瘴気の影響で周りの人間にどう影響するかわからず、この部屋立ち入る事は禁止している……今更だが、君の安全も保証できない……それでも頼めるか?」
「殿下、大丈夫です。わかってここまできております」
瘴気に中てられた人間から、瘴気が漏れ出したりして伝染したりすることはない。
直接魔物などから出る瘴気に充てられることで、その人物だけがこんな風に苦しみ、最悪死んでしまう。
これは、今から2年後の小説のストーリーで出てきた情報だ。
まだわかっていないだけで、後に解明されるのだろう……
とにかく今はジルの身体を治すことだけに集中しよう。
そして私はジルの火傷部分に手をかざし、また想像をする。
火傷の傷は剥がれ落ち、新しい皮膚へ再生していく。
そして、身体中から黒い煙のような瘴気がすっと出ていく想像を。
お願い……どうか、ジルを助けて──




