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放火魔ライターの告発  作者: さば缶
第2章 誘いか、罠か
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一通の招待状

 電話が鳴った。

真琴はソファーに腰を下ろして書類をめくっていたが、画面に表示された「神谷先生秘書」という文字を見て思わず背筋を伸ばした。

そもそも“文壇の帝王”と呼ばれる神谷颯太と自分には何の接点もないはずだ。

彼の名前をニュースで耳にしても、せいぜい「権力を持つすごい作家なんだろう」程度の印象しかなかった。

それがどうしてこのタイミングで連絡をよこしてきたのか。

スマートフォンを握りしめたまま、真琴は一瞬だけ応答に迷う。


 「もしもし、椎名です」

そう名乗ると、相手は丁寧な口調で自己紹介を始めた。

「初めまして、神谷先生の秘書をしております。

先生がぜひ椎名さんに執筆のご相談をしたいと申しておりますが、お時間をいただくことは可能でしょうか」

真琴は礼儀正しい声に戸惑いながらも、相手が取り次ぐ“先生”という言葉の重みを感じ取る。

「私に、ですか。

あまり高尚な文芸は得意ではないと思いますが」

冗談交じりに言ってみても、相手は笑うどころか深刻そうな沈黙で応じる。

「先生は椎名さんの筆力を前から評価しておられました。

どうか一度、お会いしてお話しできませんか」

その言葉に嘘はなさそうだった。


 通話を終えると、真琴はソファーに沈み込んで天井を見上げた。

神谷颯太が自分を知っているという事実だけでも、なんとなく気味が悪い。

業界には自分を“放火魔ライター”と揶揄する者が少なくないし、大作家にとっては目を背けたくなる存在だと思っていた。

だが、高額の報酬のにおいも確かにする。

近頃は仕事が減って収入も落ち込んでいたため、思いがけない大口の依頼は魅力的だった。

「どうせ“架空告発”みたいな話をまた書かせるつもりなんでしょ」

そうつぶやきながらも、真琴の胸には別の疑念も湧く。

“あの神谷颯太”が自分なんかに何を求めるのか。

誰もが知る名前の作家が、隠れてゴーストライターを使うなんてあり得ることなのだろうか。


 スマートフォンには秘書から送られた日程案のメールが届いていた。

場所は神谷の自宅。

それだけでも、ただならぬ空気が漂うように思える。

真琴は思わず唇をかむ。

人当たりのいい作家が何をやろうと自由だが、自分を直接呼ぶということは、それなりの厚意か下心があるはずだ。

「下手に断ったら、業界での立場が余計に悪くなるかもしれない」

そんな思いも頭をよぎる。

それでも、巨大な権力を持つ人物からの“招待状”が転がり込んできた事実に、真琴は不安と興味を同時に抱えたまま、返信メールの文面を考え続けていた。


 エナジードリンクの缶を一気に空け、味気ない炭酸の刺激を舌で受け止める。

これが自分の人生を変える機会になるかもしれない。

あるいは、さらなる泥沼に引きずり込まれる入り口になるかもしれない。

真琴は乱れた髪を手ぐしで整えながら、敬語で書き始めたメールを数度書き直した。

最後に短く「よろしくお願いいたします」と付け加えて送信ボタンを押し、そっと息をつく。

雨音がかすかに弱まっていたが、空はまだ重たい雲に覆われたままだった。

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