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放火魔ライターの告発  作者: さば缶
第2章 誘いか、罠か
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疑心と期待

 翌日、真琴は手持ちのスケジュールを確認しながらカフェで一人スマートフォンをいじっていた。

神谷颯太と会うのは来週の昼下がり。

相手はそう急いでもいないらしく、秘書からは「ゆっくりお話を伺いたい」と告げられただけだった。

本当に執筆を依頼したいのか、それとも何か他の意図があるのか。

真琴は店の窓ガラス越しに行き交う人々を眺めながら、いまいち気持ちが落ち着かなかった。


 「ちょっとすみません。

お忙しいところすみませんけど、少しお聞きしていいですか」

不意に若い女性の声がして、真琴は顔を上げる。

ショートボブがよく似合う、その女性は手にノートを持ち、落ち着いた服装とは裏腹に目がきらきらと光っていた。

「……どなたでしょう」

真琴が声を落として尋ねると、女性は笑顔で名刺を差し出す。

「相沢玲奈といいます。

週刊誌の記者をしてるんですけど、椎名さんですよね。

以前から椎名さんが書いた記事をチェックしていたんです」

真琴は一瞬身構えて、相手の名刺を受け取る。

「こんなところまでどうやって私を」

そう問い返すと、玲奈は慌てた様子で「SNSでカフェの場所が写り込んでいたのを見かけて、もしかしてここかもって」と言いわけのように笑う。


 「もしかしてストーカーですか」

苦笑交じりに真琴が言うと、玲奈は大げさに首を振った。

「いえいえ、そんな失礼なまねはしません。

ただ少し、神谷先生についての噂を追ってまして。

椎名さんが何か関わることになっていると聞いたんです」

真琴は胸がざわつく。

神谷颯太と直接会う話はまだ誰にも言っていないし、そもそも昨日電話があったばかりだ。

どこから漏れたのか。

あるいは業界に詳しい人の間では、すでにそれが噂になっているのだろうか。

「どうして私のところへ」

そう問うと、玲奈はノートを少し持ち上げながら、声を潜めるようにして話を続けた。

「神谷先生が次に出すエッセイにゴーストがいるらしいって噂があるんです。

それで調べていたら、椎名さんの名前がちらっと出てきました」


 真琴は思わずコーヒーに口をつける。

確かに神谷の依頼は執筆関係かもしれないが、詳細はまったく聞かされていない。

「私、ゴーストライターみたいな仕事はしてますけど……相沢さんの期待に応えられるような情報は何も」

そう返すが、玲奈はあくまで柔らかな笑顔で言葉を続ける。

「私も確証はないんです。

でも、もし神谷先生と深く関わることになったら、その内幕を教えてもらえませんか。

先生の次回作は業界内でいろいろ言われていて、闇が大きい気がするんです」

真琴は少し考え込んだ。

彼女が言う“闇”が何を指すのか分からないが、“文壇の帝王”なら裏事情もありそうだ。

しかし自分が外部に話せることなど、そうそうあるはずもない。

「私に何か掴めれば、ですね」

それだけ答えて席を立とうとすると、玲奈はやや戸惑いながらも「ごめんなさい、急に押しかけちゃって。

でも連絡先だけは……」と申し訳なさそうに名刺の裏に電話番号を書き加える。

真琴は眉をひそめながらもそれを受け取り、バッグにしまった。


 店を出て、昼の陽ざしの中を歩きながら真琴は思う。

ゴーストライターとして有名でも、普通なら大作家に直接声をかけられるなんて機会はまずない。

相沢玲奈が探っている“闇”というのがどんなものかは分からないが、自分は今、巻き込まれようとしているのかもしれない。

カフェの看板に映る自分の姿をちらりと見て、真琴は苦笑した。

「放火魔は火の粉を浴びても仕方ないってこと、かな」

そうつぶやき、信号が変わるのを待つ間、緊張で強ばった肩をゆっくり回した。

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