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放火魔ライターの告発  作者: さば缶
第2章 誘いか、罠か
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豪邸の扉を開くとき

 約束の日、真琴はタクシーで世田谷区にある神谷の邸宅へ向かった。

窓越しに見る街並みは緑が多く、落ち着いた住宅街に高級車がちらほら停まっている。

車が大きな門の前で止まると、インターホンを押すようにと運転手に促され、真琴は雨上がりの空気を吸い込みながら車を降りた。

「まるでホテルみたい……」

そう口にしたのは、門が自動で開き、長いアプローチの先に豪邸の玄関が見えたからだ。

秘書が笑顔で出迎えに来ており、真琴を応接室へ案内する。

大理石の床、調度品の一つひとつに高価な趣があり、普段貧相なアパート暮らしの真琴には非現実のように感じられた。


 やがて神谷颯太が姿を現す。

五十歳という年齢を感じさせない余裕のある表情で、仕立ての良いスーツをまとい、どこか人を見下すようなまなざしで真琴を見ている。

「ようこそ、君が椎名さんだね。

雑誌の捏造記事とはいえ、なかなか切れ味がある文章を書くと聞いているよ」

褒められたのか侮辱されたのか分からない言い方だったが、真琴はかろうじて微笑み返した。

秘書が淹れたコーヒーの香りが部屋に満ち、神谷はゆっくりとソファーに腰かける。

「次に出すエッセイがあってね。

その下書き作業を手伝ってほしいんだ。

君なら、世間の注目を集めるような文章を作れるだろう」

真琴は一瞬息を止める。

予想通り、ゴーストライターとしての依頼に違いない。


 だが、神谷の口調には不思議な圧力があった。

「君の持ち味は、人が“嘘くさい”と思うような話でもあたかも本当のことのように書かせるところだ。

嘘も真実も混ぜ合わせて、見る者を酔わせる筆力を持っている」

真琴はコーヒーカップを取り上げ、唇を湿らせながら黙って聞く。

内心のざわめきに反して、できる限り冷静な表情を保とうとするが、神谷の視線は容赦なく真琴の全身をなめ回すかのようだった。

「……あまり高尚な文章を書く自信はありませんよ」

そう返すと、神谷は笑みを深くしながらソファーの背もたれにゆったりと寄りかかる。


 「高尚かどうかは関係ない。

売れるものを書けばいいのさ。

それが求められるのが作家の世界だよ」

神谷が足を組む音が、応接室の静寂を強調するように響いた。

「それに、君にはもっと魅力的な才能があるんじゃないか。

……どうかな、ここで少し試させてくれないか。

君がどんな技術を持っているのか」

その声には作家らしからぬ下卑た響きが混じり、真琴は肩を強ばらせた。

次の瞬間、神谷の手が唐突に真琴の腕をつかんだ。

驚いて体を引くが、神谷は自信に満ちた笑みを浮かべたまま離そうとしない。

「ちょっと、何を……」

言葉を飲み込む間もなく、強い力で引き寄せられ、その瞬間真琴の中で危険の警報が一気に鳴り響いた。


 抵抗しようとしても、神谷はさらに腕をねじ込むようにして真琴の体を押さえ込む。

「やめてください!」

声を上げたのに、廊下にも秘書の気配は感じられない。

高級家具に阻まれた室内で、呼吸すらままならないほどの圧迫を受け、真琴は頭が真っ白になる。

権力を背景にした加害が、目の前で堂々と行われようとしているのだと理解するまでにそう時間はかからなかった。

このままでは本当に危ないと身の毛がよだつ。

しかし神谷は涼しい顔を崩さないまま、獲物を狩るかのように真琴を追い詰めてきた。

「やめて……」

必死に手を振り払おうとしても、彼の腕はびくともしない。

頭が痛くなるような恐怖の中、真琴はどうにか声を絞り出す。


 「こんなこと、許されるわけが……」

そう言いかけた瞬間、神谷の手のひらが真琴の口元をふさいだ。

もはや声はかき消され、息苦しさと混乱が追い打ちをかける。

ようやく抵抗を振り切って立ち上がろうとしたものの、その瞬間には神谷の態度がさらに攻撃的になる。

押し倒されるような形でソファーに戻され、周囲の家具や絨毯が視界を乱した。

逃げたい一心で手を振り回すが、背中が痛みに震え、まるで糸が切れた人形のように力が入らない。

圧倒的な力で踏みにじられながら、真琴は頭の中で繰り返す。

「こんなの、本物の暴力だ……」

そう理解したとき、自分の目から涙がこぼれ落ちるのを感じた。

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