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放火魔ライターの告発  作者: さば缶
第3章 本当の炎を追う者たち
9/15

告発への道—だが届かない声

 その夜、真琴は自宅に戻ってデスクトップに向かい、神谷の過去のインタビュー記事やエッセイ、周辺で噂されているスキャンダル情報などを片っ端から集め始めた。

芸能人の裏口情報を調べるのは慣れているが、神谷ほど大きな権力を持った人物の“裏”を探るのは初めてだ。

表向きは女性ファンが多く、文壇の顔としてテレビ出演も多い。

しかし、いくつかの掲示板やSNSでは“若い女性スタッフへのセクハラ”が匂わされている書き込みも見つかる。

具体的な証言には乏しいが、火種は既にくすぶっていたのだと改めて思い知る。


 翌日、玲奈と情報をすり合わせるためにメッセージを交わしていたところ、思わぬ連絡が舞い込んだ。

かつて真琴がゴーストライティングをした別の編集者から、神谷が地方で大きな講演を開いた際、控室で何やらトラブルがあったという話を聞いたらしい。

「詳しく聞かせてもらえないかな」

真琴はそう返信を打ち込み、ペンをくるくる回しながら考え込む。

一歩踏み込むなら、何かしら証拠を押さえて“告発”に踏み切りたい。

だが、自分がいくら真実を書こうと、過去の捏造が足を引っ張るのは目に見えている。

「告発しても、また『どうせ嘘だろ』って言われるだけかも」

そう独り言をこぼしていると、スマートフォンにメッセージが届く。

玲奈からだった。

「もし告発するなら、実名ではなく匿名でもいい。

けれど、それだとやっぱり信じてもらいづらいかもしれない」

頭を抱える真琴に、別の通知音が鳴る。

今度は業界の知人からで、「神谷先生には逆らわないほうがいい。危ない噂もあるから」という忠告だった。


 夕方、意を決して真琴は“性的被害を受けた”という文章をまとめてみる。

かつて、架空の被害記事をいくらでも書いてきた自分なのに、いざ本当の被害を書くとなると手が震え、キーボードを打つ速度も遅くなる。

「あのとき、私は逃げたくても逃げられず――」

何度も書き直しては消す。

ひどく痛々しい記憶を、文字にすることで改めて突きつけられるようで息が詰まりそうだった。

それでも“捏造”ではない確かな事実を世に出すためには、文章が必要だと自分に言い聞かせる。

完成した告発文を読み返すと、自分の文章とは思えないほど感情が入り混じり、いつもの冷静な“煽りテクニック”は見当たらない。

「でも……これが、本当の声……」

そうつぶやきながら保存ボタンを押し、心許ない手つきでメールを数人の業界知人に送る。

あえて匿名ではなく、自分の名を伏せずに書いたのは一種の賭けだった。


 ところが翌日、返事が来ても「お前が書いたなら嘘だろう」「また金になるネタを作ってるのか」と揶揄するものばかり。

ひどいものになると「どうせ口止め料が欲しいだけでしょ」と嘲笑するメールもあった。

真琴は画面を睨み、唇をかんでじっと耐える。

神谷に加え、その周囲の弁護士や取り巻きの力を考えれば、簡単に握りつぶされるのは当然かもしれない。

「これが……私のまいた種ってことか」

決意して送ったはずなのに、自分が培ってきた“虚偽の評判”が返ってきて今度は自分の首を絞める。

相手にされないどころか、逆に噂が広まれば“告発しているのも嘘”と騒がれるだけだ。

真琴はパソコン画面を閉じ、携帯に目をやると、そこには玲奈からの短いメッセージが届いていた。

「編集長に記事の企画を持っていったけど、証拠が弱いって言われた。悔しい……」

読みながら、真琴は息を深く吸う。

彼女までが苦しんでいるのかと思うと、ますます胸が苦しくなる。

「私がこんななんだから……」

そんな独り言を落として、深い夜に沈む自分の部屋の中で、真琴はじっと拳を握り締めたまま明かりもつけずに座り続けた。

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